第7話 イノリ
10月19日
『ねぇ、もうやめにしなよ。そのままじゃ、壊れちゃう、!
『俺らはお前のことが心配なんだよ。分かってくれよ。な?』
夢だ。大丈夫。これは夢だ。起きろ、起きろ。駄目だ。抑えろ。でももう...
『お前らに何がわかるんだ、分かったように言うなよ!!そんなの、そんなの、ただの ────』
***
「...はっ!」
本能的に飛び起きればまだ部屋は暗く、時計は4時を示していた。
心臓の鼓動はマラソンの後のように早く、肋骨に打ち付けられる度に痛い。背中を伝う汗が気持ち悪かった。
嫌な夢だった。ただの夢なら良かったのだが生憎にも現実のことだった。昔のことだが。
忘れたくても忘れられない。いや、忘れてはならないのに忘れようとした記憶。あの頃から逃げてばかりで成長していない自分が嫌いだ。大嫌いだ。
まだ起きる気にもなれず、布団の感触を楽しむ。
(
町内で唯一同級生だった俺らは幼稚園からずっと一緒に育ってきた。2人の歴代の恋人なら多分全員覚えている。香織が意外と料理が上手いことも康祐のエロ本の隠し場所だって知っている。ずっと一緒にいたのに疲れることなんてなかった。
思えばあの頃が、ガキだったあの頃が一番楽しかったのかもしれない。誰だって小学生や中学生のうちは早く大人になりたくて仕方がないのに、いざ大人になると自分が惨めで、幼くて、過去が堪らなく羨ましい。
(でも俺は過去を羨むに値する人間じゃない。)
過去は消えない。人間は記憶を持つ限り過去を抱えて歩かなければならない。
惨めな人間は暗く湿った道を。誇るべき人間は陽のあたる道を歩いていくのだろう。
───完全なエゴだが。
そうだとしたら俺は前者だ。俺みたいな人間が陽のあたる道を歩いて良いはずがない。そこにだけは自信を持っていたいと思う。
そう感じてからは幼馴染2人と連絡を絶った。電話番号こそ覚えているが変わっていてもおかしくないし、連絡するつもりもない。もう十分すぎるくらい時を共にしたのだから。
ぼーっとしていると昨夜の一幕が思い出される。俺もまた、勝手なものさしで人の感情を推し量っていた。過去の自分があんなにも拒絶したことを現在の自分がしていた。「類は友を呼ぶ」ということわざは人間の本質を突いていると思う。香織も康祐も俺も結局はそういう人間だった。長い間同じ時間を共有してきたのだし、似たような人間が出来上がってもおかしくはない。
フローリングの冷たさを感じつつ、カーテンをそっと開くと紫の空が見えた。
完成された絵の具のような色ではなく、ぐちゃぐちゃに混ざって本質を見失ったような色だった。お世辞にも綺麗とは言えない。
心を空っぽにするために開け放った窓は冷気と共にある一つの意思を運んできた。
あと半年。半年だけでいいから俺から日常を奪わないでください。
別に誰に向けてでもなく祈った。
夜明けを迎えた空の色はやわらかく、穏やかであった。
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