第6話 伝えてしまった日、伝えた日
10月18日
一瀬くんとひとつ屋根の下で暮らし始めて2週間が経った。あっという間だ。
この2週間で分かったことがある。一瀬くんは器用で猫舌で人参とグリンピースが嫌いだった。オムライスを出した時、人参は頑張って食べていたがグリンピースは綺麗にスプーンにまとめて寄越してきた。
「グリンピースってさ、かに玉とか
何も言わずにじっと見つめていると、怒られたあとの犬みたいに目をそらした。最初は自信有りげに言い訳をしていたのに、どんどん尻すぼみになって消えていってしまうのがなんだか
そして彼の群発期は10月。つまり今月だ。発作はだいたい夜で、毎回一時間ほど酷い頭痛に襲われている。
ごめん、
疲れるよね、鬱陶しいよね、迷惑だよね
詩葉さんは休んで、俺は大丈夫だから
ごめんなさい、
横で看病していると毎日聞く言葉。
嫌じゃない、と何度伝えても彼はこの言葉を口にする。
額に汗を浮かべ、痛さ故に目に涙を浮かべながら疲れた顔で見つめられると、どうしても泣きたい気持ちになる。全然大丈夫じゃないのに私の心配ばかりして、否定する度に自分を卑下する。その言葉に何も言うことができなかった。
なのに今日、私は言ってしまった。言うべきではなかった。ずっと我慢していたのに一度喉からでた言葉達は止まらなかった。
「ねえ、なんでそんなこと決めつけるの。迷惑だとか疲れるだとか思ったことない。思ってたら君を家におかない。それでも信じられない?」
決まりが悪そうに目を伏せた君を見て理性が警鐘を鳴らす。
しかし意思とは反対に言葉はどんどん口をついて出てくる。まるで誰かのマリオネットだ。
「私はもっと別の言葉が聞きたい。『ごめん』じゃなくて『ありがとう』が聞きたい。」
あぁ。やってしまった。君はきっと一人で生きてきたのだろう。そんな人に信じることを強制させてはいけないことなんて私が一番知っているはずだ。ひたすら謝ることしかできないことだって経験として知っている。他人の勝手なものさしで自分を測られることがどんなに嫌だったか。なのに、なのにそれを私はしてしまった。
傷つけてしまったことが怖くて一瀬くんのことが見れなかった。互いを探り合うような張り詰めた空気のなか、布団の音と共に彼が動く気配がした。
(出ていっちゃうかな。でも私には止める権利も理由もない、よね。)
モヤモヤした気持ちを抱えながら俯いていると、急に目の前が暗くなって暖かい何かに包まれる。
抱きしめられた、と理解するのに時間がかかった。
「え、」
「ごめん、信じきれてなかった。心のどこかでは信じないようにしてた。信じなければ離れていってしまっても傷つかずに済むと思ってた。」
「良いんだよ。信じなくても。私がそれを強制することはできないから。」
「じゃあ、俺が勝手に信じる。」
君に出会った時、きっと私の何かが変わったんだ。あの日、他人はおろか自分自身でさえも信じられなくなった日の私とは随分変わってしまった。
信じる、と確かな声で言われて安心する自分がいた。
感じる温かみに落ち着く自分がいた。
なぜだか涙が止まらなかった。
「ごめん、ごめん、」
「違うよ。」
「...ありがとう。」
「うん。ありがとう。」
その夜も私はリビングに布団を敷いて眠りに落ちた。
やっぱり健全で真っ白な関係だ。
まどろみながら一人思う。
私は君を信じていいの?
この問に理性が叫ぶことはない。
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