第5話 アブナイ日

 「そういえば一瀬くん、服とか買わなきゃだよね。」


 よくわからないけど、身一つで転がり込んできた彼。もちろん家にはメンズの服なんか無いので買いに行く必要があった。


「いや、でも、お金とか...」


「今更!?そのままでいられても困るから、さ、行くよ。」


***


そして今に至る。そんなに高い服も変えないので、車で15分ほどの場所にあるプチプラな服が揃うファッションセンターに来てみた。ファストファッション様々だ。本当に。


「んーっと、とりあえずパジャマと部屋着と簡単な外出着だね。あとアウターもいるか。あ、スリッパもあったほうがいいよね。」


「詩葉さんってさ、独り言多いタイプ?」


「元々だし、しょうがないでしょ。こんなに人とずっといるの実家以来だもん。たまには反応してあげてよね。」


カゴを持つ一瀬くんと並んで歩くが、背の高い彼と話そうと思うと見上げなければならない。これがまた大変だ。まあ、嫌な気はしない。


あれもいいんじゃない?あ、これいいかも。うわ安っ!だなんて話ながら店内を歩くこと30分弱。カゴは(持ってるのは私じゃないけど見た感じ)かなり重くなった。基本的にモノトーンカラーで揃えられた服達。シンプルイズベストってやつかしら。


「一通り揃ったしこんなもんか。」


「詩葉さん。一個忘れてる。」


「え?なんかあったっけ。」


するとおもむろに顔を近づけて来た。まるで他の人に聞かれちゃいけないことを言うように。


「ほら、


カァっと顔に熱が集中する。もうすっかり忘れてた。


「こ、ここにいるから自分で探してきて!!」


はぁ〜いっと悪戯に口角を吊り上げた彼は心底楽しそうだ。普通に言ってくれたらよかったのに何故わざわざあんな言い方を。思わずため息がでる。


(一瀬くんも男の子、か。)


しなくてもいいのに一瀬くんの声が脳内で再生される。

声量を落としているためなのか、すこし掠れた声は艷やかでキケンな色気を含む。かすかに感じる喉から漏れた吐息。顔は触れてしまいそうなほどに近く、その熱さえも忠実に再現される。何度も何度も再生を繰り返す。それはまるでカセットテープのようで、擦り切れるまでずっと繰り返す。


シチュエーションはそれこそラブコメみたいなのだが、なんせ囁いたワードがなので恋に落ちる的な展開は一切ない。心臓はまだうるさいが。


ループを繰り返す脳内テープを無理矢理にでも止めるためにブンブンッと頭を振っていると一瀬くんが戻ってきた。ちゃんとカゴの奥にパンツを入れていたのでさっきのは許そう。


「顔、赤いね、笑」


ふんっと少女漫画さながらに顔を逸らすとまた楽しそうに笑っていた。


***


かなり重さのある袋を後部座席に乗せて、それなりに軽くなった財布の入ったカバンを脇に置いてアクセルを踏む。5年前に中古で買ったこの車は運転する度ヒヤヒヤするほどガタつく。


「詩葉さん、付き合わせちゃってごめん。」


「いや、いいよ全然。むしろ楽しかったし。」


ちらりと横目で伺うと少し驚いたような表情をしていた。コロコロと表情を変える君は見ていて飽きない。


「ほんとだよ。お世辞でもない、笑」


人と買い物に行くことなんて最近は全然ないし、何気ない会話でもすごく楽しかった。少なくとも一緒に暮らすことを後悔することはなさそうなほどに。


「うん、俺も楽しかった。ありがと。」


思いっきりはしゃぐでも、顔全体に満面の笑みを浮かべるでもなく、味わうように感想を述べた君の表情は大人びていて、美しかった。

少し伏せ、影を落とした瞳には恥じらいとも憂いともいえない、なんとも形容しがたいものが浮かんでいた。


君の瞳が映す景色を見たい。


突然、そんな不思議な感覚に襲われた。













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