第4話 モノローグ

「そういえば、なんで昨晩はあそこにいたの?体調悪かったんでしょ。」


 朝食を終え、家の掃除をしているときに詩葉さんが尋ねてきた。

助けてもらったんだし、隠さずに話す方が良いのだろう。

でも正直に「」なんて言えない。群発頭痛持ちというだけで厄介なのに、これ以上心配を懸けさせてはいけない気がした。


「ちょっと散歩、?頭痛のことすっかり忘れてたんだよね、笑」


「馬鹿じゃん。」


 何してんのよほんとに、と笑いながら少し頬を膨らました詩葉さんを見ていると嘘をついたことへの罪悪感が増した。いっそのこと、馬鹿だと怒鳴ってほしかった。


(ごめんなさい、ごめんなさい...)


***


 群発頭痛と診断されたのは大学1年生の終わり頃、19歳のときだった。かれこれ3年の付き合いだ。高校生という制限付きの身分から開放され、人生の夏休みを謳歌する予定だった。夢を叶えるために教育学部に進学し、必死に勉強した。友人もできたし、休日には沢山遊んだ。


 それなのに全てが俺の前から消えた。


 なかなか理解を得にくい病気だということは分かっているつもりだったが、「大学生にもなって頭痛というだけで実習を休んだ」と馬鹿にされ、単位を落としたときにはかなりこたえるものがあった。仲が良いと思っていた友人もほとんどが離れていった。よくわからない頭痛で一ヶ月もまともにシフトに出られないものだから、バイトもクビになった。学歴を一番に考える両親を失望させた。


 12ヶ月のうち、11ヶ月は動けるのだからなんとか取り返そうと必死になった。

しかし覆水盆に返らず。一度離れていったものは二度と戻ってこなかった。二人の幼馴染おさななじみと頭痛だけが変わらずそばにいた。

 まだ努力が足りないのか、とさらに躍起になった。周りが見えなくなって、事あるごとに俺のことを気にかけてくれた幼馴染を突き放した。二人の今まで見たことのない傷ついた表情を鮮明に覚えている。

 完全に一人になった俺は燃え尽きてしまった。挫折とも違うような、「抜け殻」という言葉がよく似合う人間になった。何もやる気にならなかった。あれほどに憎んだ頭痛を理由に自分から逃げた。


 そして昨日、もう終わらせてしまおう、と思っていたのに出会ってしまった。最初は正直、邪魔だと思った。だから救急車をよぼうとする貴女を止めた。このまま放っといてほしかったのに貴女はそれをしなかった。

 そして知ってしまった。誰かに優しくされることを。

 望んでしまった。貴女のことをもっと知りたいと。


こう言うと聞こえはいいが実際は、自分にとって都合が良い人を手放したくない、という自己中心的な欲求だ。貴女の優しさにつけ込み、縛り付けている。


 本当の俺を知ったら貴女はどうしますか?

 怒りますか?

 騙されたことをかなしみますか?

 嘲笑わらいますか?

 それとも、今みたいに馬鹿だと言って笑いますか?


 いつか本当のことを貴女に話したい。

 本当の"一瀬夕燈"という人間を知ってほしい。

 包み隠さず吐露してしまえるほど強くなりたい。


 でも、貴女を失うことが怖い。

 貴女との出会いを、貴女といられる日々を壊したくない。

 俺は強い人間じゃない。


 これは弱くて最低な男の独白モノローグである。


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