第3話 知った日

そして10月4日 朝に戻る。


「そうですね、詩葉さんには話します。でも、迷惑になりませんか?」


「それは聞いてから考えます。」


「ふっ、分かりました。」


特に面白いことはなかったのに一瀬くんは楽しそうに微笑んだ。

何が彼をそうさせたのやら。しかし、向き直ったときには真剣そのものの表情だった。軽く息を吐き出す音が聞こえる。


「結論から言うと僕、群発頭痛ぐんぱつずつうなんです。」


「群発頭痛...?ごめんなさい。わからないです、 」


「いえ、大丈夫ですよ。あんまり知られてませんからねー。ま、僕が説明するより早いんで、これ見てください。」


そう言って差し出されたスマホには、名のしれたフリー百科事典の画面が表示されていた。そこに書かれていたことを大まかにまとめると、

 

 ・頭痛の中でも特に痛みが強い

 ・発作が起こる群発期と全く起こらない非群発期があり、

  群発期は数年に1回から一年に数回現れ、1ヶ月弱から数ヶ月に渡って続く

 ・一回の発作につき、15〜180分程度、頭の片側に強い頭痛が現れる


といったことが述べてあった。他の頭痛と似ても似つかない。

患者数も偏頭痛に比べると圧倒的に少なく、理解も得にくいらしい。


「休学してた理由もこれなんです。群発期は起き上がれなくなるので。といっても、僕のはだいぶ軽いほうなんですけどね。」


「そう、なんですか。」


そんな暗い顔しないで、と笑いかけるその笑顔が眩しい。大学に進学しているということは何か夢があるのかもしれない。周りの理解を得にくい病気のせいで、夢へと踏み出す足を止めなければならないことはどんなに残酷なことだろうか。それなのに相手を思いやれる君は年下だと思えない。逃げてばかりの自分が嫌になる。私とは住む世界が違うみたいだ。


「他に聞いときたいことは?」


「あ、家とご家族はどうしたんですか?一晩泊めちゃいましたけど...」


「それなら問題ないことはないけど大丈夫です。家はマンションを借りてたんですけど、家賃が払えなくて昨日退去しました。こんな身体なのでバイトしようにもできなくて、そんなときに親からの仕送りも途絶えてしまったので。家族はまぁ、そんな感じです。」


「か、帰るあては、?」


「ないですね。」


サラッととんでも発言したよね。朝ごはんをチャージしてやっとこさ動き出した頭脳がショートした、気がする。


理性Aが叫ぶ。『こんなに辛そうな病気を持ってるんだよ?見捨てていいの?それに、一晩何も無かったじゃん。それが何よりの証拠だよ。』

負けじと理性Bが叫ぶ。『都合の良い嘘なんていくらでも吐ける。そんな性格だからあんなつらい思いしたんだよ。誓ったでしょあの時。人は信じまいって。』


これだから私は駄目なのだ。ほんとに馬鹿だと思うけど、ショートして煙で真っ白となった頭ではこの他に思い浮かばなかった。


「寝る部屋は別々。勝手に寝室に入らない。どの部屋でもノックしてから入室。家事は分担。自分の服は自分で洗濯して部屋で干す。とりあえずはこんなもんかな。」


「え、?」


「ちなみにこれ破ったら即刻退去。」


「それって...」


「言っておきますけど、これはただの居候いそうろうですからね。変に勘違いのないように。あと、近い...」


一瀬くんは目をキラキラさせて、テーブルから身を乗り出さんばかりに前のめりになって迫ってくる。どこか幼さやあどけなさの残った少年のような表情をさせるが、身体つきはしっかりと成熟した男性のものだ。おまけにクール系の美男子。

まともに生活していけるのかこの先が大いに危ぶまれる。


「シフト増やそうかな...」


「敬語じゃなくていいです。詩葉さんお仕事とか大丈夫なんですか。」


「なら、一瀬くんも敬語やめてね。今は離職中。生活費は塾のバイトと仕送りと貯金でなんとかなってるかな。」


「俺も間見てバイトしないとな...。」


「それはぜひ。」


そう真顔で言うと、一瀬くんは愉快そうに笑った。

二人の間の空気が緩くなったら一人称が"俺”になるところも、よくわからないところで楽しそうに笑う姿も、新しい君を見れた気がしてなんだか嬉しかった。

そんな気持ちを抱く自分が久しぶりで、閉じていた部分が開かれていくような気がした。良くも悪くも。


「さ、まずは洗い物。食器よろしくね。」


カタンッとシンクにマグを置く音が二つ聞こえた。














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