第4話 引き裂かれる想い

「琴音ちゃん、先生の膝の上に座ってピアノを弾こう。」

「いいのですか?先生。」

「ああ、いいよ。何を弾くかな?」

「先生、別れの曲は寂しいから、この曲を弾きたいの。」

「どんなメロディーかな?」

「ほら、先生、このメロディよ。」

「それはね、シューベルトのアヴェマリアという曲なんだよ。」

「先生がそれを弾いてみるね。」

「すごい、先生、きれいな曲ね。」

「じゃあ、琴音ちゃんがメロディを弾いてごらん。先生が伴奏を弾くからね。」

「うん。」


は、夢だったの?先生、夢でも先生に会えてうれしいです。

一度でいいから、先生の膝の上で一緒に弾いてみたいな。


「何を独り言を言っているの?先生って渡辺さんの事?」

「あ、お姉さん。そうよ、先生と一緒にピアノを弾いている夢を見たの。」

「まあ、いいわね。私も夢でいいから、渡辺さんに会いたいな。」

「そういえば、お姉さん、私は先生にお手紙を書いて出しているのよ。お姉さんも出してみたら。」

「そうね。でも、返事が返ってこないと寂しいな。」

「そうなの。琴音も書いたのだけど返事がこないのよ。でも書いて出すだけでも幸せよ。」

「そうね。私も書いてみるかしら。」

「そうよ。お姉さん。」

「うん、そうしてみる。」

「じゃあ、私は学校にいってくるね。」

「いってらっしゃい。」


朝の何気ない会話だった。水江は早速、渡辺へ手紙を書いていた。


渡辺さんへ


こんにちは、お元気にされていますか?

私は忘れられない人がいます。誰だかわかりますか?でもそれは言えません。

書いておいて、書かないのはいけないですけど、ごめんなさい。

やはり、渡辺さんの事が忘れられません。あの、海辺での事は一生忘れません。

返事はほしいですけど、渡辺さんには婚約者がいらっしゃいますから

読んでいただくだけで十分にうれしいです。短いですけど、返事はいいですからね。

体を大事になされてください。


水江



一方で渡辺は来年のコンテストへ向けて練習をしていた。


国際コンクールは4年に一度開催され、優勝したピアニストには世界各地でのリサイタルが約束されていた。そして、来年に開催されることになっていた。

渡辺も最初は諦めていたが、マエストロとミレーゼの指導により、めきめき力をつけて行った。

丁度その事、水江からの手紙がミレーゼの元へ届いた。中身を見たミレーゼは手紙を破り捨てたのだった。水江の想いは届かなかったのだ。


渡辺は琴音に返事を書くことにした。それはなつかしさから来るものだった。



琴音ちゃんへ


琴音ちゃん、元気にしているかな?

先生はよく琴音ちゃんの事を思い出すよ。

色が白くて頑張るかわいい子だね。

先生はそんな琴音ちゃんが好きだよ。

一生、忘れられないよ。


ところで、水江さんは元気かな?

元気だといいのだけど。心配かな。琴音ちゃん、先生も悲しかったよ。

いつか、三人で楽しく遊びに行ける時がくるといいね。

水江さんにもよろしく伝えてね。それでは元気で過ごしてね


川崎 雄二


これでいいかな、でも、水江さんからは手紙が来ないのか……

水江さんは素敵だから、誰かいい人ができたのかな?

残念だけど諦めるしかないかな。


「雄二、いい加減、水江さんの事は諦めて。」

「どうしたんだ、ミレーゼ」

「だって、琴音ちゃんへの手紙を水江さん宛にだしたでしょ。まあ、内容が琴音ちゃんに対しての手紙だったから、そのまま投函したけれども、水江さんには出さないでね」

「ああ、わかった……だけど、水江さんからは手紙は来ないから気にしなくていいだろう。」

「そうよ。それでいいのよ。」


まさか、この時に水江から手紙が届いているとは渡辺は知る由もなかった。

現実は残酷であったのだ。


そして、この手紙が大きく水江の人生を変えるとは誰も思っていなかった。


その頃、琴音の家では


「あら、水江、川崎雄二さんと言う方から手紙が来ているわよ。」

「本当?嬉しい。見せて」

「お姉ちゃん、それは私宛じゃないの?だって川崎って書いているでしょ」

「でも、私宛へ来てるのよ」

「川崎先生が間違って書いたのよ」

「そんな事ないわよ」

「駄目よ、お姉さん見せて」

「いや」

「返して」

「いや」


あああ


ビリビリビリ


「あ、手紙が半分に破れたじゃない。お姉さん」

「見せて、残りの半分を見せて琴音」


琴音ちゃんへ


琴音ちゃん、元気にしているかな?

先生はよく琴音ちゃんの事を思い出すよ。

色が白くて頑張るかわいい子だね。

先生はそんな琴音ちゃんが好きだよ。

一生、忘れられないよ。



「渡辺さん、ひどい・・・」


ううう


お姉さんの方は何て書いてあるの・・・



ところで、水江さんは元気かな?

元気だといいのだけど。

心配かな。

先生も悲しかったよ。

いつか、三人で楽しく遊びに行ける時がくるといいね。

水江さんにもよろしく伝えてね。

それでは元気で過ごしてね。


ううう、渡辺さん……


「違うわよ、お姉さんのことを心配しているのよ。」

「三人で楽しく遊べる時くるといいねと書いてあるよ。川崎先生も優しいから……お姉さん、泣かないで、先生も複雑な気持ちなのよ」

「やっぱり、琴音の事を好きだったのね。先生、私も好きです。」

「ひどい、ひどい、渡辺さん、私をもてあそんだのね……」

「お姉さん待って」


水江は裸足で家を出て走り出した。


「待って。お姉さん」

「私はもう生きていられない……」

「待って……」


傷心した水江は近くの崖の上に立っていた。


渡辺さん、ごめんなさい。ただ、私の気持ちをわかってくれて優しくしてくれていただけなのよね。今までありがとうございました。

もう、私は生きていられない……ここから飛び降ります。

それじゃ、渡辺さん、お父さん、お母さん、琴音、さようなら


「待ちなさい」

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