第3話 それぞれの道

琴音は渡辺を想う。


先生、今、琴音は先生を想いながら練習していますよ。

あの頃からしたら、だいぶ上達しました。

先生、もう一度レッスンしていただけませんか?

学校では音楽の担任の先生が毎日のようにショパンの別れの曲を弾いています。

琴音は辛いです。駄目よね、琴音はいつも同じ事ばかり考えてる。

前を向いて歩かないとね。先生から、きっと叱られますね。

でも、先生は優しいから叱らないですよね。

また、琴音の事を可愛いって言ってくれないかな。


「琴音ちゃん、一緒に帰ろう」

「そうね、百合子」

「うん」

「そういえば、百合子には兄弟がいるの」

「うん」

「そうなんだ、私には姉がいるの。とても優しいのよ」

「うん、そう」

「百合子も辛いね。虐められてばかりでね」

「うん」

「私も頑張らないと。百合子に負けていられないわ」

「うん、そうね」

「百合子、そろそろ、帰り着いたわよ」

「うん」


帰り着くと百合子の父親が待っていた。


「君が琴音ちゃんかな?いつも百合子と遊んでくれてありがとう」

「ううん、私も百合子ちゃんが一緒に遊んでくれて楽しいの」

「よければ、家で遊びなさい」

「はい」

「琴音ちゃん、これで遊ぼう」

「これは折り紙ね」

「うん」

「そうだ、川崎先生が病気にならないようにお守りをつくろう」

「うん」

「何を折ろうかな」

「うん」

「折り鶴しか折れないかな」

「うん、そうね」

「折り紙をいっぱい折って、先生が怪我をしたり、病気にならないようにお祈りをしよう」

「うん」

「百合子は誰か好きな人がいるの?」

「うん」

「どんな人?上杉君かな?カッコいいでしょ?」

「うん」

「そうなんだ。上手くいくといいね」

「うん」


琴音にとって、百合子は仲良しで心の支えにもなっていた。


一方で、渡辺はギリシャにおいて苦痛の生活を送っていた。

愛情のないミレーゼとの同棲生活と厳しいマエストロのレッスンが、容赦なく渡辺を苦しめた。


「渡辺君、駄目だ、駄目だ、そういう演奏じゃ、とてもじゃないが予選は通過できない。もっと練習してきなさい。」

「わかりました。マエストロ」


しかし、マエストロのレッスンにより渡辺は次第に実力をつけていったのだった。

自宅でもミレーゼのレッスンがあり。練習に明け暮れる日々が続いた。


「雄二、だいぶ上達したじゃない。これなら本選へ出場できるわよ」

「そうかな、僕はまだまだ、技術が足らないよ」

「大丈夫よ。雄二は才能があるから、まだ、細かい技術がたらないけど、きっと上手くいくわよ。だから、頑張って」

「ああ、ありがとう」

ミレーゼだけでなく、雄二を励ましてくれたのは琴音の手紙だった。

琴音は楽譜に入っていた、住所に水江には秘密にして手紙を送り始めた。


川崎先生へ


先生、お元気ですか?

本当は先生に手紙を書く事はいけないのですけど、どうしても書かずにはいられませんでした。

私は、父親の事情ににより、隣町に引っ越しました。

百合子という友達もできました。可愛い子よ。

でも、先生に会いたいです。先生が怪我をしないように、ううん、やっぱり秘密よ。

言ってしまったら、効き目がなくなっちゃうから。内緒。

先生に会いたいです。今からも手紙を送ってもいいですか?

返事はださなくてもいいです。だって、婚約者の方がいらっしゃるのでしょ?

琴音はだいぶショパンの曲が弾けるようになりましたよ。

学校の先生が毎日、ショパンの別れの曲をお昼休みに弾いていては先生のことを思い出します。先生に会いたい。でも無理ですね。こんな事を書いてごめんなさい。

婚約者の人を大事にしてくださいね。たまには私の事も思い出してくれると嬉しいです。それでは、お元気にされてください。


琴音


琴音ちゃんか、可愛いな。まるで理恵子が帰ってきたようだ。


「雄二、誰からの手紙なの?」

「ああ、ミレーゼ、日本の知り合いだ。」

「わかっているわよ。水江さんの妹でしょ。」

「それをどうして知っているんだ。」

「そのくらい、調べるのは簡単よ。でも雄二が愛しているのは水江さんだから、気にはしないわ。でも、今からは私を愛してくれるのだから。そうでしょう。雄二。」

「ああ、そうだね……」

「早く、水江さんの事は忘れてね」

「わかったよ。」


水江さん、琴音ちゃん、会いたい。今頃どうしているんだ。

手紙を送りたいがそれが出来ないんだ。


三人はそれぞれの道を歩んでいた。

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