第2話 苦しみが時としてルーレットとして回る

一方で水江はやはり、渡辺のことを忘れることができなかった。

水江は琴音より、デリケートであったのでなおさらのことだった。

渡辺が座っていた座席を見てはため息がつくのだった。


渡辺さん、もう、あれから半年が経ちました。

事情はわかりませんが、私は想い続けます。

何度、忘れようとしたか、でも、私は忘れることができません。

今でも、渡辺さんが強く抱きしめくれた時の温かさは残っています。

もう一度、会えませんか。

今、あの時の海辺を歩いています。渡辺さんを想いながら、でも、すぐ目の前に渡辺さんがいるような気がしてならないのです。

やはり、あの時のピンクの貝殻のように結ばれないのでしょうか。

忘れようにも忘れることができません。渡辺さんの温かさが……

渡辺さん、今でも私は仕事のミスで班長から叱られています。

あの頃のように仕事を手伝ってくれませんか。

いえ、仕事はどうでもいいのです。渡辺さんの優しさにもう一度触れたいのです。

ギリシャに帰るなら、どうして、私を抱きしめてくれたのですか?

それは罪なことじゃないですか?私をどうして、そんなに苦しめるのですか?

琴音も辛い思いをしています。

どうか、一日でも早く日本に帰って来てもらえませんか。

そして、ピンクの貝殻を一つにしてください。


一方で、雄二は悲しみの中でギリシャに帰る事に


「雄二、おかえり。」

「ああ、ミレーゼ。」

「日本はどうでした?水江さんの事は忘れたの?」

「ああ……」

「でも、わかっているわよ。水江さんのことを思っていることは、でも私がいつか雄二を振り向かせるわ。それより、実はねマエストロがギリシャの国際コンクールにあなたを推薦してくれたみたいなの。」

「そうか……」

「どうしたの、雄二、元気がないわよ。うれしいことでしょ。」

「そんな事はどうでもいい」

「どうして、雄二、そんな事を言うの?まだ水江さんの事が忘れられないの?」

「ほっといてくれ」

「わかったわ」


気がつくと渡辺は浜辺に立っていた。

白い浜辺に透き通るような紺碧の海がそこにあった。

しかし、ここは想いの地ではない、異国の地、僕を受け入れてくれた地。

いや、僕が行かざる得なかった地。そこに君はいない。

あの記憶はなんだったのだろうか?。


水江さんのやさしい唇が僕を優しくしてくれた。

でも、それは、悲しみでの始まりでもあった。

今はギリシャの美しい海の波が僕を苦しめているのだろうか?


まただよ、理恵子の事を思い出すよ。理恵子、ごめんね。

僕の可愛い妹。僕のせいで、あんなことに……

理恵子の事を一日たり忘れた事はないよ。どうか、許してくれ。

それに、僕は琴音ちゃんにさぞかし辛い思いをさせたのだろう。

今はあの海に行ったことへの後悔の念しかない。

理恵子の所へも行けなかった。

水江さんと琴音ちゃんとの苦いを想いを背に帰るしかなかった。


僕は今、ギリシャでミレーゼの紹介により、マエストロ(巨匠)からピアノのレッスンを受けている。国際コンクールでも出場の機会を頂いた。

しかし、それは僕の力じゃない。小さな日本の出身の僕があの国際コンクールに出場出来る訳がないじゃないか。ミレーゼの力に過ぎない。

それより、水江さん、琴音ちゃん、どうしているだろうか

もう、どうでもいい。

どうして、僕はここにいるんだ。

何が国際コンクールだ。水江さんに会いたい。

また、琴音ちゃんにピアノを教えたい。


バーン バーン

ガーン

ガーン ガーン

ガン ガン ガン


馬鹿野郎


ピアノをいくら激しく打ち鳴らしても、さびしく響くな


雄二は呟く


理恵子、あの時に僕が目を話したばかりに……

琴音ちゃんと同じように一緒にピアノを弾いたね。


今は僕は一人なんだ、一人なんだよ。あの頃に戻りたい。

僕はなんてことをしたんだ。

ギリシャの熱く乾いた風が僕の心を冷たくさせるじゃないか。

そして、僕はマエストロのレッスンをしばしば受けていた。


「雄二、そこのフレーズを弾いてみなさい」

「はい」

「駄目じゃないか。もっと流れるようにレガートで弾かないと、この曲の意味がない」

「雄二……」

「どうしました?マエストロ」

「いや、気のせいだ。最近疲れ気味でね」


マエストロのレッスンは厳しかった。

自宅に帰っても愛情のないミレーゼが待っている。僕はどうすればいいんだ。

このままでいいのか?何のためにピアノを弾いているんだ。

何の意味があるのだろうか?

生きている意味があるのか?僕は檻の中に閉じ込められているだけじゃないか。

水江さんや琴音ちゃんがいたころに戻りたい。あの幸せだった頃へ

そして、僕はギリシャの国際コンクールへ向けて練習していた。

マエストロの指導もさらに厳しくなっていた。

こんな僕が国際コンクールに出場できるはずがない。

国際コンクールは予備予選をマエストロの力で通過で来たに過ぎない。

今から、一次予選、二次予選、本選とあるじゃないか?

どれだけ、ミレーゼやマエストロの力があるにしても僕が賞を取れるはずがないじゃないか。なぜ、そんなに僕を追い詰め、そして苦しめる。

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