第8話 思い出の海辺での再会

渡辺は日本に着くと真っ先に水江と過ごした海辺へ向かった。

それは何かを取り戻すようにも思えた。

しかし、海辺をあるいていたのは、渡辺だけではなかった。

運命の悪戯も同じく歩いていたのだ。


「お姉さん、私はどうしても川崎さんのことが忘れられない。」

「私もそうよ。実はね、渡辺さんと歩いた海辺があるの行ってみない。」

「ええ、お姉さん、川崎さんと海でデートしたの?」

「違うの、ただ、仕事の相談をしていただけよ。」

「そうなの、それなら良かった。まさか、ここで手をつないで歩いたりしていないでしょ。」

「手はつないでいないけど……」

「けど……ってどういう意味?お姉さん。何かあったの?」

「それは……」

「教えて、教えて。」

「それは言えないわ。私だけの秘密」

「どうして、教えて」

「駄目よ、それより、琴音、私の思い出の海辺へ行ってみない?」

「うん。琴音は複雑かな……でも、川崎先生とお姉さんの思い出の海辺なら……辛いけど、行ってみる。」


二人は思い出の海辺へ到着した。

海はあの時のように水江と琴音を受け入れてくれた。

白い砂浜に透き通った海が広がっていた。


「ここよ、きれいでしょ。」

「本当ね、でも、お姉さんが羨ましいな。ここで川崎先生と過ごしたのね」

「そうよ」


時は僕を導いてくれたのだろうか?


「お姉さん、遠く向こうから誰か歩いてきている。」


それは紛れもなく渡辺だったのだ。

三人ともその時は気づいていなかった。


「本当ね男性かしら。お姉さん、私は決心したの。」

「何を?」

「私はもう川崎さんのことは忘れる。」

「そうね、私もそうする。海に向かって叫んでみようか。それで、気持ちを伝えて忘れよう。」

「うん。」

「渡辺さん、さようなら……」

「川崎さん、好きでした……」

「元気でいてください……」

「忘れません。」


水江も琴音も海に向かって叫んだのだった。


遠くで響く懐かしい声が聞こえないはずはなかった。

渡辺は、声の方へ走り出した。

そこには懐かしい香りがしたのだった。


「え、川崎先生じゃない?ほら、お姉さん。」

「渡辺さん……」


そして、渡辺も二人の声に気づき二人の元へ行った。

再会したのだった。


「水江さん、琴美ちゃん。」

「どうして、渡辺さんがここに?」

「君達もどうしてここに?」

「私達は懐かしくなってここに来ました。」

「そうです、川崎先生。」

「僕もこれ以上の喜びはない。また、会えるとは思わなかったよ。」

「はい。」

「うん。」

「元気にしていた?」

「はい、でも渡辺さんの事を忘れられなくて……」

「私も川崎さんにピアノを習いたくて、その気持ちでいっぱいでした。川崎先生は外国に行かれたのですね。」

「ああ、ギリシャで今は働いているよ。」


渡辺は近況について話したが、ミレーゼの事は言えなかったのである。


「恋人はいるの?川崎さん先生」

「恋人はいないけど……」

「どうされたのですか?渡辺さん。急に元気がなくなりました。何かあったのですか?」



渡辺は悲しい現実を伝えざる得なかった。愛する水江の前で告白するのは残酷の何でもなかった。


「実は僕は婚約したんだ。」

「ええ、嘘でしょ?川崎先生。」

「渡辺さん、どうして……本当ですか?」

「ああ、本当だ。でも、その人には愛はない。」

「それでは、渡辺さんはどうして婚約されたのですか?」

「ああ、事情があって断ることができなかったんだ。水江さん、ごめんね。」

「だから、手を繋いでくださらなかったのですね。」

「ああ、その時はすでに婚約していたからね。」

「そうだったのですね・・・」

「ごめんね、水江さん。」

「そういえば、どうして、私は川崎先生でお姉さんは渡辺さんなの?」

「それはね、僕はもともと川崎という性なんだ。さっき言ったけど、ある事情で仕方なく渡辺家へ養子にいったんだよ。」

「どうして、私には川崎先生だったの?」

「僕は本当は川崎という性でいたかったんだ……」

「それでは、なぜ、渡辺と名乗ったのですか」

「それは、工場長がそう紹介しただろう。その当時は既に、渡辺に性が変わっていたからね。」

「そうでしたね。でも、どうして……私は……」

「琴音もです。私のことを可愛いと言ってくれたじゃない。」

「あれは嘘だったのですか?どうして、あの時にそう言ったの?」

「ごめんね、でも可愛いのは本当だよ。本当に騙したみたいで、僕はここにいるべきではないね……それでは」

「待って。」

「待ってください、先生。」


「琴美ちゃん、水江さん。ごめんね。」


さよならが振り向いた

渡辺はその場から走り去っていった。


渡辺は自らに問いかけた。


僕は無力じゃないか?

彼女達を騙した訳ではないけど、結果的にそうなった。

僕はどうすればいいんだ。

果たして、このままでいいのだろうか?

自分の無力さが嫌になってくる。

僕が愛しているのはミレーゼではなく水江さんだ。

このままなら、いっそのこと消えてしまいたい。


しかし、現実はそれを許してくれることはなかった。

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