第7話 遠い地からの想い

未来は時を選ばない。

渡辺は婚約者であるミレーゼの父親とは面識がなかった。

ミレーゼは渡辺が水江の事を早く忘れさせようと必死であったため、父親に会わすことにした。


「渡辺さん、紹介するから私の父であるダイアモンド貿易会社の父よ。」


ミレーゼの父親は大柄で白髪で小太りであった。堂々とした声で渡辺へ挨拶をした。


「ああ、君がミレーゼの婚約者かね。初めましてだね。」

「なかなか部下に任せきりで会う機会がなかったね。すまなかった。」

「ミレーゼが子供のように喜んでいたよ。実はだね、我が社は今回なんだがギリシャに新しく進出しようかと考えていてね。そこで、そこで社長として活躍してほしいんだ。」

「渡辺さん、ギリシャには新鋭のピアニストが多いですし。あのピアニストのマエストロとして知られている方も紹介できるの。素敵でしょ。」

「ああ。」

「渡辺君、娘とそこで頑張って、我が社を発展させてくれないか。」

「わかりました。」

「渡辺君、ギリシャは魚介類が豊富だろう。わが社は地中海の魚介類に目をつけたわけだ。とりあえずは、設立はミレーゼの有能な部下達が設立をしてくれる。ミレーゼはギリシャを中心に演奏活動をするが、君をサポートすることにもなっている。頑張ってくれたまえ。」

「はい。」


また、ミレーゼは渡辺に世界的なピアニストで巨匠(マエストロ)にも面会をさせることにした。


「渡辺さん、こちらの方がディオグレミニオス氏よ。もちろん、渡辺さんもご存じでしょ。」

「もちろんです。」

「君が渡辺君かね。」

「はい、お目にかけて光栄です。」

「少し何か弾いてみなさい。」

「はい、マエストロ。」

「まだまだ、粗削りだが素質は十分ある。ギリシャのこの町で教えてあげよう。」

「ありがとうございます。」


僕はギリシャという新しい世界に一歩を踏み出すことになった。


ギリシャの白い壁は君の肌を彷彿させ、石畳や風車、碧く広がるエーゲ海は僕を唯一、

現実から解放させてくれた。

僕はギリシャのサントリーニ島でしばし体と心を休めている。

美しい海の浜辺を僕は一人静かに歩いている、君を思いながら。

海は僕を優しく迎えてくれ、寄せては引いていく波はあの時に君と過ごした時に連れて行ってくれた。

僕のギリシャでの存在は何なんだろうか?精密機械のように仕事を進め愛情のない生活を送っている。確かにピアノニストとは恵まれた環境の元で着実に成功はしているも、そこに君はいない。

碧く白い波も次第に優しいオレンジ色に変化していくが、僕の君への気持ちは変わらない。


琴音ちゃんはどうしているだろうか?琴音ちゃんはさぞかしオルガンが上達しているだろう。

あの、大きく虚像で建てられた家を一生懸命掃除してくれ、僕の寂しさやるせなさも洗い流してくれた。


エーゲ海の波の音が琴美ちゃんのピアノの音と重なって聞こえる。ショパンの別れの曲が現実になろうとは皮肉なものだった。最初に出会った時に弾かなければ良かったのかもしれない。

街並みの石畳から現実が転がるように歩み寄ってきた。僕の心を突き刺すように。


そこに、ミレーゼが現れた。


「雄二、そろそろ、ホテルでのディナーが始まるわよ。ディナーで父と今後の仕事のことで打ち合わせするからね」

「わかった、もうすぐ行くよ」


ディナーはどうでもよかった。ただ、本当は海辺で一人になりたかった。

僕は檻の中で生活しているようなものだ、現実から僕は逃れることは出来ないのだろうか。

オレンジ色の海を走行している白いヨットとともに現実に帰るとしよう。

ディナーのテーブルの蝋燭の灯りと同じく希望の灯りが輝き始めた


「雄二君、しばらくなんだが、日本に帰って仕事の今後の調整をお願いしたいのだが」


社長の声が希望とも一瞬聞こえたものの僕の気持ちは複雑だった。

日本には水江さんと琴美ちゃんの存在があるものの、僕はその存在を受け入れるべきなのだろうか、一度は別れたとはいえ、また時を同じくしたい

しかし、それは一瞬だけ僕の心を癒してくれるかもしれないが、帰るべく現実への悲しさが迎えているだけだろう。

エーゲ海の波の様に寄せては帰っていくだけに過ぎない。しかし、時を断るすべはなく僕の気持ちは抑えることを出来るはずはなかった


どうすればよいのだろう、再び彼女達に会うべきなのか

僕の気持ちに迷いという思いがつきまとっていた

久しぶりの日本には、仕事という二文字が待ち受けていたが僕の心はそこには無かった。

また、会いたい、会いたい。僕の素直な気持ちはそれだけしかなかった

しかし、どうやって会いに行けば良いのだろうか


そして、渡辺とミレーゼは日本に向けて出発した。渡辺は水江と琴音の事を想いながらのことであった。

日本で渡辺が待ち受けているものはこの時はまだ知る由もなかったのだった。

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