第6話 真実

水江と琴音は複雑な心境で家路へと向かっていた。


「お姉さん、もしかして、私達同じ人に恋をしていたの?」

「そうね、でも、どうして名前が違うの?」

「お姉さん、ごめんね。佐藤さんとは両想いだったと思う。」

「どうして?」

「それは、私の心にだけあるの。」

「本当にそうなの?琴音。」

「うん。」

「でも、それは琴音の勘違いよ。」

「どうして?」

「それは言えないの……でも、二人のいい思い出にしよう。」

「うん。」

「琴音もまだ16歳で可愛いから、すぐ恋人ができるわよ。」

「お姉さんこそ、きれいだし。」

「でも、忘れられるかな?琴音……」

「そうね……お姉さん。」


琴音の音楽の授業にて


「みなさん、これは何だかわかりますか?」

「ピアノです……」

「そうよ、琴音さん。どうしたの?元気がないわよ」

「ううう……」

「琴音さん、どうして泣いているの?」

「先生、琴音さんが教室を出て行きました。」

「ちょっと、待っていて。どうしたの、美琴さん?」

「いえ、ごめんなさい。先生。」

「授業に戻りましょう。」

「はい。」


教室に帰り


「今まではオルガンでしたけど、今日からはピアノで練習しましょう。」

「先生、ピアノを弾いてみてもいいですか。」

「弾けるの?琴音さん。」

「はい、少しだけ。」

「まあ、切ない曲ね。それは、確かショパンの曲じゃなかったかしら?」

「そうです、別れの曲です。最初のメロディのところだけしか弾けませんが、毎日弾いています。」

「それだけ弾けたらすごいですよ。」

「そうですか……」

「どうして、さっきから泣いているの?」

「いえ、いろいろ思い出して……」


先生、どうしていますか?

どこに行かれたのですか?

お元気ですか?

琴音はさびしいです……

先生に会いたい……

先生、オルガンが上手になったのよ。

いろんな曲が弾けるようになりました。

もしかしたら、先生にまた褒められるかな?

そう思って、いっぱい、いっぱい練習しました。

もう、褒めてはくださらないのですか?

先生のおかげで男の人を好きになることができません。

どう、責任とってくれるのですか。

また、今日も夕日を見ながら、先生と出会った時を思い出しながら家に帰ります。

先生も元気でいてくださいね。


時は過去へと戻る


「雄二はクラシックピアノが好きで、ピアニストになりたいと言っていただろう。」

「そうだよ。」

「ドイツにも留学できたからね。不思議だとは思わなかったか?」

「もちろん、思ったよ。貧しい生活の中で見知らぬ人が援助してくれていたんだよね。」

「そうだよ。」

「結局、僕には才能がなくて、ピアニストにはなれなかった。それに、仕送りをしていた人がわからなかったんだよね。」

「それがな、長崎ダイアモンド造船会社の一人娘だということがわかってな。たまたま、日本に公演に来ている時にお前に一目惚れしたみたでな。本社の社長である、お父様からの援助だったそうだ。その、お嬢様が雄二とどうしても、おつき合いしたいらしくて。ミレーゼという女性は知っているだろう?」

「ああ、僕の先生でもあり親しい友達だったよ。」

「いずれは、お前との結婚も考えているらしい。我が家は貧しい、楽な生活がしたいだろう。実はな、長崎ダイヤモンド社の副社長である、渡辺氏の養子にならないかという話があるんだ。その方が会社としては体裁がいいみたいなんだ。」

「いや、僕は父さんの子でありたい。そこまでして幸せになろうとは思わない。」

「しかし、今までの恩があるだろう。」

「確かに……」

「父さんも実はいろいろお世話になった事情があるんだよ。」

「僕もあれだけ恩になったからね。だから、ドイツでの生活でも何ら苦労することもなかったからね。」

「お前の気持ちはわかっている、誰か好きな人がいるんだろう?なんとなくだけど、お父さんもわかるよ。」

「いや……」

「お父さんはお前の人生だから、お前の判断にまかせる。」

「ただ、恩もある。」

「覚えているだろう、あの頃のことを……」

「そうだったね。わかった、父さん。養子になろう。」

「父さんも悲しいよ。雄二が川崎から渡辺へ性が変わるのは。」


沈みゆく夕日とともに時は沈んでいった

渡辺、すなわち川崎はミレーゼという女性と二人でいた。


「雄二、もう水江さんのことは忘れて。」

「どうして、知っていたんだ。」

「ミレーゼ。」

「調べれば、すぐわかるわよ。でも、私は水江以上に雄二のことを深く愛しているわ。」

「私は愛しているの、雄二を。雄二が私のことを愛していなくても……」

「そう、想ってもらえるように努力するわ。ピアノだって、雄二は才能がないわけじゃない。私が教えるし、巨匠と呼ばれる人も紹介する。雄二はピアニストになれる。必ずよ。だから、私と結婚して。」

「わかった、そうしよう……」


僕は彼女の申し出を断ることができなかった

ただ、水江さんの事が忘れられないんだ……


水江は渡辺の事を想う。


渡辺さん、元気にされていますか。

私は忘れることができません。

浜辺で優しく抱き寄せた時の温かさが

もう、会えないのですか

どのような事情があるのですか

もう一度会いたいです


渡辺さん会いたいです。

会いたいです


仕事も相変わらず失敗ばかりです

書類もなかなかでき上がりません


何故だかわかりますか

渡辺さん


会いたいからです。


真実が深い海の中から顔をだしたのだった。

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