第5話 別れという汽笛が鳴る
海は二人だけを待っているのだろうか
渡辺は心に秘めていることがあった。
「工場長、お願いがあるのですが、私と水江さんと二人きりにさせていただけませんか?」
「ええ、もちろんです。」
「水江さん、今まで内緒にしていてごめんね。僕は事情があってそうせざる得なかったんだ。」
「どうして、工場で働いたのですか?それも秘密ですか?」
「いや、僕は最初に出会った野原で、以前に君を見かけているんだ。それ以来、水江さんのことが忘れられなくなって。調べた結果、工場で水江さんが働いていることがわかったんだ。」
「そうだったのですか。私は夕日の向こうから私を見て下さった。渡辺さんに夢中になりました。」
「でも、どうしてですか?どうして、私と手を繋いでもらえなかったのですか?」
「一緒に浜辺を歩こう。」
「はい。」
「ほら、あの時と同じようにピンクの貝殻があるよね。」
「はい。」
「あの時もそうだったけど、その貝は一枚かな?」
「いえ、両脇に開いています。」
「そうだよね。その貝を閉じてみて。」
「はい。」
「次は放してみて。どうなったかな?」
「また、開きました。」
「僕と水江さんはピンクの貝と同じように繋がらないんだよ。」
「ううう……どうしてですか。」
「それは言えないというより、言いたくない。」
「でも……今はどうかな?」
「はい、優しく抱きしめて下さっています。」
「最後のお願いを神様にしたところだよ。このままで聞いて。」
「はい。」
「僕は来週の月曜日に長崎港からドイツに向かう。当日は社員が多くて、直接会えない。だから、ここでお別れしよう……」
「いやです。」
「波の音が僕達にさよならを告げている。そろそろかな……」
「いやです。」
「それじゃ……」
「渡辺さん。渡辺さん……」
「水江さんのことは一生忘れないよ。」
琴音の悲しみの和音が響いた。
「琴音ちゃん。」
「はい、川崎先生。」
「残念なお知らせがあってね、琴音ちゃんに教えるのも今日までなんだ……」
「どうしてですか?」
「実は家賃が払えなくなってね。もう少ししたら引っ越ししないといけない」
「こんな家は僕は嫌いだったから、よかったけど。」
「琴音ちゃんとお別れするのはさびしいな。」
「嫌です、川崎先生。」
「最後にあの曲を弾くから。今度は最後まで弾くよ。」
「琴音ちゃん泣かないで。」
「先生もどうして泣いているのですか。」
「琴音ちゃんも元気で頑張ってね。」
「嫌です。」
「先生、一度でいいから、優しく抱きしめて。」
「わかったよ、琴美ちゃん、毎日掃除してくれてありがとうね。」
「いやです。」
「それでは、もう行かないと。」
「離さないで下さい。」
「ごめんね。琴音ちゃん。」
「待って、先生。」
自宅にて
「お姉さん、お姉さん。川崎先生が……どうして、お姉さんも泣いているの?」
「渡辺さんとお別れすることになったの・・・」
「私も川崎先生とお別れだった。玄関を出たらもういなくて。」
「そうだったの……」
「うん、お姉さん。」
「渡辺さんは来週の月曜日に長崎港からドイツに行くの。」
「どうして……」
「理由は教えてくれなくて。でも、川崎先生とはどうして、お別れだったの?」
「大きな、お家の家賃が払えないからって・・・」
「そう、渡辺さんとはお別れをしたけど、出航の日にお見送りする。」
「私は川崎先生をお見送りできなかったから、川崎先生とお別れのつもりで一緒に行く。」
「そうね、わかった。」
出航当日になって
今日でこの国ともしばらくはお別れか。
いつか帰ってくる日がくるのだろうか?
「社長、気をつけていってください。」
「みんな、大勢でありがとう。」
ドイツでの活躍を祈っています
「ありがとう。」
そろそろ、乗船ですね
「ああ、船の屋上から手をふるよ。来てくれてるかな?水江さん・・・」
水江と琴音は渡辺が乗る船が見える場所まで来ていた。
「あ、あの人が渡辺さんよ。」
「え、どの人、お姉さん?」
「ほら、船の屋上でみんなに手をふっているでしょ。」
「ええ、川崎先生がいる。どうして?」
「琴美、どうして、川崎先生と言ったの?」
「あの人が川崎先生じゃない・・・」
「どうして、渡辺さんよ。」
「あの人よ、青いシャツを着た人よ。」
「そうそう。お姉さん。あの、カッコいい人よ。」
「どうして……」
「水江さん。え……琴音ちゃんと一緒にどうして……」
「手を振るのよ。琴音。」
「うん。」
「水江さん……」
「渡辺さん。」
「川崎先生。どうして……」
ボオオ
「お姉さん、もう見えなくなった。」
汽笛が二人に別れを告げていた
つづく
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