第4話 記憶の音
悲しみは戸惑いと共に存在した
「お姉さん、どうしたの?今日は特に元気がないよ。もしかして、渡辺さんのこと?」
「うん。もう、渡辺さんの気持ちがよくわからないの……私を誘ってみるけど、手はつないでもらえなくて……優しい人だけなのかな?でも、私に好意を持っているようにも感じて……」
「そうね、告白してみたら?」
「う~ん、恥ずかしいかな?断れた時が悲しい……」
「そうね。お姉さん」
「琴音は川崎先生と仲良くしているの?」
「うん、実はね私の前の生徒さんより、私の方の練習時間が長いの。やっぱり、両想いなのかな?でも、年が離れすぎているから。」
「年は関係ないと思うよ。」
「そうかな?」
「うん、そうだと思う。勇気を持って告白してみたら?」
「そうね、でも、お姉さんのように断れたら悲しい……最近は川崎さんのことが頭から離れなくて、女学校での授業でも集中できないの。辛いな。」
「タイミングをみて告白したら?」
「うん、そうしようかな。お姉さんも同じ事よ。」
「でも、私の手を握るくらいすると思うし。やっぱり、片思いなのかな?」
「どうなのかな?お姉さん」
「わからない……まあ、いいや。」
「そうよ、そのうち進展があるかもよ。」
「そうだといいけど……」
男はまた呟く
目の前に突然現れる悲しい海。波に流されていくのだろうか。
消えては現れ、消えては現れ僕の夢を消え去ろうとしている。
どうしてなんだ。
「また、独り言を言っている。男らしくないわよ。何を黙っているのよ。」
「そっとしておいてくれ……」
「わかったわよ。」
時が想いを引き寄せる
「父さん、母さん。突然、どうして。」
「仕方ないんだよ。わかってくれ。」
「わかった、父さん、母さん。」
「仕方ないよな。」
琴音はピアノ教室にてレッスンを受けていた。
「先生、ほら。」
琴音は得意げだ。
「琴美ちゃん、上手くなったじゃない。」
「そうでしょ、先生。」
「そうだね。」
「琴美ちゃんは上達が早いよ。」
「だって……」
「どうしたの?」
「なんでもない。川崎先生。」
「もう、簡単な練習曲が弾けるよ。」
「うん。」
「先生も弾いてみようか。」
「うん、どうして泣いているの。」
川崎には何か事情があるのだろうか?
「最初に弾いてくれた曲でしょ。誰かと別れるの?先生。」
「いや、急にいろいろ思い出して。」
「何をですか?」
「ごめんね、今日の練習はここまでにしよう。」
「はい、先生、元気をだしてね。」
「ありがとう、琴音ちゃん。」
何かが待ち受けている音が聞こえてきた時だった。
水江と渡辺は残って仕事をしていた。
「水江さん、今日は忙しかったね。」
「そうですね。」
「今日、僕は疲れたから早いけど帰るね。」
「はい。」
「それじゃ。」
あ、お弁当箱を忘れている。追いかけなきゃ。
あ、いた。どうしようかな。後をつけてみよう。
でも、怒られちゃうかな?まあ、いいや。
家に着いたら、そこで渡してびっくりさせてみよう。
「ただいま。」
「ああ、お帰り。」
ええ、こんな古くて小さい家に住んでいるの?
どうしようかな、お弁当箱を渡しづらいな。
でも、渡さないと。
「渡辺さん。」
「どうしたの、水江さん?もしかして、後を追ってきたの?」
「はい、お弁当箱を忘れていたので、追いかけてきたら、ここまで……ごめんなさい。」
「いいよ。古くて小さい家だけど、よかったら上がっていって。」
「いいのですか?」
「ああ、いいよ。」
「あら、あら。あんたも、恋人ができたのかい?」
「母さん…‥」
「そうそう、お漬物をもってきますからね。」
「お母さん、すぐ帰りますから。気を使われないでください。それでは失礼します。」
「あら、よかったのに。」
「母さん……」
一方で琴音は川崎からピアノのレッスンを受けていた。
「先生、先生、先生。」
「どうしたの、琴美ちゃん。」
「この曲を弾きますから聞いてください。」
「ああ。」
「ほら、先生。」
「これは別れの曲のメロディーの部分だけだね。」
「伴奏はないけど、ちゃんと弾けるでしょ。」
「本当だね・・・」
「あ、そういえば。」
「この、お家は大きいですね。先生が一人で住んでいるのですか?」
「いつも、誰も居ないから。そうだね・・・」
「さびしくないですか。」
「ああ、寂しいね。」
琴音はある事を思いついたようだ。
「じゃあ、先生。私が毎日来て、お掃除してあげる。お家が広いと掃除が大変でしょ。
「いや、それは悪いよ。」
「じゃあ、先生、月謝を半分にして。それならいいでしょ。」
「そうだね、じゃあそうしようかな。」
「やったあ。」
「僕も寂しかったからうれしいよ……」
ある男はためらいがあった。
「どうして、私の気持ちがわかってくれないのよ。」
「いや、わかっているよ。」
「嘘をつかないで、私でもわかるのよ。私のことを愛している?」
「ああ……」
「本当なの?」
「ああ、そうだよ。」
「ちがう、あなたの目はいつもどこか遠くを見つめている。」
「誰なの教えて。」
「勘違いだよ。」
「それなら、私を抱いて。」
「いつもみたいに……」
「ほら、あなたが私を見つめる目は悲しい。そのくらいわかるわよ。」
「そんなことはないよ。」
時の風が流れた
「ごめんね。」
「どうして、お母さん。」
「いつも、満足に食べさせてあげられなくて。」
「そんなことはないよ。お母さんとお父さんがそばにいるだけでも幸せだよ。」
「すまない。」
「本当だよ、お父さん。そうだ、近くの野原で理恵子も一緒にみんなで、ご飯を食べよう。おむすびとメザシだけで十分だよ。」
「それでいいのかい?」
「ああ、みんなで一緒に食べたい。そうだろ、理恵子。」
「うん。」
理恵子とは男の妹らしい。
「ほら、着いたよ。ちょうど、夕日が見えてきれいだね。」
「本当だね。」
「美味しいよ。」
「うん。」
「本当だな。」
「そうね……」
「お父さん、肩馬してくれる?でも、もう小さい頃のように軽くはないね。」
「じゃやあ、理恵子。ほら。」
「キャ」
「わあ、夕日がきれい。でも、重いでしょ。」
「ああ、そうだな。」
ふふふ
「お父さん、お母さん。僕は今の生活が一番幸せだよ。」
「そうか。」
「ありがとうね。」
残酷という言葉が待ち受けていた
「今日までありがとうございました。」
「いえいえ、とんでもない。渡辺社長。」
「工場長にはお世話になりました。」
「もったいないお言葉です。みんな、聞いてくれ。渡辺君、いや長崎ダイアモンド貿易会社の社長である渡辺雄二さんは、わが工場が今後お世話になる方になる。」
「どうしてですか?工場長。どうしてここで働いていたのですか?」
「渡辺さん、どうして……」
「渡辺社長は、来週の月曜日に本社である、ドイツでの副社長として就任するため日本を離れられる。それまでに、理由は教えてもらえなかったが、この工場で働きたいという、内密での申し出があり、私はお迎えした。」
「渡辺さん、どうして……」
「水江さん……」
押し寄せる波の音が悲しく響いた。
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