第3話 想いのメリーゴーランド

とある、場所にて時が流れて行った。


「僕はいずれ……」


男は一人寂しく呟いた。


「どうしたの、元気がないよ。何の独り言を言っているの。」

「空耳だよ。」

「それより、考えることがいっぱいあるでしょ。」

「そうだね、でも、僕は自由の羽を奪われたんだ。」

「また、そんなことを言う。」

「僕が悪かった。」

「一人で呟いていて、男らしくないわよ。」

「今日は一人にさせてくれ。」

「わかったわ。」


男は想う、男に話しかけている女性は誰なのだろうか?


あの人に会いたい。どうして僕はこうなるんだ。

今頃、君は何をしているのかな?笑っているのかな。

優しい笑顔だよね。怒った顔も見てみたい。

それでも、さぞかし可愛いだろうな。僕のことをどう思っているのだろうか

この世に神がいれば僕は見捨てられたようなものだ

きっと、そうだ


ピアノ教室にて琴音は川崎にレッスンを受けていた。


「琴音ちゃん、あ、琴音さんだったね。」

「やっぱり、琴音ちゃんが可愛いですか?先生?」

「そうだね、琴音ちゃんの方が可愛いよ。」

「じゃあ、琴音ちゃんでいいです。」

「練習してきたかな?」

「はい。」


琴音の踊る心は留まることを知らなかった。


「最初はね、バイエルという教本で練習するんだ。これを練習したら、少しずつ弾けるようになっていくよ。」

「頑張ります。」

「琴音ちゃん、ドレミファの音階の場所は覚えたかな?」

「はい、先生。」

「じゃや、弾いてみて。」

「こんな感じですか?」


琴音は自信はあったが恐る恐る弾いてみたのだ。


「そうだよ。上手く弾けているね。次はバイエルの音階の簡単な練習曲を弾いてみよう。そうだよ、素質があるね。」

「本当ですか?」

「ああ。」

「うれしい、先生。」

「この調子で練習しておいで。」

「うん。」

「琴音ちゃんは可愛いね。」


「先生、バイバイ。」


喜ぶ琴音に対し揺れる心の水江


「お姉さん、お姉さん。川崎先生から褒めらてね。それでね、それでね、それでね。可愛いって言われたの。」

「本当、よかったね。」

「うん。」

「うれしくて、今日は眠れるかな?川崎先生、好きです。」

「琴音、何か言ったの?」

「何も言ってないよ。」

「そう、琴音。明日、学校だから早く寝なさい。」

「そうね……」

「どうしたの、お姉さん。」

「ううん。渡辺さんのことを想っているの……琴音、おやすみ。」

「おやすみ、お姉さん。」


水江の安らかな眠りを妨げる想いがつきまとう。


渡辺さん。どうして、私の手をつないでくれなかったの……

私の片思いなのかしら……

でも、瞳のことを褒めてくれた。

あれはなんだったのかな……

ただ、からかっただけかな……

でも、海に誘ってくれた。

私のことをどう思ってくれているのかな?

海がきれいだったな。きれいな波の音にピンクの貝殻。

また、連れて行ってくれるといいのに・・・

ああ、こんなことを考えたら眠れなくなっちゃった。

あの時のように月の明かりが照らしている。


翌日になって


「おはよう、水江さん。」

「おはようございます。渡辺さん。」

「どうしたの?水江さん?すぐ、あっちを向いて。」

「落ち葉がきれいかなと思って……」

「そうだね、でも、落ち葉がきれいだから、あっちを向いたのかな?」

「そうです……」


水江は落ち葉が揺れるように心も揺れていたのだった。


「そうか、落ち葉もきれいだけど、水江さんもきれいだよ。」

「本当はそう思っていないのでしょ?」

「どうして、水江さん?」

「だって……」

「だってとは?」

「いえ……」

「ほら、水江さん。」

「どうしました?」

「肩に葉が落ちているから取ってあげるよ」

「え、水江さん。」

「ごめんなさい……」

「渡辺さんの手に触れてしまって。」

「どうして?水江さん」

「嫌ですか?渡辺さん」

「それは……」

「そうですよね……」

「ごめんなさい。」

「水江さん……」


水江と渡辺は工場にいた。


「水江さん、ほら、書類を書くのを手伝ってあげるよ。」

「いえ、結構です。」

「さっきのことで怒っているの?」

「いえ、ちがいます……渡辺さんの気持ちがわかりません。」

「水江さん、ちがうよ。」

「どうして、ちがうのですか?」

「それは言えない。言えないんだ……」

「どうせ……私のことは……」

「ちがうよ、水江さん……」

「もういいです。」


想いは交錯していた。


ところ変わってピアノ教室にて琴音に川崎はレッスンをしていた。


「琴音ちゃん、練習してきたかな?」

「はい。」

「頑張りました。ほら、先生。」

「おお、上達したね。」

「はい、だって……いえ、なんでもないです。」

「琴音ちゃんは可愛いよ。肌の色が白くて。」

「本当ですか?でも、最近ね、太ったの……」

「そうかな?まだ、16歳だからかな。」

「食べ盛りだしね。」

「先生……」

「どうしたの?」

「聞いてもいいですか?」

「いいよ。琴音ちゃん」

「先生は好きな人はいますか。」

「うん、いるよ。」

「教えて。」

「でも……」

「どうしよう……」

「どんな人ですか?」

「可愛い子だよ。」

「誰ですか?」

「それは教えられないな。」

「先生、本当に私は可愛い?」

「ああ、本当だよ。」

「先生は年下の女の子とかは好き?」

「好きだよ。」

「頑張る子とか?」

「そうだね、応援したくなるね。」

「肌の白い女の子とか好き?ぽっちゃりとした子は好きですか?」

「ああ、好きだよ。」

「本当?」

「ああ。」


「先生、バイバイ。」


「まだ、練習の途中じゃないか。」

「あどけなさ」とはこのことを言うのだろうか。自宅に帰り琴音は喜びを隠そうとはしなかった


「お姉さん、お姉さん、お姉さん。」

「どうしたの、琴音?」

「私は川崎先生と両想いかもしれない。」

「そうなの……琴音?」

「どうしたの、お姉さん?元気がないよ。」

「ううん、いいの。」

「もしかして、渡辺さんと何かあったの?」

「もう、ほっといて。」

「あ、ごめんなさい。」

「お姉さん……」


しまったなあ、言わなきゃよかった。どうしよう・・・

そっとしておこう。

でも、うれしい。どうやって、川崎先生をデートに誘うかな。

ああ、見えても、川崎先生は恥ずかしがり屋さんのような気がするな。


どこかで時が静かに流れた。


「お父さん、お父さん。ほら、夕日がきれいだよ。」

「そうだな。」

「すぐ目の前に届きそう。石を投げて見るかな。」

「えい。届かないや」

「そうか、そうか。夕日までは遠いからな。遠くても、夢を持つことが大事だぞ。」

「その、目標に持って頑張って進むんだ。」

「わかったよ。父さん。」

「じゃあ、父さんが肩車してあげよう。」

「うん。」

「ほら、ほら。」

「わあ、怖いよ。」

「はははは」

「家に帰って、一緒にご飯でも食べよう。」

「うん、今日は何かな。」

「そうだな、何が食べたい。」

「僕は何でもいいよ。お父さんとお母さんと一緒に食べることができればね。」

「そうだな。家族とはいいものだな。」


父さん……


水江は想いが伝わらない切なさに覆われていた


「水江さん、最近どうしたの元気がないけど僕が何かしたかな。」

「いえ、気のせいです……」

「僕でよかったら、なんでも相談にのるから。」

「はい。」

「水江さん。」

「はい、どうされましたか?」

「渡辺さん……」

「いや、やっぱりよかったです……」

「いえ、お願いしたいことがあります。」

「何かな。」

「やっぱり、いいです……」

「どうして……」

「いえ、ごめんなさい。私の方から言っていて。」

「水江さん、気にしなくていいよ。」


現実と夢が二人を待ち受けていた

水江はいつものように、仕事の事で班長から叱られていた。


「ほら、水江さん、前に頼んだ書類はできたのかね。」

「班長、ごめんなさい。もう少しです。」

「さっさとしてもらわないと困るよ。」

「申し訳ありません。」


そこに渡辺が現れた。


「水江さん、書類を見せて。ああ、僕がやっておいてあげるよ。」

「いえ、悪いです。」

「いいんだよ、そんな気分なんだ。」

「どうして、渡辺さんは私に優しくしてくれるのですか?」

「そうだな、ほっておけないんだ。」

「それはどういう意味ですか?」

「なんとなくかな……」

「なんとなくですか?」

「渡辺さんは誰にでも優しいのですね。」

「どうだろう・・・」

「渡辺さん、書類は明日作りましょう。もう、遅いです。」

「大丈夫だよ。それより、もう少ししたら、一緒に帰ろうか。」

「はい。」

「だいぶ、出来上がったから、明日の朝には僕が作り上げておくよ。」

「ありがとうございます。ごめんなさい。」

「いや、気にしなくてもいいよ。じゃあ、一緒に帰ろう。水江さんの家は近くなのかな。」

「はい。」


野原は再び水江と渡辺を待っていた。


「野原の近くだね。今日もここで休んで話をしよう。」

「はい。」

「もう、星が見えるね。」

「はい。」

「星はすぐ手に届きそうなんだよね。小さい頃から、そう思ってきた。あれが北斗七星か。僕は小さい頃はとても星がきれいに見えていたんだ。でも、最近はそう感じなくなることがあって……」

「どうしてですか?」

「その答えは簡単さ。視力が落ちたからだよ。」

「そうなんですね。」


ふふふ


「でも、水江さんの瞳の輝きはきれいだよ。」

「もう、あまりお世辞をいわないでください。渡辺さんは、いつもそうやって言います。女性には誰にもそう言っているのではないですか?」

「そんなことはないよ。」

「もう一度、お願いしたいことがあります。手をつないで下さい。やっぱり駄目ですか?」

「ごめんね、それはできないんだよ。」

「そうですか……ごめんなさい無理を言って。女性からこういうことはいけませんね……」

「僕こそ、ごめんね……」


渡辺には何やら理由がありそうだ。

さみしく夜空が輝いていた。

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