喪失と追憶

 桜の蕾が膨らんできた頃、大樹と雄太に誘われて、麻衣と明日香はキャンプに行く事になった。

 天気予報では快晴の予報だ。

 キャンプには、明日香の家の車を借りて出かけることになっている。明日香は子供の頃から家族でキャンプに行っていて、将来はアウトドア関連の企業に就職したいと言うアウトドア派だ。キャンプ用品も全てお借りする事になった。


 朝は苦手な麻衣もその日はスマホのアラームより早く起き、明日香の家の最寄り駅に向かった。明日香はもう駅に迎えに来てくれていた。さすがにウェアもおしゃれだ。 

 途中で雄太と大樹を拾い、車中は四人ともハイテンションで、休憩や買い物も挟み、キャンプ場に到着した。

「富士山が目の前なんだねー!」

明日香はロケーションの良さに驚いている。

 先ずはテントとタープを設置した。明日香の指示に従って、全員が杭を打ったり、マットを敷いたりして、2人用テント2機とタープを設置し、椅子やテーブルを配置した。

「麻衣〜今日は麻衣と一緒に寝るよ」

「……良かった」

 大樹と雄太は焚き火の小枝などを探しに林に向かった。焚き木は買ってある。

 明日香はパエリアとアヒージョの準備を始めて、麻衣はお手伝い。

 手際よくそれぞれの作業は終わり、楽しみな食事の時間になった。

「明日香、すごく美味しいよ」

「料理上手だね」

「下準備してきたからね、ただ温めただけよ」

「さすがキャンプ慣れてるなー」

 外でみんなと食べるご飯は余計に美味しい、と麻衣は思いながら、食事を取り分けたり食べたり忙しい。


 明日香と雄太が食事の後に散歩に行ったので、麻衣と大樹は火のそばで景色を眺めていた。暗い湖に月明かりで水面が光っていた。

「大くんはもう野球しないの?」

 少し軽く言ってしまったので、麻衣は大樹を見て驚いた。こんなに寂しそうに下を向いた大樹を見たことがなかった。

「聞かれたくなかったら、言わなくていいから……」

「うん、大した理由はないんだ」

 幼い頃、大樹はプロを目指したい、と言っていた。毎日練習をしていたあの少年達が、完全に野球をやめてしまうなんて……。

「高二の夏、肘を怪我して、投げられなくなって……。病院にも通ったけど、握力が戻らなくて……。今も。もう前みたいに投げられないんだ」

 大樹は肩を回して、深呼吸した。

「……ごめんね、変な事聞いちゃって」

「麻衣にはいつか話したかったんだよ」

 麻衣には大樹の表情が陰になり見えなかったが、大樹は本当に野球が好きで、喪失感に苛まれてきたのだろうと思い、

「大くん、辛かったね」

としか言えなかった。

「そうだね。でも楽しかったことばかり思い出すんだ。寂しい気持ちもあるんだけどね……」

 大樹はそう言って目を細めた。

 麻衣は少年だった大樹を思い浮かべていた。

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