♥29ナンパ男




~姫宮莉香~



 週末の土曜日、敬真が師匠さんと練習だったのもあって、あたしは愛と絵美とカラオケ行ったり、マスバーガーで楽しくおしゃべりして過ごした。


「ずっきゅうんーーーーっ!!」


 マスバーガーを出た店先で変な音、いやセリフが聞こえた。当然3人とも無視して、というか、まさか自分に言われたものだなんて思わないから、そのまま歩き続けた。


「待って、待って、待ってや!」


 そう言って、あたしの前に回り込んできたのは、トップをオールバックにして、サイドを刈り上げたツーブロックの、スカジャンを着た男だった。たぶん年齢は同じくらいで、陽キャって感じでもないけど、なんというか少し前の不良みたい感じだった。


「あたし?」


「そうや、ねえちゃんや!今、わいの胸が撃ち抜かれる音聞いたやろ?」


「はぁ?」


「聞いといて無視するなんてあかんで。さっきの瞬間、わしは、ねえちゃんに完全にやられてもうた!」


「あ、ナンパ?ナンパされてたのか、あたし」


「いや、ナンパちゃうねん。ずばり!一目惚れやねん!」


 何かと身振り手振りがアーバーアクションの憎めない風の男だったけど、あたしには敬真がいる。敬真と付き合う前からもナンパされたり、モデル事務所からスカウトされることは多かったけど、当然首を縦に振ったことは1度もない。ましてや敬真がいる今は、あたしが頷くことは絶対にない。


「悪いけど、彼氏いるから間に合ってんの」


「いや、わかるで!お姉さんほど可愛くてええ女やったら、そりゃ彼氏の1人や2人はおるのわかる!でも、わしのことを知って欲しいんや!」


「彼氏は1人でいい。っていうか、あたしは知りたくないから」


「お兄さん、このこ超ラブラブな彼氏いるから、無理だよー」


「そうそう、余りにいちゃラブしすぎて、周りがピンク色になってるくらい」


 愛と絵美も援護してくれる。


「あかんの!?わしに可能性はないんか?」


「ない、あきらめて」


「くぅ…いや、でもあれや!もし運命があるんやったら、ねえちゃんとどっかでまた会うかもしれへん。そしたら、そのときはチャンスをもらえんやろか?」


「だからチャンスはないよ。ごめんね」


「神はおらんのかーーーっ!」


 膝をついて天を仰ぐその男を放って、あたし達は再び歩き始めた。


「なんか、すごいね、あの男。見てる分にはおもしろかったww」


「芸人みたいだったね。関西弁だったしww」


「ナンパにしては、いやらしさはあんまし感じなかったのは珍しいけどねー。まぁ、敬真には誰も敵わないけど♪」


「へいへいww」


「今日も甘いわwww」


「あ、愛も絵美もまだ時間あるでしょ?ダムキホーテ寄りたいんだけどいい?」


「いいよ、いこいこ~」


 この後買おうとしているもののことを考えていたら、ナンパ男のことは、すぐにあたしの頭から消えていった。





「別に莉香がついていくとか思ってないけど……でもやっぱり心配だな」


 莉香から2日前にあったナンパの話を聞いて、僕は素直に思ったことを口にする。


「大丈夫だよ、敬真。人の少ないところは歩かないようにしてるし、声かけられても変に希望を持たせたり、恨みをもたれないように気を付けてるし、敬真だって、いろいろあたしに持たせてくれてるでしょ」


「……うん、わかってる」


 莉香の手が僕の頭に伸びてきて、そのまま左右に頭をなでる。心配する子どもがあやされている感じで恥ずかしいのだけど、そのままにされる。莉香がよく声をかけられるのは知っているし、今までもきっちりと断っているのも知っている。でも、どうしても心配はしてしまう。僕にできることはしておきたかったので、防犯ブザーと催涙スプレーを買って渡したときは「過保護すぎるww」って笑ってたけど。


 それからお弁当を食べ終えて、のんびりと話をする。11月にもなると、正午付近の太陽でも気温が上がり切らず、僕たちのいる中庭も、ひんやりとする日が増えてくるけど、僕と莉香の間は変わらず温かかった。


「~ということで、愛は忍者のコスを買ったんだよ」


「雅臣のために?」


「そうみたい。こういう格好をしていったら、どんな顔をするか見てやるって言ってた」


「なんか、じわじわ進んで…進んでいるんだよね?」


「愛も、好き!ってまでは行ってなくて、とにかく楽しんでいるって感じだけど」


「気がついたら付き合ってたとかもあったりしてね」


「ま、そのときは応援してあげよ♪」


「そうだね。僕も雅臣にそれとなく聞いてみるよ」


「うん。……それでね敬真。実はね、あたしも新しいコスを手に入れたんだ♪」


「え、なに!?」


「んふふー♪……チ・ャ・イ・ナ・ド・レ・ス♪」


 聞いた瞬間、脳裏にチャイナドレスを着た莉香が浮かんできた。Eカップの莉香は胴体も細くて、脚が長いからすごく!すごく!似合うと思う。


「想像した?スリットもすごく深いから、着たまま…できるよ♡」


「莉香、早く帰ろう!」


「まだ洗濯したばかりだから明日まで待っててね、っていうか敬真、やる気だしすぎっ♪」


 そう言う莉香の笑顔は輝いていた。


「そうだ、莉香、僕今日日直だから、また校門で待ってて」


「うん、うけたまわりー」





~姫宮莉香~



「あーーーーーっ!わしの女神っ!また会うた!」


 学校の正門前で、敬真を待つあたしを指差して大声を上げる男がいた。


「げ、あの時のナンパ男、なに?ストーカー?」


「ちゃうちゃう!わし、この学校に用があってん!…でも、また出会えたってことは、これ完全に運命やん!ねえちゃん、名前教えてんか?お願いや、わしの彼女…いや友達からでええからなってくれへん!?」


「っていうか、ホントにかんべん…」


 あたしは、目の前の男の服を見て気づいた。男の着ている灰色の学ランは、川向いの粗ヶ崎ってところの、ある有名な高校の制服だ。粗ヶ崎には高校が3つあって、県内の不良は全員そこに集まっていると言われている。その中でも、1番ガラが悪いって有名な極双学院のものを着ている。


「うちの学校に用って何…?」


 あたしは嫌な予感を感じながら聞いてみる。


「いやな、花村敬真って男に用があんねん。その男、この辺りでいっちゃん強いんやろ?勝負したいな思て」


 予感は当たった。そして、あたしはこのまま敬真にあわせてもいいのだろうか?と悩んだ。敬真は、自分から積極的に挑むことはないけど、闘うことは好きっぽい。今まで何度も敬真が闘っているところを見ているから、わかる。そして傷つきながらも最後に立っているのも敬真だった。正直、あたしは敬真が傷つくところは見たくない。敬真があたしを心配してくれるように、あたしも敬真が心配だから。


 じゃあ、どうすればいい……?何とかごまかして、ここで知らないふりをする?でも、すぐに知られるだろうから意味がない。……敬真を信頼して、敬真にまかせよう。そう思ったら、すごく自分の中で納得いった。


「…どしたん?急に黙らんといてや。いや、男はな、強いやつがいたら、どっちが強いかをはっきりさせとうなる習性があんねん」


「そういうのはわかんないけど、敬真はもう少ししたら来るよ」


「敬真…?ん?なんや、ねえちゃん。花村敬真の知り合いか」


「知り合いじゃない。彼氏」


「え、うそやん!?うっそやろー?なんや、わし、ねえちゃんの彼氏と勝負しにきたんか…んーーーーーっ、なんちゅう運命のいたずらや…」


 男は、少しうんうんと唸ってから、何かを思いついたかのように顔を輝かせた。


「そうや、ねえちゃんもここらで1番強い男と付き合ってるっちゅうことは、男は強いほうがええと考えてるんやろ?彼氏がどんくらい強いかしらんけどな、実際わし相当強いんや。わしが勝ったとき、彼氏候補にしてくれんやろか」 


 それを聞いたあたしは瞬間的にカッとなって思わず怒鳴ってしまった。


「あたしをバカにすんなっ!敬真をバカにすんな!強いから敬真を好きなんじゃない、敬真だから好きなの!」


 あたしがそう怒鳴るのと同時に、敬真が走ってきた。





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