♥28修行



 腕の骨折は、莉香のお弁当のおかげもあって、無事にギプスも取れ完治した。お医者さんにも、治りがとても早いと褒めてもらえた。腕や指の機能にも何も問題がなく、リハビリもほとんど必要なく、完全に元通りになったのは本当に嬉しかった。


 僕と莉香は、夏休みの他流派との交流会で訪れた李さんの中国拳法のサークルに訪れていた。李さんから、子どもが僕達に会いたがっているから、たまに遊びに来て欲しいと言われて、久しぶりに体を動かすのも兼ねて、お邪魔している。


「そう!りかねーちゃん!じょうず~!よくできましたー」


「そう、あたし上手い?よかったー」


「でも、あしのはこびが、まだまだじゃな」


「それ誰のまねなの!?」


 莉香が子どもたちに中国拳法の型らしきものを教わっている。子ども相手にも、決して下に見ることなく接して、素直に感情を出す莉香は子ども達に大人気だ。


「やぁー!」


「うわぁー!」


「シュッ!」


「おぉおおーー!」


 僕はと言えば、莉香と一緒にいる子どもたちよりももう少し大きな、小学生くらいの子ども達に囲まれていた。僕はマットに正座した状態で、子ども達はさっきからひっきりなしに、思い思いの攻撃を僕に仕掛けてきてる。それを僕はひたすら、いなし、かわしては、子ども達をころころとマットに転がし続けていた。


「くっそー何やってもあたんねぇ!」


「じゃあ、次左右から同時にやろうぜ!」


「おう!」


「「あぁーーーー!!!」」





 その後も、以前闘った葉極拳の女性拳士、王明玉(わんみんゆー)さんと再び手合わせしたりした。


 葉極拳は、直線的な動作が多く、一打一打の爆発力がすごい。どの攻撃も勇猛苛烈で、ドン、ダダンと地面を打ち鳴らす震脚の音と共に、拳や肘、肩、背中あらゆる箇所が飛んでくる。体全体で飛び込んでくるから、僕も大きな動きで対応しなければならず、『意感』による先読みの精度を自分なりに調整しながら闘った。そしてこの調整というのが、通常の闘い以上に僕の神経を擦り減らした。


「花村さん、なんなんっすか!ずるいっすよ、私の攻撃全部流されてるっす!」


「と言われてもね…、王さんの相手ってすごく疲れるから、僕もかなり厳しいんだけど」


 王さんの攻撃を、ひたすら『意感』で察知・先読みして、『軟躁』でいなし続けた後に言われたセリフだ。前回の手合わせの時に、自分よりも身長の低い相手との闘いという点で勉強になったのだけど、今回もまたいろいろと学びがあった。


「花村さんの万流軟拳って、今まで1度も聞いたことないんですけど、中国拳法の流派ではないんですよね?」


「元はそうだって聞いてるよ。でも師匠もそのお父さんも、その前にやっていた人もいろんな独自の改良を加えてきてるんだって」


「そんなに強いのに広まってないって納得いかないですー」


「強さと広まっているかどうかは関係がないんだよ、明玉」


 李さんも会話に加わってくる。


「広く知らしめることを目標としていない流派もあるからね。理由は流派によって様々だが、後継者に特殊な資質が必要だったり、強すぎて危険だったりね。あとは流派によっては血族にしか継がない…なんてのもあったりする」


「そうなんですねー。花村さんとこのは?」


「なんだろう…昔、師匠には教えるのが難しいから、お前だけでいいって言われた」


「ははは、琉らしいな。琉は、花村君の中に何かをみたのだろうね」


「僕に何があるのかわかりませんが」


「それは琉だけにしか分からないのかもしれないね。大事なのは継ぐことだよ」


「継ぐこと…」


「私は琉の持つ素晴らしい技術、そこに宿る精神が途絶えることが惜しいと思っていたんだ。だけど今、琉から花村君に万流軟拳は受け継がれている。今度は、君が。良いと思う人がいたら継いでいってほしい」


「……李さんの言うことはわかります。でも僕は本当にまだ未熟で。師匠には、まだまだ教えてもらわないといけないことがたくさんあります」


「もちろんだよ。まぁ、思うことを言わせてもらったけど、こういうのは流れというものがある。いずれ君の前にも自然に伝える相手が現れるだろうから、そんな時がくるなってくらいに考えていればいいさ」


「はい。今日の会話は覚えておきます」


「うん、あせらずにはげみなさい」


 人との交流が増えるたびに、つくづく自分は甘いんだなって思い知らされる。でも、気づくこと、教えてもらえることが嬉しくて、僕も自然と笑顔になっていた。





「敬真、つぎ行くよー。はいっ!」


「…僕の左後ろで、風間君がピースなのかな?をしてる」


「おい、うっそだろ!!?なんでわかんだよ!」


「雅臣と愛さんは右側に立ってて……絵美さんが、その後ろにたってるのかな…」


「残念!私は座ってるし、愛の隣だよ」


「ってか、それでも拳法君、やばいww」


「すご技すぎるでござる!敬真氏!ござるの座はゆずれないでござるよ!」


「ござるの座ってなにwww」


 学校の中庭の隅で、お弁当を食べた後、皆に僕の『意感』の訓練に少しつきあってもらった。目を閉じて僕の周囲に散ってもらい位置や仕草を当てるというものだ。万流軟拳の『意感』は、中国拳法において相手の力や動きを聴く『聴勁(ちょうけい)』をベースに、相手が何をしたいか、どういう攻撃をするかを読み取るものだ。


 説明しにくいのだけど、例えば、静かなところで誰かに後ろに立ってもらって、手を振ったりしてもらう。そうすると、目には見えなくても何か後ろでしているのは感じとれる。それを伸ばしていくと、その精度が上がっていく。


 例えば、目の前に人がいて握手しようと手を出してくる。挨拶の場とかで、シチュエーションを限定するなら、握手を出す前から何かをしようとすることがわかる。その感覚を伸ばしていくと、相手が何をしたいかを感じ取れるようになれる。


 それらをあわせたのが『意感』なのだけど、大事なのは『意感』を使うときの、センサー、アンテナである僕自身の状態だ。疲れていたり、怪我していたり、興奮しすぎていると『意感』は下がる。体も心も力みを抜いて、冷静な自分が常に頭の中にいる状態でなければいけない。


 夏から秋にかけての闘いでは、『意感』の精度が落ちる、もしくは切れた状態に陥り危なかった。だから『意感』を、万流軟拳の基本であるこの技を見直しをしようと思ったのだ。師匠にも相談したのだけど、「おもしろそうだから敬真なりにやってみろー」と言われたので、日々いろいと試している。


 例えばで説明した先ほどの2つの例は、その場に応じて比率は変わるのだけど、『意感』で両方ともに使用している感覚だ。でも後者の方は視覚情報にだいぶ左右される。なので、僕は目を閉じていながら、見えるように『意感』で感じることができないかを模索中だ。


 自分の中でこういう感じで、確認して少しだけ進めて、ぶつかって戻って、また確認するという一連の作業は嫌いではない。ということで、僕は日々修行をしているのだった。


 そして、この修行の成果を試すことになる日がすぐに来るとは、僕は予想もしてなかった。





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