♥23真髄『逆刺』




「あぁーあぁーーーーーっ!!!」


 K-BOSSが床を蹴りながら、雄たけびを上げる。その様子はどこか聞き分けのない子どものようだった。


「はぁ~~~~殺しまではやりたくなかったんだがなぁ。お前が悪いんだぞ…」


 K-BOSSの瞳から光がなくなって目の色が暗くなる。再び僕に向き直ったK-BOSSが、さっきと同じ姿勢をとり、床に手をつこうとした瞬間。



「な、なんだおめえぇはっ!グハッ!」


「は、入ってくんじゃね、ぶぎゃっ!」


「おーい敬真ー、莉香ちゃーん、無事かー」


 入り口から、近所の定食屋にでも来たかのように入ってきたのは、師匠だった。


「し、師匠っ!なぜここに!?」


「師匠さんっ!!」


「おー敬真ー。まだ無事だったかー。お前なー…莉香ちゃんに感謝しろよー。刃舞伎町にきて、この赤坊主どもの跡を追って、この場所を俺に教えてくれたのは莉香ちゃんだぞー」


「莉香…」


「でも、見つかって捕まっちゃった…ごめんね敬真…」


「ううん、本当にありがとう……」


 師匠が来てくれたことで、気が抜けて膝から崩れ落ちそうになるけれど、まだ終わったわけじゃない。


「先生、間に合ったようで良かったですね」


「あぁ、本当になー。高岡すまないなー」


「いえ、私達にとっても花村さんは縁のある方ですから」


 師匠の後に入ってきたのは夏休みの交流会で出会ったヤクザさん達、3代目龍泉会、若頭高岡さんと数名の若手の人だった。


「た、高岡さん…」


 K-BOSSが直立不動で高岡さんを迎える。


「た、高岡さん。き、今日はなんでこちらに…?」


「黒島ぁ、これはなんだ?」


 高岡さんが周囲を見渡しながら、師匠や僕とはまた異なる凄みのある喋り方でK-BOSSに話しかける。黒島というのはK-BOSSの名前だろう。


「こ、これは身内でのあ、集まりですっ」


「黒島よぉ、最近隠れてなんかやってんだってなぁ?余所でやりすぎて追い出されて、ここに流れてきて、うちの親父に迷惑かけないからって場所もらったんだろ?なのに、なんで、てめぇしゃしゃってんだよ?」


「お、俺は何もしてないですっ!」


「してんだよ!そこにいる花村さんは、先生の愛弟子だ!先生の話は、お前も聞いてるだろうがっ!」


「こ、こいつが、いやこの人が先生ですかっ!」


「気安く先生を指さしてんじゃねえ」


 高岡さんの体がぶれて、シュキンと音がしたらK-BOSSの出した人差し指の先が1センチほど無くなって血しぶきが飛んだ。高岡さんはいつの間にか腰に日本刀を差していた。


「ぐぅっ!」


 指を抑えるK-BOSSに高岡さんは話を続ける。


「オヤジも頭にきててな。お前ら女をさらってるよな?それでさらに?最近は薬にも手を出そうとしてるって?そこの小屋の中だろ?」


「そ、それはあんたんとこに金を収めようと!」


「だとしても、やっていいことと悪いことはある。所詮は半グレか。っち、最近はヤクザの方がまだ真っ当に働いてるぜ」


 眉間を揉んだ高岡さんが、改めて周囲を見回して師匠にたずねる。


「先生、どうしましょうか?まかせてもらえれば、悪いようにはしませんけれど」


「そうだなー……敬真ー動けるかー?」


「は…はい」


「んー、なんだっけ君、黒島ー?今からこいつと闘って、勝ったらまぁ処分が少しでも軽くなるように組長さんにお願いしてやろうー。さすがに無罪放免とはいかないけどなー」





 三度の対峙。K-BOSSは指を切られた痛みからか脂汗で額を光らせていた。これまでと同じく相撲の立ち合いの構えから僕を睨んでいる。対する僕は、自然体…をかろうじて維持している程度。右腕は折れていて、あばらもおそらくひびが入っている。痛みで『意感』も途切れがちだ。敵は強く大きくて、僕のできることは極端に少ない。


「どっせいっ!!!!」


 K-BOSSの前にだした両手が、地面から離れ巨体が僕に向かってくる。両手を広げて、そのまま僕を捕まえる動きだ。同時に僕は自分から仰向けに倒れていった。僕の目に天井が映り、太い腕が僕のいた空間を通り抜けていくのが見える。


 続いて、僕の下半身はK-BOSSのごつい脛と脚に絡まるようにぶつかっていた。それを感覚に任せて、力を逃がしていく。地面に寝転がった状態でのぎりぎりの『化勁』。


 脚にまとわりつくように自分の足を絡めて、K-BOSSの重心を崩す。つんのめるようにして、相当な勢いで倒れてくるK-BOSSの巨体が僕を覆う。僕はそれを迎え撃った。


「ぐばぁっ」


 頭のすぐ左に左手を着けた恰好で、僕は床に仰向けになっている。僕の左肘は天にむかって立っている状態だ。その肘の先にはK-BOSSの鎖骨の根本、胸骨と胸鎖関節がある。僕の肘はここを砕いていた。


 砕いた力はK-BOSSの自身の体重と突進力。僕は痛む体に鞭打って、気絶したK-BOSSの体の下から這い出るとゆっくりと立ち上がった。


 万流軟拳、真髄『逆刺(ぎゃくし)』。





 万流軟拳の真髄である『落絡(らくらく)』がある。『意感』で察知し、『軟躁』で受け流しながら、『放鬆(ふぁんそん)』で余計な力みを抜き、相手の攻撃の力に、自分の体の重み、地球の『重力』を使ってより壊滅的なダメージを与える技だ。


 『落絡』で使っている自分の体の重さだが、これを相手の体重に置き換えたものが『逆刺(ぎゃくし)』だ。自ら発した攻撃のエネルギーに、自分の体重も加えた力が、自分に返ってくる。僕は地面を利用して、その返すポイントを指定するだけだ。


相手がより強大で重い相手だからこそ成立するものだけど、この状況で、満身創痍の自分の状態で成功したのは奇跡としか言いようがない。


 K-BOSSはおそらく一生治らないダメージを受けただろう。でもそんなことは知ったことじゃなかった。僕が大きく息を吐いて顔を上げると、莉香が飛び込んできた。


「敬真ぁ!敬真ぁ!敬真ぁ!……怖かったよぉ!!…ごめんね!ごめんね!!」


 ボロボロと泣きながら抱き着く莉香の頭を左手で撫でる。怖がらせたし、本当に悪かったと思っているのと、助かってよかったという思いで頭がいっぱいだったのだけど、とにかくダメージを受けた体が痛い。折れた右腕はズキズキと熱いし、あばらも莉香が動くたびにビキビキ悲鳴を上げている。


「莉香ちゃーん、敬真も怪我しているから、そろそろ離してあげろー」


 師匠が助け舟を出してくれた。莉香が「ごめんっ」って言いながら離れ、師匠が目の前に立つ。師匠の目は真剣だった。


「敬真。このバカ弟子が」


「はい…すみません。もっと上手くやるべきでした」


「…俺が何に怒っているか、全く分かっていないな」


「す、すみません、わかりません」


「敬真、お前はなぜここに1人で来た?」


「連れてこられたからで…」


「お前、全部自分でなんとかできると考えていただろう」


「はい」


「最初に学校に来られ、莉香ちゃんも目をつけられている時点で、もう1人でできる範囲は越えていた。そして敬真、お前はそれを見誤った」


「でも…」


「莉香ちゃんに危険な目にあわせる前に、俺に連絡をとるようにも言えたんじゃないか?これは結果論じゃない。大事な人間を巻き込まないために最初に考えるべきことだ」


「……」


「俺はな。何が起きても平気なようにしてやると言った。万流軟拳はそのために教えた。でもな、万流軟拳で解決できないことも多い。そういう時、適切に人を頼るってことも、何が起きても平気のうちに入るんだ。今回のはお前の過信から起きたミスだ」


「はい…すみませんでした……」


 師匠はほぅと小さく息を吐いて、僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「まぁ、でもよくがんばったなー。当然治るまで練習は禁止だー。莉香ちゃんに甘えて、きちんと直せー」


「ぐぅ…う…う……」


 僕の目から涙が噴き出してきて止まらなくなった。今になって、莉香を失いそうだった恐怖が押し寄せてきて、そして莉香に、師匠に、高岡さん達に助けられた嬉しさと、自分自身を恥じ入る気持ちと、それでもがんばったと師匠に褒めてもらえた喜びが、ぐるぐると僕の中を巡る。


 莉香も再び僕に寄り添ってくれて、僕と莉香はしばらく泣き続けた。




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