♥21夏が過ぎて



~姫宮莉香~


 2学期になった。教室に入ってクラスメイトと挨拶した後、あたしは愛と絵美と話しながら、楽しかった夏休みのことを思い出していた。


 敬真と過ごしたこの夏休みは、あたし史上間違いなく最高の時間の連続だった。プールや交流会に出かけたりバーベキューしたことも。夏祭りでおんぶしてもらったことも、おんぶの後半敬真が少しだけぷるぷる震えていたことも。


 そして何より敬真と愛しあったこと。夏休みの間だけでも、結構な回数したはずだけど、まだまだもっとして欲しい、したいと思ってしまう。あたしはこんなにも自分がえっちな人間だったかしらって思うけど、そうしたい相手は敬真だけだから、いいのかなってむりやり納得してる。


「莉香、莉香、その顔ここですんのはやばい」


「完全に女の顔してるし」


 気がついたらクラスの中の結構な人数の人があたしを見ていた。女子はボーッとした感じで、男子はなんか前屈みで。今ならあの前屈みの意味もわかるけど、あたしは、そんなに何かを出してるのだろうか。


「あたしも彼氏が欲しい」


「愛は最近オタクくんにからんでるらしいじゃん」


「あーちょっと面白くて♪でもあいつ地下アイドルにしか興味ないとか言うし。水着のあたしの前でだよ?」


「待って、待って!いつの間にそんな話になってんの!?」


「いやぁ、実はこないだエピナスデパートで…」





「えぇ!?そうなんだ・・・雅臣そんなこと一言も言ってなかったよ。びっくりだね…」


「で、愛が試着室で水着見せた時も、『拙者地下アイドルにしか興味がござらんが、愛殿はなかなか破壊力があるにござるな』だって!」


「たぶんそれ、雅臣的に最大限褒めてる気がする」


「そうなの!?」


「うん、照れてたんじゃないかな」


「そっか、愛に教えといてあげるね」


「敬真は、あたしの水着どうだった?」


「最高に可愛かったよ。できれば、また、その…水着をつけて…」


「えっち…。でも、たまに…ならいいよ」


 中庭でお弁当を食べながらの会話なので、さすがにそれ以上の話はできない。幸い会話の内容は周囲の人には聞こえていないみたいだけど、僕達は相変わらず注目を浴びている。歯軋りの音は聞こえているけど、1学期よりかは減っているから、周りも認めているってことだろうか。





「えーっと…お前が花村敬真?」


 学校の前で、スマホの画面と僕の顔を交互に見ながら、僕に声をかけてきた男達がいた。その男達は頭に赤いバンダナを巻いており、ダボッとした感じの服を着ていた。莉香と僕が出会うことになったきっかけ、刃舞伎町で莉香を連れ去ろうとした男達と同じ服装だ。一緒に帰ろうとしていた莉香が僕の後ろでその姿を見て身をすくませる。


「今日はお前にしか用がないんだけどよ、それお前の女?めちゃめちゃやばいじゃん。用が終わったら俺達に貸してくれよ」


「っつか、連れてったらやばいかな?」


「バカ、女には手を出すなってKーBOSSの命令だろ!?」


「くっそ、こんなすっげえ女やれることなんて、ぜってえないのに…」


「つーことでよ、女は見逃してやるから、花村ちゃん、俺達とちょっと出かけねぇ?」


「行くつもりはないですけど」


「でもさーここ、お前の高校だろー。俺達何度も来ちゃうかもだし、お前の女も大変になるかもしれねえなー」


「わかりました。…いきます」


「オーケー。聞き分けよくて助かるわー、じゃあそこのミニバンに乗ってくれよ」


「敬真……」


「大丈夫だから、心配しないで。後で連絡するから」


 微かに足が震えてる莉香に笑顔を向けて、安心するように言う。幸い向こうから莉香の友達がこちらに向かってくるのが見えているから任せられるだろう。


 僕としては、この場だけなら何とでもできるけど、莉香や学校を脅すような奴らだから、ついて行った先で痛い目を、2度とこんなことをしないように体に刻ませてもらおうと思っていた。そう、僕は本気で怒っていた。





「なんだぁ、えれぇチビじゃねえか」


 僕の前には、比喩ではなく小山のような男がいた。背も高いが、異様に横幅がある。腹が出ているが、脂肪だけではなく筋肉も相当な密度で隠されているようで、それは太く逞しい足腰を見てもわかる。寝技主体の貴田先輩も、大きいほうだったけど、横幅もある分迫力は、目の前の男の方が上だった。


 その巨体の上から、絶対にその辺りじゃ売ってないような大きな赤いTシャツとハーフパンツを身につけている。首や腕には極太の金色のチェーンが巻かれている。


「おい、本当にこいつであってるのか?」


「はい、KーBOSS、写真の通りで間違いないです」


「ほぉん…こんなのが、強えとはなぁ…。女には手出してないだろうな?」


「はい。でも…えぐいくらい、いい女だったんです」


「……スポンサーの依頼だからな。今回は我慢しろ、また良さげなのさらってくりゃいいだろ」


「さらって来たってK-BOSSが最初だったら壊しちゃうじゃないですか」


「そりゃしょうがないだろ。ヒャ、ヒャ、ヒャ」


「…不愉快な会話です。そして僕はなぜ連れて来られたのでしょうか?」


「へぇ……度胸あんだな。俺らは、レッドヴァースって言うチームでな。まぁ、こういう格好をしているが、ヒップホップをやってるわけじゃねえんだ。ヒャ、ヒャ、ヒャ」


 何がおもしろいのか僕には全く分からない。


「お前、強いんだって?俺らのスポンサーがいてな、お前のことが気に入らねえんだとよ。だからこれからお前に痛い目見てもらうわ」


 僕は周囲を見回す。土地勘もないから正確な位置までは分からないけど、僕が連れてこられたのは刃舞伎町の外れの潰れた印刷工場だった。入る時に入り口脇に、泥だらけの看板があった。中に入ると、機械なんかはどかしたのだろうか、何もない広い空間になっていた。部屋の中央は開けられていて、大きなソファーやテーブルなんかが壁際に置かれている。


 正面のK-BOSSは、その中の一番大きな紫色のソファに座っていて、一定距離をあけて同じような格好の男達が30人ほど僕を取り囲んでいる。ちょっと離れているから気配が薄いけど、部屋の隅にプレハブの小屋があって、そこにも1人いる。


「RYO、Y-ta、BASH、いつもと同じだ。3人で囲んで一気にかかれ。絶対に同時だ。捕まえたら離すな。どこでもいい、ボコれ。折ってもいい」


 K-BOSSの指示を聞いて、僕も覚悟を決めた。このチームは、喧嘩慣れしている。それも、強い相手を複数人できっちりと仕留める方法まで知っていて、徹底している。


 僕は、改めて気を引き締める。人を脅すだけじゃない、実際に女の人をさらっているとなれば、多少の痛い目で済ますつもりはない。全員後遺症が残ったとしても構わない、いやむしろそのぐらいしないとダメだと思った。


 僕は、このレッドヴァースの人達には容赦しない。




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