♥20夏祭り



「ふぉぉー!拙者、幸せにござるー」


「オタクうるせえよ」


「ぬ、風間殿は楽しくないでござるか?」


「いや楽しいけどよ」


 僕と莉香は、陽光の中バーベキューをしていた。周りにいるのは、僕の親友で地下アイドルオタクの雅臣、同じクラスの風間君とその友達2人、莉香の友達2人、そして風間君とおなじサポエイラ道場の人で地下アイドルもやっている東雲美穂さんが参加していた。


 場所は、僕たちの住むエリアから電車で30分ほどにある沿岸地区のグランピング施設だ。夏休み平日の限定の、夕方までの少し安いプランなので、僕達も安心して来れる。東雲さんが参加しているのは、東雲さんが20歳を越えていて保護者枠で施設に登録してくれたからだ。


「みぽたん!お肉はいかがですかな?」


「うるさい、オタク。芸名で呼ぶな。今はプライベートだから東雲でいいんだよ」


「了解でござる。東雲殿」


「風間、あんたがまさかオタクと友達だったなんてね」


「いやねーさん、友達ってわけじゃ。っていうか、俺はねーさんが地下アイドルだったってことのほうがショックすよ」


「で、どうだった?私のステージ見て」


「感想を聞かないでくれ。サポエイラで俺に蹴りをぶち込む人間が、きゅるるーんとか言ってんのを、どう答えていいのかわかんねえ」


「みぽ…いや、東雲殿は最高でござるよ!そう思わないでござるか?」


「あぁ、わかる!」


「確かに最高だった!」


 雅臣の布教のおかげなのか、風間君の友達も東雲さんに夢中な視線を送っている。


「まぁ、私も風間とオタクだけだったら手間かけてわざわざバーべキューなんかに来なかったよ、私が興味あるのは、莉香ちゃんと敬真くんだったからね」


「え?あたし達ですか?」


「そ、莉香ちゃん、地下アイドルになる気ない?私のやってるグループ、新メンバー増やそうかって話になっててさ。莉香ちゃんだったら、一発合格、満員御礼、超絶大人気でお金もちょっと儲かって…何よりめっちゃ承認欲求が満たされるよ!」


「誘い方が生々しいすよ、ねーさん」


「ふぉぉ!莉香殿がついに!デビューですか!?これは胸熱っ!」


「雅臣うるさい」


「いやーアイドルは遠慮しておきます…あはは」


「まー、そのラブラブぷり見てるとね。まぁ、いいわ、気が変わったら連絡ちょうだいね」


 肉をガツガツと食べながら東雲さんは続ける。


「で、私は敬真君にも興味があったわけよ」


「僕ですか?」


「風間が手も足も出なかったんだって?私とも1度手合わせしようよ。あ、あとうちのプロフェッソール…あー先生ね。先生も敬真君に興味あるらしくて、時間がある時にでも遊びにきてくれって」


「おもしろそうですね。今度、伺わせてください」


「あいさ。風間ー、つなぎは頼んだよー」


「うぃーす」


「皆様がた、肉はまだまだありますぞー」


 僕達は夏休みを楽しんでいた。





 まだまだ熱気の冷めない夏の夕方。駅前で待つ僕の目の前に、浴衣を着た莉香が現れた。


「やばい…すごい可愛い」


「えへへ。でしょ?自分でもうまく盛れてると思うんだよね♡」


 ストレートロングの髪は、何本かに編んだ上で、全てアップにして上手くまとめられていて、細い首と白いうなじが見えていて色っぽい。普段はピンクや薄い紫系の色を着る莉香だけど、浴衣は水色に白と薄桃色の花が描かれたデザインで、莉香のいる空間だけ、光の粉でも待っているかのように輝いて見えた。してやったりという感じで笑う莉香は、間違いなく最高の彼女だった。


「敬真?いこ?」


「うん」


 僕と莉香は手をつないで、お祭り会場へと向かった。周りにも浴衣を着た女の人は多くいたけど、莉香は本当に多くの、それも男性の注目を浴びていた。莉香が言うには、付き合う前からも声をかけられることは多かったけど、僕と付き合って、深い仲になってから、より多くなったということだった。これは分かる気がする。今もそうだけど、莉香の全身から幸せ♡っていう雰囲気がすごく出てるから。それを引き出せているのが自分だということが、僕の自信にもつながっていく。僕は心の中で、莉香にありがとうって呟いた。


「敬真、あたしもだよ♡」


「え?僕、今喋ってた?」


「ううん、でも、すごく今感謝された気がしたから、あたしも敬真に感謝してるよって♪」


 もしかすると莉香は、僕よりもすごいレベルで『意感』を使えるのかもしれない。





 縁日屋台が並ぶ通りを、莉香と歩く。


「絶対に特賞は当たらないくじに1000円は高いからやめとこうー」


「それ!『サメかわ』のプチフィギュア!違う、横のジンベエの方!当たった!…倒れない!当たったのに!」


「縁日の焼きそば、美味しいけど…青のりつくからやだ」


「かき氷、ブルーハワイとレモン、半分こしよ?」


「これ、ウナギ釣れたらどうすればいいんだろうね?」


「ヨーヨーって途中でどっかいって、最後まで遊んだことがない気がする」


「ラムネって普段は飲まないけど、こういうとき飲むとめっちゃおいしい!」


「今川焼き?大判焼き?美味しいね♪敬真のカスタードも一口ちょうだい。え?あたしのチーズはだめ。あげない」


 こんな感じで僕達は、お祭りを楽しんだ。ものすごく混んでいたから、僕は莉香よりも前に立って人をかきわけていたのだけど、それで気が付くのが遅れた。


「け、敬真!…ごめん、ちょっと待って」


 莉香が足を抑えている。つま先を見ると、なれない下駄のためか、鼻緒のところで足を擦って痛めたようで、赤く腫れあがって血が滲んでいた。


「ご、ごめん!気が付かなくて……」


「あたしもごめん、楽しかったからなかなか言い出せなくて……」


 そう会話している間にも周囲の人達は僕達につまずきそうになりながら避けていく。


「莉香、通りまでおんぶ…浴衣はおんぶできる?しても平気?」


「足がでちゃうけど、いつも出してるしね。おんぶ…お願いしてもいい?」


 僕が背を向けると、莉香が抱き着きながら僕の首に手を回す。両手をお尻の下で組んで持ち上げる。


「きゃっ」


「大丈夫?あたし…重くない?」


「うん平気…」


 僕は莉香をおんぶして、通りに向かった。普段から、もっとすごいところも触っているし、もっと密着だってしているはずなんだけど、今日の莉香はまた一段と可愛かったからすごくドキドキした。耳元で「ごめんね、ごめんね」って小さく謝る莉香が、申し訳ないけど可愛くて、僕は本心から「このおんぶでお釣りがくるから気にしないで。ドキドキしてて嬉しいんだ」って伝えた。


 通りに出たところで、スマホの配車アプリでタクシーを呼んだ。配車アプリは母さんから、祭りに行く前に必ず入れておけと言われていた。こういう場合を予想していたんだと思う。家に帰ったらお礼を言おうと思う。


 タクシーを待つ間も莉香の雰囲気がちょっと暗かったから、僕は努めて明るく含まって、莉香もそれに乗ってくれるようになった。最後は「もっとお互いに素直に口にしていこうね」なんて言いながら夜空を見上げたら、ちょうど真上に満月が光っていた。


 アクシデントはあったけど、莉香とまた楽しい1日を過ごせたことが嬉しかったし、莉香には申し訳ないけど、いい思い出になったと思った。


 ちなみに万流軟拳は筋肉をつけることはしない。つまりどういうことかと言うと、莉香は軽かったし、おんぶしているのは良かったけど、後半は僕の筋肉は疲れてきて、ぷるぷるしてたってこと。最後まで普通の顔でいられたはずだけど、ばれてなければいいなって思う。




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