♥19他流派との交流・その2



「敬真、腕…大丈夫?」


 莉香が僕の右肩から二の腕に付いた線状の青あざを、そっと触りながら心配そうな顔を見せる。


「まだちょっと痛いけどね。骨は折れてないし、感覚も戻ってるから大丈夫だよ」


「あたし心配なんだけど…」


「ごめんね。練習してるとどうしても、ケガはしちゃうから……。まだ未熟な部分も多いし、つけられた傷の分だけ学びがあるから」


 正確には練習ではなく、ヤクザさん達との稽古ではあったのだけど。自分の未熟さを痛烈に思い知らされた。その他流派交流から2日経っている。


「あまり無茶はしないでね……」


「うん、大丈夫。強くなった分だけ莉香を、ま、守れるから」


 莉香には、こういうセリフもつっかえながらだけど言えるようになってきた。


「もう……そんなに言われたら、濡れちゃうじゃん…」


 莉香が甘えるように僕に抱き着く。押し付けられた豊かな胸が柔らかく、そしてお互い裸なので、体温がより直接伝わってきて胸が苦しくなる。


「莉香…」


 体勢を変えようとする僕の肩を莉香はそっと押して、僕をベッドに押し付けると莉香は、唇をぺろりと舐めて嬉しそうに笑った。


「敬真は寝てて。あたしが…動くから♡」


 僕は莉香に甘えることにした。しばらくして、お互いに満足して横になる。体の奥にともった火が熱を発して、僕を温め続けている。もう少ししたら、この火はまた燃え上ってきて莉香を求めることになりそうだ。これまで何度も莉香としているのに、満足してはすぐに足りなくなる。買い置きしているアレもどんどん無くなっていく。けど、ヤクザさん達との交流会を終えて、懐の暖かい僕は気分的には無敵だった。今日だって、昼間から楽しんでしまったのはしょうがない…と思いたい。





「師匠さんですか!?初めまして!姫宮莉香です!」


「敬真ー、聞いてないぞー。彼女ちゃん、どんだけ美人で可愛いんだよー。あ、敬真の師匠の佐久川琉です。莉香ちゃんよろしくねー」


「いつも敬真から話を聞いていて、すごい人だなって思っていたんです。意外に、あ、ごめんなさい、優しそうな人だなって」


「よし決めた。莉香ちゃん弟子にするから、敬真は首でいいかー?」


「いや師匠ひどくないですか!?」


「まぁ、冗談はさておいてだー。今日の他流派交流は、中国拳法の道場だ」


「嬉しい、普通の交流だ…」


「莉香ちゃんも動きやすい服装できてるねー。OK、OK。」


 今日の莉香は、ゆったりとした薄紅色のおしゃれジャージだ。Tシャツを盛り上げる胸がまぶしく見える。


「はい、敬真にも言われて着てきたんですけど、あたしも参加できるんですか?」


「まぁ、子どもと遊ぶのがメインだからねー」





 師匠に連れられていったのは、公共施設の会館の多目的ホールだった。そこには

大人が1人と、僕と同じか少し下くらいの男女が3人、下は幼稚園児から上は小学生高学年くらいまでの子ども達が20人くらい、思い思いに体を動かしていた。


「李師兄、ご無沙汰しております」


 1人の壮年の男性の前で、師匠がカンフー映画なんかで見たことのある、拳にした右手と開いた左手を胸の前で合わせる挨拶をした。抱拳礼という挨拶の動作だ。


「おお、琉か。よくきてくれたね。久しぶりだ。元気にしていたかい?」


 李師兄と呼ばれた、目の細い壮年の男性が、同じように抱拳礼を返す。


「はい。師兄もお元気そうで何よりです。敬真、莉香ちゃんも挨拶をー」


「はじめまして、李師兄。万流軟拳、花村敬真です」


「はじめまして、李師兄。えっとあたしは何もないけど、姫宮莉香です」


「はははっ。琉が言った師兄は、日本語で兄弟子という意味でね。君達は李さんと呼んでくれて構わないよ。いらっしゃい、私達のサークルへ」


「敬真ー、李師兄のサークルは流派を問わず、中国拳法を好きな子ども達が自由に運動をする、まったりしたもんだぞー」


「ははは、相変わらずだな琉は。まぁその説明で間違ってない。それで花村君」


「はい」


「なかなか良く功夫(クンフー)を積んでいるね。うちの若いのと手合わせしてみないかい」


「はい、お願いします」





「李師範!私にやらせてください!」


 進み出てきたのは、勝気そうな同い年くらいの女子だった。身長は自分よりも低い。ホールの中央で向かい合わせになり、互いに抱拳礼をする。


「葉極拳、王明玉(わんみんゆー)」


「万流軟拳、花村敬真」


「はじめっ!」


ダァンッ!


 床を強く蹴る激しい音と同時に王さんが、弾丸のように飛び込んできた。途中で、下から救い上げるような形で肘が上がってきている。葉極拳で最も広く知られている肘を使った攻撃だ。葉極拳は、格闘ゲームのモデルにもなっていて、この攻撃自体は知っている。けれど、その迫力はゲームなんかの比ではなかった。


 この肘だけを逸らしても意味がない。あくまで肘を弾頭にした強烈な体当たりの攻撃なのだ。最初の開始姿勢からの踏み込みから飛び込みまで、体の軸がほとんどぶれていない。相当高い腕前をもっている証拠だと思う。


 腰を低く落とした滑るような飛び込みのため、このままでは肘は僕のお腹のあたりに突き刺さる。『意感』でその動きを察知しているにせよ、まともに喰らえばただでは済まない、容赦の一切ない攻撃だった。


 それに対して僕は…、体を捻って背中を向けながら、斜め1歩前に踏み出す。攻撃の力が乗る前に王さんの肘を、その勢いを殺さずに柔らかく斜めに弾き出す。背中を起点に、全身を連動させて敵の力を受け流す『化勁』。僕の両足から上がってくる大地の力も借りて、受け流すことになんとか成功した。


 自らの勢いで弾き飛ばされた王さんは壁にぶつかり、その衝撃で建物がビリビリ震えるほどだった。すごいなと思う反面、これ初対面の僕に喰らわそうとしたの?とちょっと怖くなる。


「勝負あり。花村君、素晴らしい化勁だった。明玉、今のがわかったか?」


「いててて…李師範、正直よくわかりませんでした」


「明玉の攻撃は、斜めに踏み出した花村君によって、力の向きを変えられた。花村君は一切のダメージを受けていない。化勁がしっかりとできている証だ」


「くっそ、李師範がいつも話してる弟弟子の弟子だから全力でやったんだけどなー。…くやしいなぁ…、ありがとうございました」


 その無鉄砲な信頼感が怖い。けど、なんとかなってよかったとホッとする。


「こちらも勉強になりました」


 僕にもすごく大きな収穫があった。自分よりも背の低い相手からの、強烈な攻撃なんて、これまで受けたことがなかったからだ。


「敬真ー、すごかったろー?」


「はい、師匠、李さん、王さん、ありがとうございました」





 その後は、僕と王さんの手合わせを見て、僕らを認めてくれた子ども達とでいろいろと体を動かして遊んだ。莉香は子どもから、拳法の手ほどきを一生懸命受けていた。


「違うの!莉香姉ちゃん、こっちは、そっちの腕なの!」


「え、どっち?ここで手をくるんとするんじゃないの?」


「ちーがーうー!もう1度さいしょから!手は腰に!」


 子どもは自分達の習ったことを、誰かに自慢したいし、聞いてもらいたいし、褒めてもらいたい。莉香はそんな子どもたちに対して、真剣に受け答えをし応対しているのですごく人気者になっていた。


 師匠は李さんの弟子達に軽く稽古をつけており、僕はその様子を見ながら李さんと床に座って話をしていた。


「琉が花村君を連れてきてくれたのが嬉しくてねぇ。今まではここにあまり来ようとしなかったからね」


「子どもが多いからでしょうか」


「琉から聞いているのかい」


「はい」


 ずいぶん昔、子どもだった僕は師匠に「どうして自分の子どもに万流軟拳を教えないのか」と聞いたことがある。師匠は、一瞬虚を突かれた表情をして、それからどこか寂しそうに「俺は体質でなー子どもができないんだー」と笑った。その顔を見て、僕はダメな質問だったって気づいたけど、師匠は僕の頭をわしゃわしゃ撫でながら、「まぁ敬真が子どもみたいなもんだからなー」と言ってくれた。思い返せば、あの時から師匠の教えにさらに熱が入ったようにも感じる。


「花村君、琉の弟子でいてくれてありがとう。君がいずれ何かの教えを必要としたとき、私が答えられることだったら聞きに来るといい。弟弟子の愛弟子だ、遠慮しなくていい」


「李師範、ありがとうございます」


 莉香と子どもたちの明るい笑い声をバックに、僕と李師範は抱拳礼を交わした。




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