♥18他流派との交流・その1



「師匠、他流派って…あの人達のことですか?」


「そうだぞー敬真。見た目は怖いし、中身も怖いけど、なんとなく良い人達かもしれないぞー」


「師匠、説明ふわふわです。そして、やっぱりそういう人達なんですね」


「まぁ、その筋の人だなー」


 夏休みのある日、僕が師匠に連れられて行ったのは、刃舞伎町の隅の廃ボーリング場の中のだだっ広いレセプションルームだった。廃ボーリング場と言いつつも、手入れはされているようで、埃やゴミもなくきれいに手入れされていた。そこには、どこからどう見ても完全なヤクザの人達が30人くらい集まっていた。


「先生、ご無沙汰しております」


「「「「ご無沙汰してやす!」」」」


「高岡、元気してたかー」


「はい、商売も変わらずです。先生、今日は組長が本家の用事でどうしても来られないと残念がっていました。近いうちに席を設けるから飲もうとのことです」


「あいよー」


「先生、こちらの方は?」


 高岡と呼ばれた頬に傷の入ったオールバックの人が、僕をじろりと一瞥する。


「そうだ、紹介しておくー。こいつは敬真。俺の弟子だー」


「お弟子さんの話は以前に聞いたことがありましたが、こんな若いこだとは…。先生のお仕事もお弟子さんに振られるということですか?」


「それは敬真次第だなー。敬真がOKと言えば仕事を振ってもいいけどなー…ま、俺がいるうちは俺だなー。……勝手に話するなよ?」


「!…承知しました」


「敬真、自己紹介ー」


「はい。万流軟拳、花村敬真です。よろしくお願いします」


「私は3代目龍泉会、若頭高岡と言います。よろしくお願いします」


 高岡さんがスッときれいな所作で頭を下げる。


「先生のお弟子さんだけありますね。私たちが怖くないですか?」


「怖いですけど、師匠もいるから大丈夫だと思っています」


「ははっ、高岡ー、俺の弟子かわいいだろー?」


「はい。本当ですね」


「よし、じゃあ今日の交流会は、敬真お前が全部やれ」


「はい?え、師匠何をすれば」


「そこにいるヤクザさん達をケガさせないようにどうにかしろー」


「先生……お弟子さんどうなっても、責任もてませんよ?」


 高岡さんとその後ろの怖い人達の目がギラリと光る。


「兄貴、俺にやらせてくださいっ!」


 Tシャツ、ジーンズのラフな格好をした金髪の男が前に進み出てくる。体格が良く、太腿も張っていて鍛えた体をしている。太い腕からはタトゥーが見え、街中では絶対に目を合わせたくない相手だ。


「らぁ、しゃっ!」


 躊躇なく僕の顔面に向かって放たれるパンチを『意感』で感じ取っていた僕は、腕を半回転させて、その拳の起動を大きく変える。体勢がぶれたところに、腰を入れて軽く体当たりして金髪の人を床に転がす。


「うぉああっ!」


 顔面から床に突っ込んだ金髪が起き上がる。


「く、くそっ…ま、マジかよっ!」


「敬真、お前は集団戦があまり得意でないからなー。練習しとけー」


「わかりました」


「お前ら、見たか?若くて小さくても遠慮は無用だ、胸を貸してもらえ!」


「「「「うぉらぁああーーーっ!!!!!」」」」


 そこからは、襲い来るヤクザさん達を転がし続ける地獄の時間が始まった。迫力もすごいし攻撃も容赦がない。さすがに刃物や飛び道具は持っていないが、格闘家以上に何をしてでもぶっ倒してやろうとする恐ろしさがあった。何度か危ない場面もあって、特に目の前の味方の背中を蹴りつけて僕の動きを止めようとするとか、予測もできない攻撃があって本当にいい勉強になった。


 20分後、ヤクザさん達は全員床に座るか寝転がるかして、立っているのは僕と部屋の隅の師匠と高岡さんだけになった。


「高岡ー、どうだー?」


「すごいですね…いや、本当に」


「最後に高岡もやってみるかー」


「では遠慮なく」


 高岡さんは木刀を携えて、僕の前に立つと一礼をして腰を落とし、木刀を腰に挿した状態でにじり寄ってくる。左手は木刀の鞘に当たる部分を軽く握り、右手が柄に添えられている。空気がぐにゃんと曲がって、高岡さんの気配がどんどん濃くなっていく。


「高岡流抜刀術。参る」


 不味い、そして失敗したと思った。僕の『意感』が発動しない。そしてすでに高岡さんは構えに入っている。避けるアクションを取るには遅すぎる。僕の感覚がスロウになっていき、高岡さんの木刀がシュルシュルと腰から抜かれようとするのが見える。僕の体は、体勢は…。


バンッ!


 高岡さんの木刀が右肩にあたり、僕の体を衝撃が突きぬけていく。僕の踏み出した足と伸ばした左手では高岡さんにまだ届いていない。そもそも仮に届いたとしても万流軟拳は自分から仕掛ける技はないので、どうしようもない。


「はい、敬真の負けー。真剣だったら右手はなくなってるなー」


 痛みと恐怖と悔しさで頭がぐわんぐわんする。


「はい……高岡さん、ありがとうございました」


「いや、私的には動けただけですごいと思うんですけどね…」


「敬真ー、負けた理由はわかるかー?」


「『意感』ができませんでした。居合の体勢に入られる前に、もっと寄らなければいけませんでした。もしくは、振り切ってからだったと思います」


「『意感』が発揮できなかったのは、疲れ。そして高岡に呑まれたからだ。お前の『意感』どのくらいで切れるかいい勉強になっただろー?」


「はい……」


「後はあれだな、刀を持った手練れ向きの技を教えてなかったな。いい機会だ、見せてやるぞー。高岡、もう1回頼むー」


「了解しました」


 先ほどの僕と同じように高岡さんと対峙した先生は、ズボンのポケットから拳半分くらいの大きさの石を取り出すと、高岡さんに向かって本気で投げた。と同時に師匠が踏み出した。石の軌道は高岡さんの顔面で、さすがに避けざるを得なかった高岡さんが首と上半身を捻った動作に師匠が万流軟拳をあわせて、高岡さんを床に転がした。


「師匠…ずるっ!」


「相手が刀持ってんだったら使わせないのが1番だぞー。まだまだ敬真は甘いなー」


「ハハッ…ハハハッ…これだから先生は面白い。いつか先生から一本とりたいものです」


 高岡さんが晴れやかに笑う。


「はー疲れたー。敬真、飯行くぞー。今日は高岡の奢りで高級中華だー」


「師匠、ほとんど動いてないじゃないですか」


「ははっ、美味しいところ案内しますから、花村さんもたくさん食べてください」


 こうして僕の他流派交流の1回目は無事に終わった。この交流会は半年に1度行われているらしく、ヤクザさん達の気合を入れなおすのにいいらしい。特に今回は僕が行ったことでいい刺激になったと高岡さんは笑っていた。


 ちなみに、高級中華を食べながら聞いたのは、師匠とこのヤクザさん達の関係だった。3代目龍泉会の現組長が、台頭してきた中華系マフィアに殺されそうになっていたところを助けたのを皮切りに、中華系、続いて南米系のマフィアをこてんぱんにして刃舞伎町から追い出したのが師匠とのことだった。龍泉会は暴力団への締め付けが厳しく動けない一方で、海外マフィアは麻薬をはじめ非道なことにどんどん手を出し、大きくなっていく。そんな状況に歯噛みしていたヤクザさん達は、それを解決した師匠に惚れこんでいるらしい。


「まぁそんなわけでなー、敬真もこの人達とはあまり縁をもたない方がいいぞー」


「先生のいう通りです。まぁでも、花村さんも何か困ったことがあったら、相談くらいはしてもらっていいですよ」


 その後帰りに、バイト代として10万円を渡された僕は、もし次回の交流会があるのなら出てもいいかなと思ってしまった。





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