♥13VS空手とキス
「こぉーーーーーっ!こっ!!」
莉香さんのお兄さん、信也さんの行った空手の呼吸法、息吹の音だ。
「花村君、これでわかった思うけど、僕は空手をやっていてね。極院流という」
「流派まではわかりませんが、拳と立ち姿で分かりました」
「君も何だっけ、やっているんだろう?」
「僕のは万流軟拳と言います」
「少し手合わせしようか。いや、軽くだよ?」
「万流軟拳は、こちらから仕掛ける技は1つもありません。相手の力を利用して自滅させることだけに特化しています」
「へぇ、合気道みたいな感じなのかな?じゃあ、こちらから行くよ」
「シッ!」
ザリッと公園の土を踏む音がした同時に、信也さんの拳が目の前にあった。信也さんに当てるつもりがないので、僕は動かない。
「へぇすごいね、当てないのがわかってるってところかな?」
「はい、わかります」
「フッ!」
信也さんはゆるやかな動きで、手首を上にして両拳を腰につけると、そこから神速の正拳突きを繰り出した。下半身から腰、上半身、肩、腕と捻りと共に力が散らずに拳まで伝わっている、とてもきれいな正拳突きだった。たぶん100%ではないけど、そこそこ本気の突き。
もちろん、それは僕の『意感』での見え方で、実際に拳が放たれてから見ているような時間はない。その拳は僕の鳩尾に向かって真っすぐに飛んでくるのがわかったのだけど、足を踏み出す間がなかったので、僕はそのまま前に倒れた。
『意感』を発揮して動いた僕の身体は、信也さんの拳が腰を離れたときには、すでに倒れ始めていて、結果的に信也さんの突きはかなり手前で、僕の体に止められていた。もちろん、その状態では威力はほとんどない。
「すごいな、魔法でも見てるみたいだった。……花村君、座ってくれよ」
信也さんはベンチに腰を下ろすと、僕に隣に座るようにいった。そしてポケットから500円玉を1枚出すと、成り行きを見守っていた莉香さんに渡した。
「莉香、これで何か自販機で飲み物買ってきてくれよ。適当でいいからさ。お釣りはやるからさ」
「お釣りなんて3人分買ったらほとんどないじゃん。まぁ、いいよ。お兄ちゃんはお茶かな。敬真くんも同じでいい?」
「うん、ありがとう。お願い」
莉香さんが気持ち嬉しそうに飲み物を買いにいく後姿を見ながら、信也さんが話しかけてくる。
「莉香はさ、かわいいだろ?」
「はい、とても」
「だから、昔から周囲のやっかみとかも受けやすいし、そして中学くらいから男がよくからんでくるようになった」
「うちの学校でも多くの男子が見てると思います」
「俺はさ、兄貴として莉香が悲しまないように、ましな相手かどうかを見定めようとしてきた。と言っても、男を連れてきたのは花村君で2人目で、1人目は莉香とやりたいだけなのを必死に上っ面で隠してるような野郎だったから追い出したが」
信也さんは向き直って、俺の目を正面から見た。
「花村君の動きを見ていたらわかる。阿保みたいに地味な鍛錬を積み上げてきた、武を修めるものの動きだ。花村君の莉香とのやり取りはまだ少ししか見ていないが、莉香の顔を見ていたら分かる。花村君、莉香をよろしく頼む」
信也さんの目を見返しながら僕も答えた。
「僕の手の届く範囲にはなりますが…僕の全力で莉香さんを守ります」
「ありがとう。花村君」
夕焼けの茜色の空の下、ペットボトルを3本抱えて嬉しそうに戻ってくる莉香さんを、
僕と信也さんは見続けた。
◇
~姫宮 莉香~
「……ぷは♡」
あたしの唇と、敬真くんの唇が糸を引いて離れる。体全体がほわほわして、頭がボーっとする。あたしの視界いっぱいに敬真くんの顔が映っている。敬真くんは、普段は目立たないけど、容姿は整っていてイケメンだ。その敬真くんの目が、あたしを見ている優しく微笑んでいる。見つめられると体のほわほわが、熱さを増していく。
「…敬真くん、もっと」
「…でもそろそろ時間だよ」
敬真くんが、ちょっとつらそうな顔をして冷たい事実を告げる。そういった瞬間に、スマホのタイマーがピリリとなって、この甘い時間は終わりを告げる。
「うぅ~~」
「しょうがないよ、莉香さん2人で決めたんだし」
「そうだけど……あと…30秒だけギュッ…」
あたしは、敬真くんに強く抱き着く。今日の2人のラブラブタイムはこれで終了だ。今は6月も終わり近く。あと2~3日で1学期の期末テストが始まる。5月の中間テストが終わって1カ月ちょっとで期末テストという忙しい時期なのが本当にうらめしい。
告白の後、付き合うようになってから、週に2~3日敬真くんの家での勉強会が続いている。あたしにも愛や絵美との時間が必要だし、敬真くんも師匠さんと練習したり、友達と遊んだりする時間が必要だから、ずっと一緒にいたいけどしょうがない。
だから勉強会が終わったら、あたし達は体をくっつけあって、ラブラブな時間をとるようになった。自然にキスもするようになった。唇が触れ合う程度の軽いキスは、すぐにお互いの舌を絡めあう熱いキスに変わった。
あたしとしては、覚悟はできていたから、敬真くんにいつ押し倒されてもいいように準備はしていたのだけど、敬真くんはそれ以上は進んでこなかった。だから、怖かったけど思いきって聞いてみた。
「敬真くん…あたしは、敬真くんとしたい。敬真くんは…どう?」
「僕も梨花さんとしたい。したいよ。でも、せめて期末テストが終わってからでないと、いろいろと集中できなくなっちゃいそうだって…それは僕も莉香さんもまずいでしょ」
そう言われて、あたしも確かにそうだと思った。今でさえ、ほわほわしてあったかくて、幸せで…勉強に集中するのにちょっと気合がいるのに、これでえっちまでしちゃったら、どうなっちゃうのか。愛と絵美にも最初のころは、やばかった…なんて聞いている。
そして、あらためて敬真くんはすごいと思った。がっつかないし、あたしのこと、あたし達のことを考えてくれている。お預けをされているようで、正直もやもやはするけど、その分、期末テストが終わって夏休みになったら、思いきり敬真くんとラブラブするんだ!
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