♥12お呼ばれ×お呼ばれ



「敬真。あんたそろそろ、彼女を私に紹介しなさい」


 久しぶりに休みで家にいた母さんが、デリバリーサービスのカツ丼を食べ終えた後、お茶を飲みながら僕に言った言葉だ。


「え?あれ?僕、言ったっけ…?」


「言ってないよ。でもわかるよ。トイレが綺麗にされていたり、長い髪の毛落ちていたり。もう高校生だし、別にすることしててもいいけど、責任とれる範囲にしときなさい。私は相手の親に謝りにいくようなことは嫌よ」


「う、うん。ま、まぁ…母さんは休みは?」


「ここしばらくかかり切りだった新商品が一段落ついたからね。しばらくは土日休みになるよ」


「あ、じゃあ、莉香さんに聞いてみるよ。早ければ今週の土曜にでも来てもらえるかも」


「あいさ。はい、これが新商品。彼女、莉香さん?と食べて感想を聞かせなさい」


 僕の手に渡された袋には『サメかわ』のウェハース菓子が数個入っていた。母さんは、業界15位くらいのお菓子メーカーで広報副部長として働いている。その前が商品開発の部署にいて、ヒット商品を幾つか出してきた。今でも開発部のアドバイザーになっているので、目玉の新商品を作ることになると、それはもう忙しいことになる。


「『サメかわ』、莉香さん好きだったから喜ぶと思う。ありがとう」





「『サメかわ』ウェハース!?え、こんなの売ってるの!?」


「いや、これは母さんがお菓子メーカーに勤めてて。発売予定の新商品を、こうやって時々もらえるんだ」


「やった!ありがとう!!嬉しい!愛も絵美も一緒に食べよ!」


「すごいじゃん拳法君!お菓子食べ放題じゃん!」


「いや、食べ放題というわけではないよ」


 先日、貴田先輩と闘う前に話してから、時々莉香さんの友達も、莉香さんと一緒に来るようになった。ちなみに今僕の周りには、莉香さん、莉香さんの友達2人、雅臣、風間君と風間君の友達がいる。


 場所は屋上手前の階段で、それぞれお弁当を広げている。梅雨に入ってしまったので中庭が使えなくなり、かといって教室だと違うクラスの莉香さん達が居づらいと思ったので場所を変えようと提案した。そしてこの場所に来たら、風間君たちがいて、どこかに行こうとしたから、一緒に食べようよと誘う流れになったのだ。


「拙者は、以前にもらった『グミむいちゃいました』が最高でござった。グミをむいたら、違う味のグミが出てくるというビックリ仕様!味の組み合わせのいろいろ!今でも時々食べてるでござるよ」


「え、『グミむいちゃいました』もなの?」


「うん、母さんのアイディアだったと思う」


「すごいね、拳法君のお母さん。あと、オタクくんの喋りがやばいwww」


 愛さんが、雅臣を指さしながら笑っている。


「俺、リアルでござるというやつ、初めて聞いたわ……」


 風間君がぼそっと呟くが、それは僕も同じだ。中学で初めて会ったとき、ござるってなんだよ!僕も内心ツッコミを入れたから。


「それを言うなら、風間氏もでござるよ。サポエイラ使いとは拙者も知らなかったでござる」


「え?花村、お前オタクに言ったの?」


「いやいやいや、敬真氏ではないでござるよ。風間氏、サポエイラ道場の東雲美保という名前に心当たりはござろうか?」


「あぁ、うちの道場でも有名だしな」


「彼女は地下アイドルで『みぽたん』と言うでござるよ」


「はぁーーっ!?」


「本人はサポエイラやっているのを公言してるでござる。サポエイラ道場で近場のは1つしかないでござるし、ホームページ見たら風間氏ぽい人が隅に映っておりましたゆえ」


「オタクくんのリサーチ力がはんぱねえwww」


「うわーまじかー聞きたくないような、なんか微妙な情報だわー」


「風間氏、皆で今度ステージでも見に行くでござるよ」


「いや、いかねえよ!」


 そんな風に盛り上がる皆を見ながら、僕は小声で莉香さんを誘った。


「莉香さん、今度の土曜日、うちに遊びに来ない?母さんがそろそろ紹介してくれって、うるさくて」


「え!?いいよ!やった!嬉しい!」





「は、はじめまして!敬真くんとお付き合いしてます、姫宮莉香と言います!」


「あらーーーー!かわいい!!敬真!あんたやるじゃん!こんなかわいい子だなんて、母さん知らなかったわ!さぁ、あがって!」


 土曜日は午前授業だったので、僕と莉香さんは制服のままだ。メイクとか髪型はどうしたらいいか、制服も優等生ぽいのにすればいいか?と慌てる莉香さんに聞かれたので、そのままでいいし、母さんは気にしないからと僕は答えた。しかも優等生ぽいって、成績的も授業態度も実際に優等生で先生の受けもいいのが莉香さんだ。


「じゃ、あらためまして、敬真の母親の由香です。莉香ちゃん、よろしくね?」


「はい、えっと…由香さんて呼んでもいいですか?」


「もちろんよ!さぁ、いいとこのお寿司が届いてるから、一緒に食べよう!」


「はい、いただきます!」


 母さんも僕も料理があまり、いや、かなり得意でない。なので、お客さんがきたりするとデリバリーサービスになる。今日のお寿司は滅多に頼まない、超お高いところのものなので、それだけ母さんがもてなす気分でいるのがわかる。


「さぁさ、莉香さん、敬真との出会いを聞かせて!あ、敬真、これからあんたはしばらく置物になってなさい。それで?」


 母さんの歓迎ぷりに少し押されてた莉香さんも、少ししたら落ち着いて、一緒になってきゃいきゃい騒いでた。自分のことが話題にされているのはいくら置物になったとはいえ辛かったので、僕は2人を放っておいて部屋でゲームをした。





「し、失礼しますっ!莉香さんとお付き合いしています、花村敬真と言います。こ、これつまらないものですが、母からです」


「あらあらあら、そんなに気を使ってもらわなくていいのに。ありがとうね花村君、それとも敬真君って呼んだほうがいいかしら?」


「お、お母さんは花村君で!」


「うふふふ。そうよね莉香は独占したいんだもんね」


「お、お母さん!」


「花村君、姫宮家へようこそ。どうぞ上がって」


 翌週、今度は僕が莉香さんの家に招待されていた。莉香さんのお母さんに案内されて居間に入ると、莉香さんのお父さんもいた。テーブルに座って、新聞を読んでいる。


「あら、あなたさっきまで新聞読んでいなかったのに」


「ちょ、母さん!…オホン、やぁこんにちは。莉香の父親、姫宮悠二だ」


「莉香さんとお付き合いさせていただいております。花村敬真と言います。よろしくお願いします」


「む、思っていたよりも礼儀正しいな…よ、よろしく」


「お父さんは、花村君が来る直前まで、何て言おうか悩んでいたのよ」


「だから言うなって、母さん!」


 莉香さんのお母さんは、コロコロと笑った。莉香さんはよく笑う人だけど、その理由がわかったような気がした。





「あたし、飲み物もってくるから、く、くつろいでて。あ、でも変なところ開けちゃだめだからね!」


 莉香さんのお母さんの作ってくれた、お昼ご飯をいただいて莉香さんの部屋に招かれた。女のこの部屋って初めて入る。いろいろとかわいいものを置いているのかなと思っていたけど、想像していたよりかはあっさりとしていた。部屋にはポスターとかそういうのは貼っていなかったし、机や棚、ベッドも色づかいが派手だったり、かわいい装飾が施されていたりはしなかった。机の横の棚の1つが、『サメかわ』とか小物が飾ってあって、それ以外はベッドの上にゴールデンウィークのデートの時にあたった『サメかわ』の特大ぬいぐるみが置いてあった。


 部屋全体が、なんというか莉香さんの甘い匂いが満ちていて、ドキドキする。ちなみに莉香さんのいう変なところは、たぶん引き出しとかだと思うんだけど、人の家の引き出しを勝手に開けるような人間って多いのだろうか。


 それから、莉香さんと軽く勉強をした後、いろいろと雑談をしていたら、部屋の扉がコンコンとノックされた。


「莉香?彼氏来てるんだって?挨拶させてもらっていいか?」


「あ、お兄ちゃん…敬真くんいい?」


「もちろん、いいよ」


「お兄ちゃん、今リビングに行くから待ってて」


「おーう」





 リビングで待っていたのは、莉香さんと同じライトブラウンの髪の毛を短くおしゃれに刈り上げて、耳に金色のピアスをつけた、めちゃめちゃイケメンのお兄さんだった。


「へぇ、君が花村君。莉香の兄の信也だ。よろしく」


 差し出された大きな手は節くれだってて、拳だこもできていた。本格的に武道をやっている人の手だ。この拳は空手だろうか。握手をしたら思いのほか強い力が込められていた。というかギリギリと痛い。


「はい、よろしくお願いします」


 僕は握られた手に少しだけ力をこめる。その動きを受けた淳史さんの手が、体が、反応をしようとする直前の一瞬の隙をついて、するりと手を抜いた。握手自体が試すような感じだと思ったけど答えになっただろうか。


「へぇ♪…花村君、帰る前にちょっとそこの公園でも寄っていかないか?」


「お兄ちゃん!」




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