♥6水族館デート



 お弁当も食べ終わって、僕と莉香さんは4月のだいぶ暖かくなった日差しを浴びながら、のんびりと話をしていた。


「敬真くんは、ゴールデンウィークってどうするの?」


「うーん、特に予定もないから、師匠次第だけど練習したり、家にいたりかなぁ」


「そ、そうなんだ。……じゃ、じゃあさ!あたしと遊びに行かない!?」


 2,3日前の風間君たちのセリフ、「姫宮莉香に惚れられている」が頭をよぎって、僕は少し顔を赤らめてしまう。


「どうしたの敬真くん。なんか顔赤くない?え、あたしなんか無理に誘ったりしてる?」


 ずいっと身を寄せてきた莉香さんから、ふわりと甘いに匂いがするのにあわせて、第2ボタンまで開けたブラウスから、水色のブラと白く光る谷間がこんにちはと僕に挨拶をする。僕の目線は当然釘付けになる。


「えっち」


 僕の視線に気づいた莉香さんは頬を赤らめながら、でも隠そうとしたりせずに少し距離をとった。


「で、敬真くん、どうなの?ゴールデンウィーク」


「いいよ、遊びに行こう。だけど莉香さんは、予定とかないの?」


「うーん、あたしも家族で旅行とかないし、友達と遊ぶ予定もあるけど、敬真くんにあわせられると思うから大丈夫!ってか絶対いくし!」


「あ、ありがとう。じゃあ、師匠に確認してみるね」


「あ!」


「?」


「っていうかさ、あたしも今更だけど。敬真くんの連絡先!聞いてない!」


「あ、そういえばそうだ…」


 僕はスマホを出して、莉香さんと連絡先を交換した。


「あのさ、えっと…時々電話したりしても…いいかな?」


「う、うん…」


「あはっ!やった!ありがとう!」


 莉香さんの笑顔は、相変わらずすごい破壊力だった。僕の心臓はドキリと大きく跳ね上がり、僕達の周囲からは、久しぶりに男子の歯ぎしりの音が高く響きわたった。





 それから、メッセージアプリで何度か連絡をとって、ゴールデンウィークの後半で、電車で30分ほどのところにある舞海水族館に行くことになった。莉香さんの住むマンションと僕の家はそこまで離れていないので、近くの駅で待ち合わせることになったのだけど、待ち合わせの30分前に駅に着いたはずなのに、莉香さんはもう待っていた。


「ごめん!莉香さん!」


「ううん、ごめんじゃないよ!あたしも今きたところ!」


 そうやって、にししと笑う莉香さんは、めちゃめちゃ可愛かった。オーバーサイズのゆったりとしたパステルピンクのパーカーから、白い足が伸びてショートブーツを履いている。頭には赤と白のキャップを被っている。ちなみに、ものは同じでもパーカーではなくフーディという名前らしい。


 莉香さんは輝く笑顔で小首をかしげる。さすがに僕でもわかる。だから、僕は素直に伝えた。


「莉香さん、めちゃめちゃ可愛い」


「あ、ありがとうっ!っていうか、そんなにストレートにくると、ちょい恥ずかしいね」


「じゃ、じゃあ行こうか。あ、荷物もつね」


「うん♪」


 ゴールデンウイークだけあって水族館はかなりの混雑っぷりだった。魚だけでなく、イルカショーやペンギンやクラゲと見どころはたくさんあった。ふと気が付くと、莉香さんの手が僕の服のすそを握っていた。


「莉香さん、ごめんね。気が付かなかった。よければ手をつなごう」


「ありがと!」


 初めて握った莉香さんの手は、小さくて、ふわっとして、柔らかくて、僕は秘かに感動していた。


「えへへ。敬真くんの手って、武術やってるのにゴツゴツしてないんだよね」


「うん、万流軟拳は拳を握らないからね。相手の力しか使わない流派だから」


「すごいよねー。本当に敬真くんに助けてもらってよかった。改めてありがとね。敬真くん」


「それはもういいよ。僕もたくさん莉香さんから、お礼もらってるし。お弁当が美味しすぎて本当に最高」


「そう言ってくれるなら、作ったかいがあるよ!」


 嬉しそうに笑う莉香さんの手を、握りなおして僕達は水族館を回ったんだけど、とにかく人が多くてちょっと疲れてしまったので、最後に売店だけ見てから出ようという話になった。


 売店で、莉香さんが嬉しそうに手に取っている商品があった。今流行っているキャラクターで『サメかわ』というものらしい。いろんなサメがデフォルメされていて、全国の水族館で売られているらしい。その水族館にしかないショップ限定バージョンなんかもあるそうで、それのキーホルダーを買っていた。


 莉香さんがお手洗いに行っている間に、僕はその『サメかわ』のくじ引きをやってみることにした。何回か作ってもらっているお弁当のお礼として、何か渡したかったからだ。くじ引きは、大きな透明のドームの中で三角くじが、風でぐるぐる回っているもので、景品は全部、その『サメかわ』のぬいぐるみなんだけど、等級によって大きさが変わるみたいだ。特賞の1番大きなものは1.5メートルもある。そして僕が当たったのは、その特賞だった。


「敬真くん、おまた…え、えぇ~~~!」


「えっと、なんか特賞が当たっちゃったみたいで。ぬいぐるみって、もしかしたら子どもっぽいかなって思ったんだけど、お弁当のお礼で良かったらもらってくれないかな?」


「あ、ありがとうーーーっ!すっごく嬉しい!」


 莉香さんは嬉しさのあまり僕に抱き着いてきたのだけど、僕と莉香さんの身長は165センチくらいだ。(本当は僕は164センチだけど)そしてぬいぐるみは150センチくらいで僕と莉香さんの間に挟まっていて。……邪魔だな『サメかわ』。まぁ、でも喜んでくれたのならよかった。





 その後、僕達は水族館に隣接する舞海臨海公園の広い芝生に移動した。大勢の家族連れやカップルが、あちこちでレジャーシートを広げて、くつろいだりお弁当を広げたりしている。『サメかわ』の巨大ぬいぐるみを見て、子ども達が「すごーい」とか「ほしーい!」と声を上げていて、莉香さんが小声で「ぜったい上げないー」とか呟いていて。


 僕たちも、芝生にレジャーシートを敷いて腰をおろした。売店で買っておいたお茶と炭酸飲料で喉を潤すと、2人で同時に「ふぅ」と息を吐く。そして莉香さん作のお弁当ピクニックVerが目の前に広げられた。


「おぉ!」


「どう!?今日は豪華ピクニックVerだよ!」


 3つの並んだバスケットの2つは、メインとなるサンドイッチで埋まっている。味もハムレタス、ツナサラダ、玉子、カツと種類も多く、彩りも豊かだった。おまけにバスケットの一角に保冷剤が乗せてあり、それをどけるとラップに包まれたフルーツサンドまで入っていた。残りのバスケットには、僕の大好物でもある唐揚げやポテトが入っている。


「す、すごい!こんなに作るの大変だったでしょ?ありがとう!」


「えへへ、食べてくれる人がいてこそだよ!」


「莉香さん、お弁当代、やっぱりきちんと出すよ!手間もこんなにかけてくれてて、僕もらってばかりだから」


「いいよ!だって敬真くん、今日の水族館だって払ってくれてるし、何より『サメかわ』くれたし!」


「うーん、それでももらいすぎなんだけどなー…」


「それよりも!よかったら食べよ?」


「うん、ありがとう。いただきまーす!!」


 お弁当をお腹いっぱい食べて満足した僕達は、そのまま寝っ転がった。枕にしているのは、『サメかわ』の巨大ぬいぐるみだ。マイクロビーズのクッションになっているので、サメなのに肌さわりも気持ちよく僕達は寄り添うように昼寝をした。1時間ほどしてお互いに目を覚まして、ちょっと照れくさくて笑ったりしながら、僕達は午後もそのまま芝生で寝そべりながら、いろんな話をしながらゆっくりと過ごした。




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