♥5爽やかクラスメイト
その後も2~3日おきに、莉香さんはお弁当を作ってきてくれては、中庭で一緒に食べた。食べるおかずはどれも美味しくて、本当に感謝しかない。周りの人も慣れてきたのか、聞こえる歯ぎしりの音も減ったと思う。お弁当代を渡すよと提案したけど、家族と自分のついでに作っているのだからと拒否された。
そんなある日の午後、6限が終わって帰ろうとしたとき、クラスのイケてるグループの風間君と他2人が、教室のドアの前で僕に話しかけてきた。
「花村ー。なんか、最近調子に乗ってんなー。ちょっと俺達と遊ばねえ?」
風間君の言う遊びが、文字通りの遊びでないことはわかっている。風間君の体は引き締まっていて、たぶん何かしらの運動をしている人のそれだ。だから僕も楽しくなってきた。
「うん、いいよ、遊ぼう。怪我は自己責任でね」
「……上等じゃねえか!」
風間君に連れていかれたのは、音楽室だった。
「あれ、ここ入っていいの?」
「部活のない日は音楽教師もいないし、それなりの広さはあるし、防音だからな。カギも複製してあるから、バレねえよ」
「風間君って思っていたよりも、不良だったんだね」
「花村、お前余裕だな。姫宮莉香をチンピラから助けたって噂もフカシじゃねえってことか?」
「たしかめてみる?」
「お前、マジでムカつくわ」
風間君は、前転をするかのように、勢いよく地面に両手をつくと、ブレイクダンスのように体をしならせて、僕に変則的な蹴りをいきなり仕掛けてきた。僕は避けずにその様を見ていた。当てるつもりがないのはわかっていたから。
「すごい!サポエイラだ!」
サポエイラは中南米で主に使われてる足技主体の格闘術だ。逆立ちになった状態で繰り出される蹴り技は、独特のリズムで上下左右から相手を襲う。リズムは使う技や状況によって切り替えられ、身体全体を使った攻め方はとにかくダイナミックだ。一時期流行った格闘ゲームでも、サポエイラ使いのキャラクターがいた。
ぶぅんっと目の前を通過する蹴りの軌道に感動を覚える。生で見るのは初めてだった。でも……。
「花村、どうしたよ?びびって声もでないか?」
「ううん、いつでもいいよ」
「てめぇっ!」
片手を地面について、勢いよく倒立するような体勢から、さらに体を捻って風間君は僕に上段蹴りを入れてくる。のが、僕の『意感』でわかる。だから僕は2歩前に進んで、風間君の上半身の肩先を、膝でそっと押した。
当然、技はつぶされ風間君はドタリと地面に転がる。相手が本気の悪い人間だったら、つま先で地面についた手首をずらして手首か肘をつぶすのだけど、さすがにクラスメイトにそこまではできない。
「ぐっ…」
すぐに体を起こした風間君は、その後何度かサポエイラの技を繰り出してきた。低く地面を薙ぐような両足の蹴り、頭突き、下半身ごと上空から仕掛ける体落とし…技のバリエーションはすごかったけど、どの技も起点の軸がはっきりしているので、技を出す前につぶせてしまう。
「くっそ、だめだ!」
風間君は諦めて、音楽室の床に大の字に寝ころんだ。
「むっかつくなー。花村、お前そこに座れよ」
「うん」
「花村、お前何やってるの?」
「万琉軟拳っていうの習っている」
「なにそれ、聞いたことねー。中国拳法?」
「師匠しかやってないから、超無名。中国拳法がベースみたいだけど、もう別物になってると思う」
「それの技で、俺は何もさせてもらえなかったのか」
「相手の力を利用して、自滅させることだけに特化してるのが万琉軟拳だから。サポエイラは、技の起点がはっきりしてて読みやすかったかも」
「っち。かなわねーな。おい、お前らも花村に手出すの禁止なー」
「あぁ。風間っちが勝てねえんだったら、無理だろ」
「ってか、花村スゲーな。するっと動いただけで、相手が何もできねえんだもんな」
「くそー、姫宮莉香も惚れるのがわかっちまうのが悔しい」
「え?僕、惚れられてるの!?」
「はぁ!?お前馬鹿か?あの姫宮莉香が、お前のために弁当作ってきてんだぞ!?今まで何人告白して、玉砕してると思ってんだ!?20人は優に越えてんぞ?」
「そうそう、風間っちもその1人ってわけで」
「うるせえよ!古傷ほじくるんじゃねえよ!」
僕が思ったより、風間君たちは良い人だったし、わいわい言い合うその姿は、ちょっと楽しかった。
「悪かったな。とりあえず俺らはもう何もしねえからよ。よければたまに、相手してくれよ。いい勉強になったわ」
そういって僕達は音楽室の前で別れた。帰宅途中、闘いの様子を思い出しながら、師匠に報告しなければと考えていたのだけど。風間君の友達のセリフを思い出した。
えっと、僕は莉香さんに惚れられているの?
◇
~姫宮 莉香~
夜ご飯も食べ終えて、あたしは今ドラマも見ずに、お弁当の下拵えをしている。明日のメインは、野菜の肉巻き。朝に焼くのはなんだかんだで大変だったりするから、前日のうちに焼いちゃっておくのがいい。お父さんとお母さん、あたしと敬真くんの分があるから、作る量はそれなりに多い。
下茹でした人参とアスパラをお肉で撒いて、軽く片栗粉をふったら焼いていく。さらにエリンギとチーズを巻いたのも焼く。これで冷やしておいて、明日の朝はレンジで軽く温めてから詰めればいい。
「~~♪」
鼻歌を唄いながら、作業をするわたしにお母さんが話しかけてくる。
「莉香もすっかり恋する乙女ね~」
「お、お母さん!」
「あら、素敵なことじゃない。毎回、ウキウキしながらお弁当作ってるの見たら、すぐわかるわよ」
「うーー」
「でも、お弁当ってのは正解よ。男性は胃袋掴めって昔から言うけど、それは本当よ。お母さんも、そうやってお父さんをゲットしたんだから」
「そうなんだ。お父さんゲットされちゃったんだ。でも、わかる気がするかも。あたしの作ったの、すっごく美味しそうに食べてくれるから、嬉しくて」
「いいわよね。バクバク食べるの」
「うん」
「お、何だ莉香、また弁当の仕込みか?」
「あ、お兄ちゃん、お帰りー」
あたしのお兄ちゃんは大学に通ってて、家からそんなに遠くないアパートで1人暮らしをしてるんだけど、時々こうやってご飯を食べに家に戻ってくる。
「おー美味そう!いただき!」
「ちょっと、つまみ食いやめてよ!お兄ちゃんのために作ってるんじゃないんだから!」
「ん?なんだ、莉香。いつもはそこまで怒らないのに。……もしかして彼氏ができたのか?」
「や、違くて!まだ彼氏じゃないからっ!」
「まだ?……ふ~~ん」
「何よ?」
「その男、俺のいる時に1回家に連れて来いよ、お前にふさわしいかどうか見てやるから」
「やめてよ!空手やってるお兄ちゃんに勝てるわけないでしょ!」
「別にボコったりしねーよ。お前を守れるくらいの力ってか、気合みたいのがあるかみてやるってだけだ」
そう言ってくれるのは嬉しいけど、中学の時もお兄ちゃんは、あたしがちょっといいなって思ってた男子を家から追い出したことがある。敬真くんにはあまり迷惑をかけたくない。でも敬真くんだったら、意外とお兄ちゃんもどうにかできちゃったりするのかな。あ、でもまだ彼氏ではないし…いつかはお家に呼ぶこともあるんだよね?
「莉香!フライパン!」
思わずいろいろ考えちゃいそうになるあたしを、お母さんの声が戻してくれた。
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