♥4しあわせの唐揚げ



 僕と師匠がよく練習をしている神社は、住宅地の中に取り残された雑木林の中にあって、家から歩いて10分ほどの距離にある。時期は4月中旬で、暖かいので幸い風邪をひく心配はない。


 練習の内容を思い出しながら、そして師匠に対しての少しのむかつきを覚えながら、自宅へと向かう僕を呼び止める声があった。


「あ、敬真くん!」


「あぁ、姫宮さ…」


「……」


「り、莉香さん」


「そうそう、あたしのことは莉香で呼んでね。ちゃんと普段から!心の中でも、莉香って呼ぶんだよ!」


「う、うんわかった」


「わかればOKー!……ってあれ、どうしたの!?上半身濡れてるじゃん!」


 さっき被った水風船に加えて、僕の上半身は練習でかいた汗で濡れていた。


「まさか、いじめ!?」


「いや、違う、ついさっきまで師匠と練習していて…」


「か、風邪ひくよ!敬真くん、家近いの!?」


「うん、後2~3分で着くよ」


「どうする!?うち、あそこのマンションなんだけど、うちくる?シャワー使う!?」


「あの、話聞いてた?僕の家、もうすぐだから。大丈夫だから」


「んーわかった……。あ!」


「あ?どうしたの?」


「う、ううん!!な、何でもないし!じゃあ、また明日学校でね!」


「うん、じゃあね?」


 なんだかよくわからない態度の莉香さんと別れて、僕は家に帰った。





~姫宮 莉香~


 10日ほど前、あたしは刃舞伎町で、男達に連れ去られそうになった。あの日は本当に失敗だった。同じクラスになった男女グループで、刃舞伎町に新しくできた近未来カラオケで歌って楽しんだ後、早く帰りたくて、あたしは家に近いほうの駅から帰ろうとした。そっちの方向はあたしだけだったし皆を付き合わせるのも悪いから、ダッシュで帰るから大丈夫なんて言って別れた。


 ラッパーみたいな男2人に道をふさがれて、じりじりと路地近くまで追い込まれて。兄貴からそういう時は相手の股間を思い切り蹴ればいいって教わってたけど、怖かったし腕を強く掴まれて、あたしはもうだめだと思った。


 そんなときに、フードを被ったあたしと同じくらいの背丈の男の人が間に入ってくれて。兄貴とか、さっきまで唄ってたグループの男みたいに体格が良かったりするわけでもないのに、妙に頼もしく見えて。でもやっぱり不安で。


 その男の人は、後ろ手で私に早く行けって伝えてきて、あたしは少し躊躇ったけどその指示に従った。その後、交番に駆け込んでお巡りさんと一緒に現場に戻ったら、あたしに絡んできた男達だけが倒れていた。男達はお巡りさんが連れて行って、その後軽く交番で事情を聴かれて、知っていることだけを話して。お巡りさんにそういう恰好してるから男が寄ってくるんだとかって、むかつく注意をされて、ようやく家に帰ったと思ったら、門限をとうに過ぎてるってめちゃめちゃ怒られた。


 それ以来その位の身長の男の人をつい目で追ってしまう。どうしてもお礼を言いたくて。格好良かったから。そしたら数日後、学校の廊下でよく似た背格好の男子をみた。その男子は友達伝手で聞いたら、隣のクラスだという。何日か観察してたら、いよいよその助けてくれた男の人にしか見えない。だからあたしは最終確認に、隣のクラスに行った。手を見て、背中を見て、やっぱり間違ってなかったから嬉しくて。そしてようやくお礼をちゃんと言えた。


 その男子の話を、友達の愛と絵美にも話してたから、2人からも会えてよかったねって言ってもらえて。でもその後に脱ぎたてのパーカーを着せるのは、大胆だってからかわれて、改めて恥ずかしくなった。臭かったりしないよね?敬真くん嫌がってないよね…?


 敬真くんは、話せば話すほど不思議な人だった。なんか、他の男子みたいにがっついてなくて、冷めてるっていうか距離がある感じ。でも、あたしの胸や脚には目線が来ている。別に嫌じゃないけど。身長も高くはないけど、でも妙に頼りがいもあるように思えて。なんとかっていう拳法を習っているから、そのせいで頼もしく見えるのかな?でも、体は兄貴みたいにゴツゴツはしてなくて、もっと柔らかそうな感じ。


 お弁当を作る約束ができたのは本当によかった。お母さんと1日置きに交代でお弁当を作ってるけど、私の作る唐揚げは家族にも好評だから、敬真くんも喜んでくれる……といいな。


 その後も、家のすぐ近くで敬真くんとばったり会えて。敬真君は拳法の練習だったとかで上半身濡れてたのが、なんか妙にぞくぞくして、焦ったあたしは、うちくるとか言っちゃって。思い返すだけで恥ずかしい。


 そしてあたしは、自分の恰好に気づいて急に恥ずかしくなった。唐揚げのお肉、じっくり漬け込んでおきたくて、準備始めたら香辛料が足りなかったから、スーパーに行く途中だったんだけど。だから何も盛ってないし、めっちゃジャージだったし…恥ずかしすぎる。敬真くんに幻滅されてなければいいな……。





「じゃーん!どう敬真くん!あたしの渾身の作品!」


「すごい……」


 僕の目の前に広げられたのは、大量の唐揚げと白ご飯、ほうれん草か何かの緑色の副菜等が入ったお弁当だった。ただし、唐揚げで1箱、ご飯と副菜で1箱の構成になっていて、正直言って量が多い。


「あたしの唐揚げ、家族にもすごい人気で、お兄ちゃんとかめっちゃ食べるから、その基準で考えてたら、つい作りすぎちゃって……あ、お、おいしくなければ、食べなくていいからね」


 場所はいつもの中庭で、周囲から凄まじい歯ぎしりの音が響いてくる。中には血の涙を流している男子もいた。


「「いただきます!」」


 僕は早速メインである唐揚げを箸にとって口に入れた。柔らかいお肉を噛んだ瞬間にじゅわりと肉汁が口の中に溢れてくる。肉汁は仄かにお醤油とか出汁みたいな風味がして、それに加えて何かの香辛料の香りが口の中を回って、噛むたびに鼻に抜けていって、すごく…すごく美味しかった。


 続けて3個も食べたところで、ちょっと落ち着いてきたので顔を上げたら、莉香さんが僕の言葉を待っていることに気づいた。


「びっくりした…今まで食べた唐揚げの中で1番おいしい!」


「そう!よかった!あはは…がんばったかいがあった!」


 その後も、僕は唐揚げを次々と食べたが、とにかく量が多すぎてそれでも半分残ってしまった。


「あー唐揚げ…さすがに多かったね、敬真くん持って帰る?って、それはないか…」


「え、持ち帰りありなの!?あ、ありがとう!今晩のおかずにするよ!」


「え、あ、そうしてくれるなら嬉しいんだけど…敬真くん、夜はどうしてるの?」


「あー母さんが遅いときも多いから、カップ麺とか、近所の弁当屋さんでおかず買ってきたりとか、適当に食べてるよ」


「じゃ…いや、まださすがに早…じゃあこれからも、敬真くんのお弁当を、時々作ってくるのでいい?」


「え、いや、それは莉香さんに悪いよ、今日のお弁当って助けたお礼でしょ?これだけ美味しい唐揚げを食べられたんだから、充分以上だよ」


「む…。あ、そうだ、お礼!お礼が1回で終わるなんて、あたし言ってないよ!」


「え?いつ終わるの?」


「さぁ…?あたしの気が済んだら?」


「え…なにそれ?」


「なんだろね…まぁ、いいじゃない!あたしの手作り弁当食べられるんだから!敬真くんは美味しく食べることだけ考えていればいいし、しっかりと栄養とるいい機会だと思ってよ」


「うーん、なんだか釈然としないけど…ありがとう」


 という経緯があって、僕は莉香さんのおいしいお弁当を定期で食べさせてもらえることになった。



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