♥3一緒にお昼ご飯



「どどどど、どういうことでござるか!敬真氏!??」


中学からの友達で、高校でも同じクラスになった友達の田野井くんだ。下の名前は雅臣と書いて、まさおみと言う。地下アイドルオタクで、学校内の美人情報にも詳しい。詳しい理由は、いつアイドルになるかもわからないから事前チェックだって言っていた。僕にはその感覚はよくわからない。


「雅臣、僕にもよくわからないんだ」


「いやいや敬真氏、その割には、姫宮殿は敬真氏のことを知っていた様子ですぞ」


 雅臣は興奮して詰め寄ってくるが、僕は今後どうすればいいのか正直悩んでいた。


「おい、花村―!なんでお前が、姫宮さんと知合いなんだよ!?しかも姫宮さんのパーカー!ってなんだったんだよ!あれ!」


 雅臣以外のある程度会話を交わすクラスメイトも聞いてくるが、どう答えればいいのか……。でも、もう関りがあることを知られてしまっているから、これ以上は知らないとは言えない。しかもまた昼休みに来るとか言ってたし…。


「いやー、こないだ刃舞伎町でたまたま通りがかりに挨拶して……」


「それだけだったら、パーカー着せられたりしないだろう!」


「そ、そうだよね。ちょ、ちょっと、なんで着せてきたのか後で聞いてみるよ…」


 どうもこういう受け答えというか、やりとりが苦手だ。雅臣と仲良くしているのも、あまり気を回さずに楽に喋れる人間だからだし。あぁ、このクラスメイト達がいっそ殴りかかってきてくれたら、どうとでもできるのだけど。って、そんなのはクラスメイトじゃないか。


 もともと勉強ができる方ではないけれど、いつにもまして午前の授業は身が入らなかった。そして昼休みになると同時に、姫宮さんは宣言通り、再び僕の教室に現れたのだった。





「ふーん、じゃああれはやっぱり敬真くんがやったんだー!」


 姫宮さんの圧力がすごい。特に目だ。目が大きくて目力があるのだけど、その上で灰色がかった瞳でじーっと見つめられると、答えないといけなくなってしまう。結局、その圧に負けて、いろいろと喋らされてしまった。拳や蹴りはどうとでもできるけど、これは難しい。師匠、僕はまだまだ精進が足りないみたいです。


 昼休みになって、姫宮さんに連れていかれた先は、コの字形の校舎の中庭の憩いスペースだった。皆がお弁当を食べるスペースで、姫宮さん達もいつもはここで食べているのだが、今ベンチに座っているのは姫宮さんと僕の2人だけだ。ちなみに膝の上に広げているのは、僕はいつものコンビニのサンドイッチ、姫宮さんはお弁当だ。


「あの後、交番に行って、お巡りさん警察連れて戻ったんだけど、絡んできた男2人がうずくまっているばっかりで、敬真くんっていなくなってたから、すごい心配したんだよ!」


「うん、ごめん」


「いや、謝ってほしいんじゃなくて。敬真くん!あたしの目見て!」


 目を合わせると、姫宮さんは、花が咲いたような満面の笑顔だった。


「本当に怖かったの!でもね敬真くんのおかげで助かったの!本当にありがとう!」


 あぁ、やっぱりこの笑顔は反則だ。受け流したりはできそうにない。僕は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。そしてそれを見た姫宮さんの顔もみるみる間に赤く染まっていった。


 姫宮さんは有名人で人気者だ。そしてここは中庭で多くの人が見ている。興味深そうな視線、嫉妬や憎しみのこもった視線がたくさん僕に注がれている。


「まぁ、とにかく姫宮さんが無事でよかったよ」


「……」


「あれ?姫宮さん?」


「莉香」


「え?」


「莉香ってよんで」


「え、いや…」


「……」


「……莉香…さん」


「んー、まぁいっか!じゃあ、敬真くん、これから仲良くしようね!」


「う…、うん」


「返事は元気よく!」


「うん、わかった」


「じゃあ、あたし行くね!」


「じゃあね」


 たたんだお弁当をもって立ち上がった姫宮さんは、3歩歩いて振り返る。


「敬真くん、お昼はいつもコンビニとかなの?」


「うん、母さんも忙しいから」


「そっか、じゃあ…明後日はお弁当買ってこないでね。あたしが作ってくるね!」


「え、いや、どうして?」


「あ、えっと…そう、お礼!助けてくれたお礼!だからお昼買ってきたらだめだからね!」


 そう言いきって、姫宮さんは足早に立ち去った。


 残された僕は、ちょっと唖然としていて。そして周囲の人たちは、「あいつ誰だ」「姫宮さんがお弁当だと」「彼氏?まさか!」などとざわついていた。





 さすがに放課後は、姫宮さんは教室に来ることはなかった。その代わりクラスの男子の質問がずっと続いたのだけど、あまり深くは話せないから「なんかよくわかんないけど、興味持たれているみたい、ハハハ」と答えておいた。教室の端っこの方からは、クラスの中でもイケてるグループに所属している男子の何人かが僕を睨んでいたけど、特に絡まれることもなかった。僕は帰宅するべく、鞄を持って立ち上がる。


「敬真氏、帰るのならまたゲーセンでもいかがですかな?」


「雅臣、ごめん、今日はいつもの習い事」


「おう、そうでござったな。ではまた明日でござる!」


「うん、じゃあね」


 教室を出るときに、イケメングループのリーダー格である風間君が、舌打ちしながら「オタクキャラが、調子にのってんじゃねえぞ」と小さく呟いてきた。今まで爽やかなイケメンだと思ってたから、驚くのと同時に少し嬉しくもあった。やっぱり僕には、こういう人の方があってると思う。あと、僕は別にオタクじゃない。





「敬真ー、あの後も刃舞伎町いってるかー。そらっ!」


「うぉっ!いや、師匠、まだ行ってないです!」


「そうか、そろそろじゃあ行っとけー。なんなら川向こうの粗ヶ崎に行くのでもいいぞー」


 師匠が休むことなく投げつけてくる石を、僕は避けながら地面に描かれた円の上をなぞるように回っている。円からは足を上げてはいけない。師匠の投げる石が、絶妙な、本当に腹の立つ位置に来るので、速度を落とさず回り続けるのもかなりしんどい。ちなみに粗ヶ崎は、不良高校が3つもある治安の悪い地区のことだ。


「ほらっ!スピード落ちてるぞー。なんだ女のことでも考えてるのかー?」


「いや!師匠、やめてくださっいよ!」


「なんだっけ、その姫宮ちゃん?いいじゃん、つきあっちゃえよー」


「いや、そういうんじゃないと思いますから!で、僕はそういうのは受け流せなくて、修行不足なのかもって話をしただけじゃないですか!」


 喋りながらも、石は休むことなく投げられる。僕は避けたり、石にそっと手を当てて軌道を逸らしながら、円を回り続ける。


「ちっ。いいよなー若者はー。でもおかしいぞー。敬真には付き合うとかよりも先のこと、すでに教えてんだろー?どうとでもなるだろー」


「いえ、それがっ!なんというか、断ったりできない雰囲気を!相手が!出していて!」


 円をなぞって動いているということは、師匠に背中を向けている状態もくる。つまり後ろからも石が飛んでくるということだ。強めの勢いで投げつけられたのがわかったので、それを体を捻って避けた頭に、それ以上の勢いで投げられた水風船が当たった。当然僕はビチャビチャになった。


「これを見抜けないようじゃまだまだだなー。おし、練習終了ー」


「ぐ…あ、ありがとうございました」


「敬真ー、何が起きても平気になるってことだけどなー、それは別にロボットになれって言ってんじゃないぞー。まぁあれだ、邪険にはせずに楽しめー。そしてそれを報告して俺を楽しませろー」


「結局師匠が楽しみたいだけじゃないですか!」


「そうとも言うなー。んじゃあ、風邪ひかんうちに帰れー。俺はこれから女のとこだー」


 師匠は手をひらひらとさせながら帰っていった。僕はそれを見送って頭を下げると、練習場所にしている神社を出るのだった。



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