シリーズの新作を書き続けていらっしゃるので、改めて一作目から読み直そうと拝読しました。
これの本編にあたる作品もまだ読んでおりませんが、単独で充分奥まで入っていける作品世界だと思いました。
あれからもう十二年ですか。こういう形で振り返ってみると、感慨深いものがありますね。この主人公の姿は、あの一連の出来事に呆然とし、己の無力を噛み締めた我々一人ひとりの姿そのものだと思います。
モデルがモデルだけに、不謹慎なことは書きにくいですが、「かくてここに一人の作家が誕生した」というオチの持って行き方はドラマティックでいいですね。定番と言えばそれまでながら、こういう社会と個人との関わり方、世の中の悲喜こもごもを人生の再出発にするという形は、フィクションにおける救いの一つだと思います。
社会派の独立短編としても、とても深い味の出ている作品ですが、普通に文芸短編として見ても、真摯な創作姿勢を感じました。
作者からの返信
コメント、ありがとうございます。
震災当時、私は関西に住んでいました。ちょうど有給を取っていて、リアルタイムで津波に呆然としておりました。
原発事故時、実家のある地域の放送局からの中継で、放射線量が報じられると、東京のスタジオの科学者が非難レベルだと驚いたのですが、避難命令は出ませんでした。
それ以来、政府にもメディアにも、科学者に対しても不信を覚えています。(政治家に対してはそれ以前からそうですが)
両親は、政府・自治体の指示を守り、窓を閉め切って家の中でじっと過ごしていました。私は会社を辞めて実家に戻りました。我が家の除染が行われたのは、それから1年以上も経ってからです。
我が家の駐車場の庭には大きなフレコンバッグが10袋ほど埋められました。『正義はシヴァの眼差しの前に ――エンドレスゲーム――』のなか、主人公が冥界で見るフレコンバックです。
そうした状況にモヤモヤして小説を書き続けているわけです。笑ってやってください。
今後ともご贔屓に、よろしくお願いします。
胸が潰れそうな思いで拝読しました。
津波の様子はテレビで見ただけなのですが、当時の日本を包んでいた空気感を色濃く覚えています。
「生き残ってしまった」立場で、前を向くのも苦しいでしょうね。
ボールペンが、汐織さんとその家族の存在の証明のように思えました。
作者からの返信
コメント、ありがとうございます。
津波は予想を超えて恐ろしいものでしたね。今でもあの映像を見ると背中がざわざわします。
その後の原発事故。我が家は避難区域には入りませんでしたが、行政から、窓を開けるな、換気扇を回すな、といった指示がありました。結果、1年後、換気扇は油で回らなくなっていて交換するはめに……。トホホといった状態です。
千坂亮治のシリーズは、もっぱら原発にかかわる問題意識をSF小説にしたものです。
引き続き読んでいただけたら嬉しいです。
続編から読んでしまったみたいで、おもしろいって言ったら不謹慎かもしれないけど、この話は続きが読みたくなる。
作者からの返信
コメント、ありがとうございます。
シリーズものですが、単独でも読めるように書いているつもりですが、私のコレクションの【小説家 千坂亮治関連小説】の西暦順に読んでいただければ、全体が見えやすいと思います。
〝Nのゆりかご〟は懸賞に応募する都合で年号を外しています。
お時間のある時に、ぼちぼちと読んでいただけたら嬉しいです。