第5話 頭がおかしい母

全て先生に話し終わった後


「お母さんは 何か精神疾患をもっていましたか?」


この問いに 思い当たるふしは沢山あった。


「実は 精神科に連れて行こうとしていた時があったんです」


これは あらかた私が大きくなってからお姉ちゃんから聞いた話。


とある夜中。


寝室で寝ていた母が ムクッと起き上がり


ベランダに出たかと思うと


「ヤッホー!!!!」


と深夜の団地に 母の声が響き渡ったと言う。


これには 私も大笑いしたが 今思えば異常な行動だ。


声に飛び起きた父がベランダに掛けると


そこには 身を投げ出そうとする母の姿があったと言う。


住んでいる場所は 四階。


落ちたら死んでしまう高さだ。


この時 父はどんな想いで母を助けたのだろうか。


お姉ちゃんがベランダに掛けていったときには 泣きじゃくる母を抱きしめる父の姿があったと言う。


母は


「もう疲れた。疲れてしまったのよ」


と父の腕の中で暴れ


言葉が出ない父は ただただ強く抱きしめる事しかできなかった。


きっとこの時 いろんな想いがあったんだと思う。


ごめんね?それとも どうして母がこうなってしまったのか理解できず混乱していたのかも知れない。


「フミ」


呆然と立ち尽くしているお姉ちゃんに 父が声をかける。


「明日 精神科にお母さんを連れていく」


話し終わると 先生は「お母様の肩をもつわけではありませんが」


と 言葉を切って 私の顔を見た。


「育児ノイローゼにかかっていたのかもしれませんね」


「そうかもしれません」


うすうす気づいてた。


気分の上がり下がりが異常だと言う事。


数週間 寝込んでいた時もあった。


それは私が産まれてからも続いていた。


「精神科に通われたんですか?」


聞かれ 首を横に振り視線を落とした。


「わかりません。連れて行ったと言う話だけで その後どうなったのかお姉ちゃんも知らないみたいで」


「そうですか」


「なんだか」


私はフッと笑いが込み上げてきた。


同時に 涙も。


「母が一番 辛かったのかもしれませんね。知らない土地で 頼れない場所で三人の子供を育てて。限界が来たのかもしれません」


可哀そう。


そう 私はこの可哀そうと言う呪いに今でもかかっている。


先生は 私の言葉に眉をひそめた。


「あんなに酷い事を言われてもですか?」


「わかってます」


流れる涙を袖でふき取り また笑いが込み上げる。


あんな酷い事をされて 酷い言葉でののしられても なお母の事が可哀そうな存在と思えてしまう。


うつむいたままの私に 先生はカチカチとパソコンを打ち出した。


「親が子供に絶対言ってはダメなワードがあります。貴女は そのワードのランキング一位の言葉を言われているんですよ。ここまで生きてこれたのが 奇跡なぐらいです」


「奇跡ですか」


確かに 奇跡かもしれない。


その奇跡を 母は今でも恨んでいる。


いや もう覚えていないのかも知れない。


よく言いませんか?


言った本人は忘れているけど 言われた本人には一生残る傷跡。


死ぬまで その呪いの言葉と戦っていかなければいけない。


どうか これを読んでいるのが 今から母になる人。


今 母として育児と戦っている人。


いくら辛くても その場の感情に流されて この言葉だけは絶対に言わないで。


子供はね 大人になっても覚えているんです。


とても幸せだった時間を 全て帳消しにしてしまうほどの呪いの言葉。


辛くても 子供は悪くない。


でも 自分も悪いわけではない。


でも 禁断の言葉を言ってしまったら 


殴って 叩いてしまったら。


その時は 一時の感情ですむかもしれない。


だけど 人間は慣れてしまう生き物。


言葉も暴力も しだいと罪悪感がなくなり 普通の日常として取り入れられてしまう。


手を出して 暴言をはく時代は昭和で終わりです。


では 最大級の呪いの言葉はなんなのか。

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