第6話 望まない子
機嫌が良いとき 悪いときは誰にだってある。
母にも あった。
あったけど 私に対してはとてもあたりがひどく
それを兄弟が助けてくれる事はなかった。
兄弟に向ける笑顔。
幼い私は その笑顔を私にも向けてほしかった。
優しく名前を呼び 褒めたり 頭を優しくなでてほしかった。
でも その望みは叶わない。
私はどうして生まれてきたんだろうか。
小さいながらに そんな疑問を持っていた。
もしかしたら 本当の親は別にいるんじゃないかと。
本当のお母さんが 私を探してるかもしれない。
そんな淡い期待をした事もあった。
この時 テレビで流行っていた生き別れの番組に
私と似た境遇の人が 本当の親に会えたと言うエピソードを見た。
これだ!?
私は紙とペンを持って テレビに流れる番号を書き留めた。
これで 本当の親に会える。
愛情あふれる家に戻れるんだ。
「幸子、何書いてるの?」
声をかけてきたのは お姉ちゃんだった。
一緒にテレビを見ていた事に すっかり忘れていた。
とっさにメモ紙を隠そうとしたが お姉ちゃんのほうが早く紙を取り上げた。
書かれた番号を見て 笑いが込み上げるお姉ちゃん。
テレビに背を向け寝転がっている母に 「お母さん」と声をかけ
私が書き留めた紙を見せた。
最初は面倒な顔で紙を見つめていたが 流れる番組の音楽で状況が読み込めたのか
ハハッと 辛気臭く母は笑って体を起こした。
「幸子、あんた自分がこの家の子じゃないと思ってるの?」
冷ややかな声。
これは 怒ってる。
私は正座をして 怒られる体制にはいった。
いつも怒られる時は 自分は空気で ここには存在しないと まじないをかけていた。
一種の現実逃避だ。
無言の私に 母は紙をグシャッと丸めゴミ箱に捨てた。
余計な事をしたと感じたお姉ちゃんは そそくさと自分の部屋に逃げて行った。
「残念ながら」
そう言うと 私の肩を力強く握った。
「いたっ」
痛みで声を出すと それが気に入らなかったのか 力はもっと強くなった。
次は声を押し殺し 奥歯を噛みしめて我慢をした。
「あんたは 私の腹から生まれた子。信じたくなかったら 大人になった時でも戸籍を調べばいい」
愉快そうな声。
それは 私が涙を流しているから。
母は 私が泣いていると とても嬉しそうにする。
私が不幸だと もっと嬉しそうにする。
「なら どうして?」
震える声で問う。
怖いけど 母の顔をしっかりと見て
「どうして お姉ちゃんとお兄ちゃんみたいに 優しくしてくれないの?私も 優しくしてほしい」
ああ 涙で母の顔が見えない。
怒っているのか。
それとも 悲しい顔。
いや 悲しい顔などするはずはない。
現に 握りしめられた肩が 肉が千切れるんじゃないかと思うほど 力が増し
ドンッと勢いよく後ろに押された。
頭ごと後ろに倒れた私は 天井がグラッと歪むのを見た後 後頭部に激しい痛みを感じた。
痛みでもがく私を見下ろす母。
鼻息が荒い。
すごく 怒っているのがわかる。
謝らなきゃ。
今すぐ 謝らなきゃ。
だけど だけど。
声が出ない。
頭の痛みと 胸が締め付けられる痛みで 息も苦しく 涙も止まらない。
「あんたわね!産まれてきただけでも ありがたいと思わないといけない子なの!本当は産まれてくるはずじゃなかったんだから」
息を荒立てる母。
そう私は 誰にも望まれず生まれてきた子。
私が勝手に産まれたいと 願い 勝手にこの世に誕生した。
しかし 小さい頃の私にはわからなかった。
ようやく頭の痛みが引き 立っている母の足にしがみついた。
「どうして 産まれてくるはずじゃなかったの?私が産まれてきて 嬉しくなかったの?」
どうして こんな事を聞いてしまったのか。
過去に戻れる事が出来るならば これ以上小さな私が傷つかないよう その場から連れ去っていきたい。
けど そんな事は叶わない。
「嬉しい?」
憎しみいっぱいの目で 私を見下ろし ギリギリと奥歯を噛む母。
「嬉しいわけないだろ。子供は二人でよかったんだ。なのに もう一人できて。あの時は おろしたさ。だけど またすぐにアンタができて。続けて赤ちゃんを下す事が出来ないって医者に言われた時は どうして私の所ばっかり来るんだって」
短い髪を 荒々しく搔きむしり
「どうして お前は!」
声を荒げ 私の前にしゃがみ込むと 両肩をつかみ
「お前なんか 産むんじゃなかった。なんで産まれてきたんだ。なんで 私の所にきたんだ!」
私の中で 何かがはじけた。
と言うりも 思考が止まったと言ったほうがいいだろうか。
産むんじゃなかった。
そっか 私は勝手に産まれてきて お母さんに苦労をかけているんだ。
なんで 私の所にきた。
それは私にもわからない。
わからないけど 私が全て悪いのはわかる。
「産まれてきて ごめんなさい」
私には この言葉しか浮かばなかった。
お母さんは私を産み 後悔し 仕方がなく育てている。
望まれて産まれてきた お兄ちゃんとお姉ちゃんと 格差があっても仕方がない事だ。
私は 産まれて来てはダメな子だったんだ。
なぁーんだ。
じゃぁ、私を愛してくれる人はいないんだ。
じゃぁー、私はいらない存在なんじゃないのかな?
錯乱状態の母に揺さぶられ続けながら 私はそんな事を考えていた。
この時 四歳ぐらいだったと思う。
この言葉は 今でも私を苦しめている。
嫌なことがあった時 上手くいかない時 母の声がするのだ。
「産まなきゃよかった」
普通の人だったら だったら産むなよ!
と喧嘩になるはず。
だけど 私は違う。
私が産まれてきたのが悪い。
私が産まれてきたから お金がたくさんかかって 余分な費用が増える。
私のせいだと。
これが洗脳なんだと気づくのは まだまだ先の話。
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