死を呼ぶインターホン

廣島達哉

死を呼ぶインターホン

 「ねえ、知ってる?あそこの家のインターホンを鳴らした人は死んじゃうんだって」

そんな奇妙な噂を耳にしたのは、とある休み時間のことだった。小学六年生のサトルが暮らす近所には、ある噂が流れていた。

三丁目にあるリバーハイツというアパートの104号室。この部屋のインターホンを鳴らした人間は、死んでしまうというものだった。

事の発端は半年ほど前のことだ。ある郵便局員の男がリバーハイツ104号室に郵便を届けに行き、その後、魂が抜けたように上の空の表情で局に戻った男は他の局員が見守る中、突如、手首を切って自殺を図ったというのだ。警察が周辺住民に聞き込みをしたところ、郵便局員はインターホンを鳴らし、まるで住人と会話をしているかのように数分間立ち尽くした後、その場から去ったと言われている。郵便局員の男は病院へ搬送後、間もなく命を落とした。閑静な住宅地で起きた奇妙な事件ということもあり、近所では大変な騒ぎになった。サトルも、公園へと遊びに行く道中で見かけた井戸端会議や学校で先生たちが小声で話しているのを耳にして、事件の概要を知ることになった。

「でさー、今度その家にピンポンダッシュしようと思うんだけど…」

「え?」ケンジの突然の言葉にサトルは驚いた。

「だから俺たち三人でリバーハイツでピンポンダッシュしてやろうと思ってるんだけど、お前も来る?」ケンジ、カンチ、ヒロユキの三人が一斉にこちらを見て問いかける。反応を待っているようだ。サトルはこういった噂話や都市伝説が大の苦手だった。簡潔に言えば臆病な性格であった。

「俺は…」

「そう怖がるなよ!なんでもチャイムを鳴らしても住人の名前を言わなければ応答しないみたいだから」どこで聞いてきたのかもわからない事実であるかも定かではない理由を告げられ、サトルは説得力がないなとも思ったが、三人の熱心な視線に負け、結局、行くと返事をしてしまった。

「よし!じゃあ決まりな。放課後四人でリバーハイツに行こう」ケンジがそう言うと休み時間の終わりを告げるベルが鳴った。


それからというもの、サトルは授業の内容が一切頭に入らないほど、極度の緊張状態に陥っていた。なにしろ、学校が終わったら得体の知れない恐怖と向き合わなければならない。ホラー映画でさえ怖くて観れないのにと、恐怖で体が震えていた。せめてもの救いは一緒に行く仲間がいるということだった。

「そんなに怖がるなよ」カンチがサトルの肩を叩いた。

「俺たちは住人の名前を知らないわけだから、な」ケンジもサトルを落ち着かせようと続く。

「ここだよ」ヒロユキがふいに立ち止まり言った。

リバーハイツ。正面にそう記された二階建てのアパートは、壁に巻きつくように蔦が生え、部屋という部屋の窓ガラスは割られており、そこかしこが錆びれた、かなり古い建物だった。

「こんなところに人なんか住んでるのかな…」ヒロユキが訝しげにそう言った。

「とにかく行ってみよう。104号室…104号室は、と…ここか」ケンジが率先して先頭を歩き、目的の104号室を見つけた。

不思議と104号室の周辺だけは綺麗に整備されており、まるで新築であるかのような漆黒のドアが目を引いた。とても禍々しい空気を漂わせており、サトルは背筋が凍るような寒気を覚えた。しかし、他の三人は全くもって恐怖を感じていないらしい。むしろ好奇心ばかりが先行し、早くチャイムを鳴らしたくてウズウズしているようにさえ見える。

「行くぞ」ケンジがチャイムを鳴らそうと、人差し指を伸ばす。ゆっくり、ゆっくりと人差し指がボタンへと近づく。あと数ミリ。そしてついにボタンに指が届いた。ケンジはサトルらの方へ目配せし、勢いよくボタンを押した。

「ピンポーン!」

「走れ!」チャイムが鳴ると同時にケンジが叫んだ。四人は一斉に走り出し、左手の隅に位置する駐輪場へと身を潜めた。

「シーっ!」ケンジが口の前で人差し指を立てた。

「どんな人か見てみようぜ」小声でカンチが言う。

四人は隠れながら、玄関から誰かが出てくるのを待った。

しかし、一向に人が出てくる気配がない。おかしいなと全員が顔を見合わせた。その時だった。104号室の前に宅配便の車が停まった。

宅配業者の男が後部座席から荷物を探し出し、バーコードか何かをスキャン。荷物を手に104号室へと歩みを進める。そしてチャイムを鳴らした。

「ピンポーン!」

四人はどんな人が出てくるのかと固唾を飲んで見つめる。

不思議なことにインターホンから声は聞こえてこない。だが、宅配便の男にはどうやら住人の声が聞こえているらしい。

「あ!にしみかさまですか?お届けものです!」

「にしみかさま」…住人の名前のようだ。しかしそれどころではない。彼は住人の名前を言ってしまった。これは大変だ。彼はもしかしたら死んでしまうかもしれない…。駐輪場に隠れていた四人全員が再び顔を見合わせた。全員の表情が凍りついていることにサトルは気がついた。早いところここから立ち去った方が良い。

「もう行こうよ」サトルが皆に告げた。そして四人は静かに、それでいて駆け足で駐輪場を後にし、リバーハイツの敷地内を出てからは猛ダッシュで駆け抜けることだけを意識した。


「ねえ、知ってる?昨日またあった見たいよ!」

「何が?」

「ほら、あれよ。リバーハイツの…なんでも昨日はリバーハイツの前で男が自分に火をつけたんですって」

「あっ!じゃあ消防車やら救急車やら、すごいサイレンだったのはそれで」

「今度は宅配便ですって…怖いわ」

学校へと向かう道中、近所のおばさんたちが繰り広げる井戸端会議の会話が耳に入り、サトルは震撼した。昨日の宅配便の男はチャイムを鳴らし、住人の名前を口にした。だから命を落とした。サトルは駆け足で学校へ向かった。到着後、階段を駆け上がり、教室のドアを勢いよく開けると、ケンジ、カンチ、ヒロユキの三人の恐怖に満ち満ちた表情が目に飛び込んできた。

サトルたちは、リバーハイツ104号室の恐怖を目の当たりにし、噂が真実であることを知ってしまった。そして、住人の名前が「にしみか」であることも…。

噂というのは世間が作り出すもの。人々が数珠繋ぎに噂を広めるうちに、みるみるおヒレがつくようになり、次第に一人歩きし始める。

サトルたちは宅配便の男が104号室を訪れ、「にしみか」という名を口にするその瞬間までは目撃した。

しかしながら、本当に宅配便の男の死とその住人が関係しているのかは定かではない。

サトルたち四人は、これは噂だけでは片付かないことを悟るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死を呼ぶインターホン 廣島達哉 @TATSUYAHIROSHIMA14

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ