第3話メリークリスマス、レイ・ガール

 ────六年前、十二月二十四日


「今日はどういう日だ」


 半ば怒鳴るように、たかぶった声を男はスマートフォンにぶつける。

 冬の事だ。夜に吐く息の色もあって、その剣幕はまるで白い火を吐いているように見える。


「十二月二十四日」


 操作を誤ったのか、スマートフォンはスピーカーで通話相手の声を流しだす。

 耳元に当てているため、相当煩い筈だが、通常の音量に戻すのも煩わしいのか、男はそのまま通話相手に畳みかける。


「世間並みにどういう意味がある日か知っているだろうと言っているんだ。私は今日は休みを取っていた、今日サンガスイーパースの社屋に詰めている者に何故連絡を取らない。第一貴様も今日は休みだろう」


 興奮して、通話しながら身振りも出してしまったと見えて、足元への注意がおろそかになる。円を描く様に歩き回っているものだから、男の足は歩道上のA型バリケードに抵触し、バリケードは叫び声をあげて細い支柱の一本を僅かに宙に浮かせてしまう。


「順に答える。知った上で頼んでいる。休みは返上しろ。今日は何年に一度かというくらい淀澱の密度が濃くて、船谷でも脈が三つある。そのせいで別方面にも程度は落ちるが現象体が出る……幸いなことに、サンガでも、相応の実力者が担当するエリアだ。……お前ほどではないが。俺の休みの事なら、確かに今日は休みだが、これは仕事じゃない」


 男はせわしなく手を動かし、襟を直したり奇麗に整えた肩までの長髪を梳いたりしてなるべく平静を保とうとする。


「特別な日だ、私には約束がある。そんな頼みを聞くことはできない」


 通話相手がわざとか大きな音を立てて鼻を鳴らす。


「逃げるのか?」


「……なんだと、いや、その手は食わない」


 首を振ると答えて、男は深呼吸する。通話相手は明らかに男を挑発している。


「なんだ、とぼけるようなら丁寧に言ってやろう。俺より上だと常日頃公言しておいて、お前は都合が悪いとヨドミから逃げるのか、と俺は言っているんだ」


「普段は勝手に勝負にするなと言っているのは貴様だろう」


 通話相手は、今度は露骨にわらった。男の白い顔にさっと血の気が上がって紅潮する。


「いいか、手をついて三回回れ。それからこう言うんだ。女の尻を拝むご機嫌取りを口実に、唐臼十兵衛から逃げました、私はあの方より格下でございます、これよりは皆さま、わたしのことを糞虫とお呼びください、ワン、ワン、ワオーン」


 通話相手は、淡々と抑揚なく男に悪態をつく。付け足す様に最後に彼はさっきよりも露骨に笑った。


「待て、貴様……それはおかしいだろう」


「ワン」


 男が、オーバーグラスを外す。その下の丹念に整えられた長い眉は優美なカーブを釣り上げ、ヒクヒクと痙攣している。


「おい」


「言え、糞虫院」


「今から行く、貴様、済んだら骨の一二本は覚悟しておけ。貴様に一般的に言うべき謝辞と一般常識、それから他人への敬意というものを教えてやる!」


「俺が生きているうちにこいよ、九龍院くん」



 ───────────────────────────


 ───メリークリスマス。パパ。


 ───中学校に進学する今年くらいは、一緒の時間を過ごしたかったな。


 金髪にボブカットの少女はオーバーサイズのコートを羽織った小さな背中を丸めて、誰に聞かれることもない言葉を虚空に溶かす。


 ────そうなるかもしれないとは思っていた。一週間も前から、あたしのまわりにほんの僅かにあの、緑の霧が漂っていたから。


 それは少しずつ、脈を作って集まってきていた。濃くなっていたんだ。


 パパが昨日、十万円を渡して、メリークリスマス。プレゼントはこれで買いなさいって言ったね……。

 それで、パパが明日は帰れないと言った時にこうなることは決まってしまった。


 パパが真剣にあの人と付き合っているのは知っているよ。再婚だって近いうちにすることになるんでしょ。


 でも、あたしを置いてその人と会って来るのはどうして?


 ……娘がいるのは話しているはずだよね。


 それなのに、あたしがいることを忘れて、逃げて……今日、おいていくって言うの?


 優しくしてくれるけれど、パパは時々わたしと話するとき疎ましそうにするよね。


 それは、わたしが大きくなる度に増えていって、今では口を利くのもおっくうそうにしていることの方が多い。


 叱りもしない、褒めもしないで、ただわたしの事を疎ましそうに細目で見て、ため息をついたり、舌打ちをしたり。


 いつか、このままの明日を繰り返すだけなら、そう遠くないうちに、わたしはパパの事が嫌いになるんだと思う。


 わたしは、パパのこれからには邪魔なのかな。


 これからも、こんな思いは澱の様に積み重なっていって、わたしとパパは手を繋いで帰ってた頃とは別の人同士みたいになるのかな。


 ……まだわたしの中で、優しかったパパもいるうちに。離れていく予感でとどまっているうちに、わたしはパパから離れた方がいいと思う。


 それが、不可抗力ならすぐに忘れられるでしょう……?

 ────


 ────少女は、自分の心の夜を揺蕩いながら、廃ビルの屋上で東京のランドマークの一つである東京スカイタワーの灯をぼんやりと眺める。


 遠くに見えるスカイタワーはひときわ大きな星で、そのまわりの町の灯や航空障害灯は小さな星。


 地上に星があるのなら、夜の空の星も月もいらない。


 地上の光が照らしてくれるのだから、なくてもいい。


 もしかしたら夜にいるのはあたしだけで、パパは太陽の下の世界にいるのかもしれない────


 なんとなく手を掛けた手すりは錆びていて、いかにも細く、頼りない。


 海も遠くはない。潮風はここまで届いて、この手すりを錆びさせたものだろうか。


「メリークリスマス」


 優しい少年の声が、少女の背後から掛けられる。


 いつか聞いた懐かしい声。


 小さいころ隣に住んでいた男の子かな?


 それとも、やさしかった保育士の先生?


 ひょっとしたら、教育実習で来ていた実習生のお姉さんかもしれない。


 ……冗談で抱き着いてきた彼女は、とても暖かった。


「……遅かったね」


 少し湿った声で背後からの声に返答すると、少女はブーツを掴んで立ち上がり、レザーワンピースのミニスカートについた、コンクリートの粉末と埃を払う。


「すこし、道が混んでいたんだ」


 優しそうな声が答える。屋上の入り口ドアと反対方向の、ソーラーパネルの下の人影が発したのだ。


 男性か女性か判然としないが、影は少女と同じか、少し高いばかりの背丈と見えた。


「そか」


 にひっといたずらっぽく少女が笑う。


「来たのが誰かは気にしないんだ?」


「いいよ、誰かが来てくれたんなら」


 首を横に振って少女は歩き出した。影に向かって。


「だよね。僕たちもそうだった。ずっと待ってた……」


「うん……」


「寒いのはイヤだよね」


「そだね。でも、皆寒いなら……寂しくないから」


 風が強い。巻き上げられた前髪を抑え、反対側の手で少女は目元を拭う。

 歩みは止めない。影は灯の下に出たがらないだろうから。










 ドン。


 少女は、肩を震わせてそのものすごい音をした方を振り返る。


 屋上の入り口、薄いスチール製のドアが凄まじい音を立てたのだ。屋上に昇ってきた誰かが向こう側から叩いたのだろうか。


 もとより、こちら側から施錠は出来る作りにはなっていない。


 ドアの向こう側にいる何者かは、施錠されているものと即断してドアをものすごい力で突いたのだろう。


 薄いとはいえスチール製だ。わずかに撓んだそれを見て、少女は、ドアの向こうにいる何者かの尋常ならざる怪力を思う。


「掃者」


 影がざわめく声色で口走る、その声色の乱れは、虚を突かれた驚愕から顕れたものだったろうか。


 ドアは続けざま、鳴く。


 二人は物音と異常な殺気をに気圧され、あとじさる。


 二度、三度、四度目でドアはもうほとんど折れ曲がるようになり、折れた蝶番のねじが跳ねて逃げ出す。


 無残な姿になったドアが、もう一度ひときわ大きな音を立てて吹き飛んだ。


 ドアの骸を圧し飛ばした黒色は、ブーツの爪先だろうか。


 少女は、蹴り飛ばされたドアが落ちたその向こうに、身長の半分ほどの棍を手にした人影を認める。


 フードを目深にかぶり、顔が見えない。身長、体格から言って男性だろう。


「月が奇麗だな」


 影に声があるとしたらこのようなものだろうか、抑揚のない、暗い声。


 男が左手に保持した長物の根元を、右手が掴む。


「遠壱蛭」


 続けたその声が夜に溶けるときにはもう、長物から黒い刀身が引き抜かれ、現れいずるその刀身から発した光芒が、七八メートルは離れた少年に殺到していた。


 そこに立った影はスイーパーで、今その得物から発した怒涛のようなそれは、ヨドミを切断する光、地穢なのだろう。


 少女はそれを見て取った。自分は今日、ここでヨドミ……目の前の少年と邂逅するはずだった。


 それが、彼女の天目には淀澱の霧の流れとして見えていたのだ。


 そして、それにナイトウォッチよりも先に気づいたスイーパーがここに来たのだと彼女は順序だてて理解する。


 不吉なる光芒は、一瞬に彼女の前を通り過ぎる。


 男の掃器と思しき直刀から離れた光芒は、一般的にはすぐに霧散が始まり、この距離では減衰してしまう……少女の知識では、その筈だった。


 剣撃の軌跡、その前面から走ったその、色づいた新月をそのまま持ってきたような光は、飯綱の速さで、少年らしき影を捉え、肉の焼けるような音と共に彼の右側三分の一を食いちぎる。


 たやすく少年の身体を引き裂いたそれは、彼の背後の、屋上で設置されたままで放置されているソーラーバネルの支柱の一本に命中する。


 悲鳴を反響させ鳴いた支柱は錆びているとはいえ、支柱は鋼材だろう。


 それがまるでプラスチックの棒切れの様に歪み、曲がった。


 上面のソーラーパネルまで衝撃が伝わったのか、亀裂の走る乾いた音がする。


 異常な……物理的な破壊を伴うほどの地穢の放出だ。


 その、異常な地穢の奔流に引き裂かれた影も溜まらずバランスを崩し吹き飛ばされる。


 男は、長物の反対側の根元からもう一本、鍔のない直刀を引き抜く。


 手にした得物は二本の直刀となる。


 首の隠れるようなぼさぼさの長髪に、フード付きのレザーのコートをひっかけた男の猛禽の眼光は、手にした得物の黒い刀身よりも、白い月よりも妖しく、ぎらと光っている。


「な……何!?誰よ、ここに何しに来たの!」


「うん……彼か彼女は現象体なんだが、大型化しない。高機能で現象したということだな」


 一撃で半身を吹き飛ばされた影が、虫の様に蠢く。


 かと思えば、影は一瞬のうちに元のシルエットへと回復し、立ち上がっていた。


 少女の問いに、男は一瞥もせずに、明後日の方向を向いた返答を返し、視界を確保するためにか被ったフードを外す。


「邪魔しないでよ!今更……今更助けになんて来ても……遅いんだよ!あたしは一人で……どうせ、また繰り返しになるだけなんだから……」


 男は連結された双方向に抜刀するための機構付きの鞘を投げ捨てて歩きながら、感極まって絶叫した少女の前を横切って影へと向かう。


 鞘は木製らしく、どこかとぼけた音を立てて屋上に落ちた。


「遅いことはない」


 ひたとスイーパーらしき男のブーツが少しの間歩みを止める。


「……っ」


「この現象体は苦しみから解放することが出来る。それは確かなことだ」


 少女を行き過ぎた猛禽の目は、振り抜かぬまま二つの直刀を低く構える。

 ショートボブの銀髪に銀の瞳。学生のような詰襟姿。

 暗闇から慎重に這い出してきた影は、美しい少年の姿をしていた。


「いい男、おせっかいの為にいつまでも苦しむものじゃないぜ」


 静かに少年に呼ばわる男の声に、少女が動転して噛みつく。


「あんたこそ、あたしに余計なお世話!おせっかい押し付けに来たんでしょ……!?」


 男が、背面の少女を一瞥しようとしたが考え直してすぐに視線を戻す。


「誰だよ、君は。君のことを俺が関知する理由があるか」


 ず、と少年が前のめりになる。


 前に出る構えを見せた少年の呼吸を読んで、男は半歩下がり、立ち位置も横にずらす。


 丁度、少年の視線から少女を阻むように。


「あたしは……待ってたんだ、一週間も前から、ずっと今日一人な予感がして」


 少女が駄々をこねるように大声で喚く声を聴いて、一瞬男の顔を影が横断するが、それは瞬く間に消え失せた。


 今度は、少年が左手に大きく一歩を踏み出すと見せて、反対側に小さく飛ぶ。


 飛びながら少年は腕を軽く振ったと見えた。


 まだ男と少年の間合いは五六歩離れている。


 しかし、少年の振った腕は影の色となり、間合いなど無視するかのように伸びて、男に殺到していた。


「ツェイッ」


 それを知っていたかのように男は剣をもう払い、さらに返していた。


 少年の伸びた腕は空中で打たれ、返す刀で切断されていた。


 伸びた部分が霧となり、少年の腕は幻の様に元の形に引き戻る。


「わたしにこの霧はその間、寄り添ってくれていて……今日、連れていってくれるはずだったんだよ!?」


「見りゃわかるよ、うるさいな」


 影が反対側の右手を差し伸べた刹那、それは先ほどよりも長く……今度は六七メートルも伸び、孤を描く様に空中を走る。


 乾いた音が鳴り、男の直刀はまたもこれを叩き落す。


 少年の腕を引き戻す動作が速い。引いたと思えば、さらに間合いを話している。


 先ほどの強力な光の一刀を警戒しているのだろう。


 男が構えを締め直し、唾を飲み、少年と男は遠間でにらみ合う。


 銀の瞳、視線を外さずに、少年がなだめるような声で少女に呼びかける。


「大丈夫、すぐに君を苦しみから自由にしてあげるから」


「そうか、そいつはどうも意見があうな」


 横合いから、影が呼ばわる声に割り込んだ猛禽の目の男が、月の光の様に隠微に笑った。


「行くぜ、友よ」


 少年は獣の様に四つ足の異形の構えを作る。


 少女の目には、知った誰かに似ているが誰にも似ていない……そのような人の姿に見える。


 シャッと寄生一叫、少年の腕がまた音もなく伸びる。

 水を打つような勢いで男に殺到するそれは途中で割れ、それぞれが違う軌道を描いて男に殺到する。


 男は前に跳ね、それらをタイミング合わせて直刀で叩き落しながら少年との距離を縮める。


 少年もひとところにはとどまっていない。


 地を蹴って横跳びに跳ねると、男との距離を少年も詰める。


 今度は両腕を前に突き出して、先ほどよりも細かく枝分かれした影の刃と成す。


「掃技・似斬早日」


 片方の直刀が消えた。


 その、消えたようにも見えた直刀が連撃を繰り出した瞬間に紙鉄砲をむやみに大きくしたような乾燥した音が鳴り響く。


 音から一瞬遅れて、細かくなりすぎた影の刃は二つの光の剣痕に呑まれ、無残、ばらと砕け散る。


「ヤエーッ!」


 足が止まり、無防備になった少年の胸元目掛けて男がさらに踏み込み、もう片方の剣から突きを繰り出す。


 剣は届かないが、剣から発した光の針は少年の胸元を捉えるかと見えた。


 少年はスウェーをするように、後ろにのけぞってそのままの勢いで後ろに倒れこむ。


 人体であれば死に体であるが。


 後ろに横たわっていた自分の影に少年は沈むように潜る。


 影は魚の様に床を泳ぎ、男の側面から後ろに回り込もうとする。その動きは素早く旋回する男よりなお早い。


 影から無数の針が発し、男を捉える直前、男は横に飛び、屋上の手すり、その低いところをさらに蹴って、手すりの上に乗り上げていた。


 数えきれないほどの影の針は軌道を変え、危うい足場に立った男を追う。


 地上十四階、屋上の手すりに追い詰められた男は影の針を嫌って手すりの上を走る。


 細い影の針の群れとは別に、本体らしき影からもう一つ、太い影の針が発する。


ていッ」


 攻撃を引き付けたと見た男は、手すりを飛び降りながら躊躇なく片手の得物をまっすぐ影に向かって投げる。


 細いものと太いもの、二種の影の針の隙間を縫いとるように飛んだそれは見事影の中心を捉え、ものすごい音と共にコンクリートに亀裂走らせ突き刺さる。


 弾き出されるように、影から少年が飛び出し、地面を転がる。


 得物が少年の本体の一部をざっくりと裂いたようだ。今度は、腹にあたる部分にものすごい切創が出来ている。


 地面に脚をついた男は間髪を入れずに残った得物を上段に構えた。


 男が地を蹴って、飛ぶように間合いを詰める。


「葬技・夜刀神」


 掃器そのものも直撃できるような間合いにまで距離を詰めると、雷のような剣撃の雨は、攻防の構えを作ろうとしていた少年の上に降り注いで構えごと彼を圧し潰したと見えた。


 凄まじい剣風は砂埃を起こし、あるはずの銀の瞳の少年の姿を隠す。


 左手で胸部、頭部を隠しながら男が後ろに小さく飛んでそこから間合いを取る。


 牽制の為に払ったと思しき影の鞭が砂埃から発し、虚しく空を切る。


 男の八連撃は、何発か直撃を外した。


 少年は身体を焼き滅ぼす雷の連撃に打たれながらも後ろに跳ねたのだ。


 これだけのタフネスと敏捷性が見られるものは高機能現象体でもそこそこ限られる。


 腰を抜かして、呆然と事の成り行きを見守っていた少女は、「こんなの、デタラメじゃない……」と呟く。


「デタラメというほどではないが……高機能だけある。敏捷性もあり、堅牢だ」


 お前の事だよ、少女は心の中で毒づいて男を睨む。


 砂埃を巻き上げて、少年の姿を隠していた風が晴れる。


 少年の詰襟制服は無残に切り裂かれ、右足、右腕は切り飛ばされている。掃技を受けた範囲が大きすぎる。技を受けた場所を他の所に押しやって、身体を作り変えるのも限界に近付いていると見えた。


 しかし、少年は未だ芯体は晒していない。虚ろな銀の瞳には、寂しい闘志の様なものが燃えているようにさえ見える。


 少年の切断された四肢からは、影の炎が蠢いてなお男の隙を伺っていた。


「……かといって、十絶葬を使うほどの賭けには出られないな。……君は強い。一手で逆転すらして見せるだろう」


 油断なく正眼の構えを閉めなおすと、立っている場所を確かめるように地面を踏みしめて、男は静かに感心する。


 ふと、少年は背後を気にするような素振りを見せる。背後というよりは階下か。


「気づいたか。近くに現象したヨドミも、別のスイーパーが祓った。……君と同じくらい強力な現象体だったと思うが、そのスイーパーも、俺と同じくらいは戦える。融合して巻き返すということももう、出来ない」


 少年の身体は、傷口の周りをどう治すかを逡巡するように蠢いている。


 男は、正眼の剣を上段に付けた。


「絶対に……助ける……君を……」


 少女を少年が見る……。その銀の瞳から影の色の涙を流している。声は、呻くようなものだった。


──葬技」


 少年があがく様に振るった左腕の一撃を払う、男は剣の間合いに入って、静かに告げ、高く掲げた剣をゆっくり振り下ろす。


「──大壱蛭」


 刃に収束した細く、しかし強すぎる光が、少年の体躯を芯体ごと両断した。


「──葬却。またな、兄弟」


 風が吹く。


 霧が起こり、すぐにそれは風にさらわれて流れていく。


 カチン、という硬い音共に、二つに割れた芯体が男の足元に落ちた。


「……何を言えばいいのか、わかんない……なんで邪魔したの?とか……ほっといて、とか、ありがとうとか……わかんない、いろんな気持ちがあって、今、あなたに全部向いてる……なんで……?ねぇ。なんでだよぉ…………」


 男は、足元に落ちた芯体を慈しむようにそっと拾い上げる。


 しゃくりあげて、男を糾弾しながら子供の様に嗚咽する少女を彼は振り返る。


「……ああ、そういえば、さっきも言われたな」


 男の電話が鳴った。


 それには構わずに、白い息を一つ吐いて見せると、唐臼十兵衛は言葉を継ぐ。


「……メリークリスマス」


 少女、玲 哉に向けて。

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