第37話 パルプ・フィクション

「俺の家の前にニガーの死体預かりますって看板が出てたか?出てないよな?何で俺の家の前にニガーの死体預かりますって看板が出てなかったと思う?俺の家じゃ、ニガーの死体は預からねえからだ!!」


 画面の中で眉をハの字にして困り顔のクエンティン・タランティーノがコーヒーの入ったマグカップ片手に叫ぶ。4Kテレビに映し出された彼の姿は若々しかった頃のものだ。


 これは映画パルプ・フィクション。1994年の映画だ。カンヌ映画祭とやらで受賞したらしいが俺にはそんな事はよくわからない。ソファに座る俺の隣でアマテラスこと天野照美が目を輝かせながら映画鑑賞をしている。室内の電気は落としている。こうした方が映画館気分とやらを味わえるとのことだ。ラブホに初めて入った恥じらいJKかよ。俺も入ったことは無いが。全く映画ファンはこういうとこが細いから面倒くさいものだ。


「もうすぐ良いシーンよ!」


 ぼんやりとしていた俺の肩を天野照美が興奮気味に叩く。ジョン・トラボルタ演じるギャングのヴィンセントはボスの妻であるユア・サーマン演じるミアの世話を頼まれるがボスの女に手を出したら命はまず無いのだがそれにも関わらず彼女に惹かれていってしまう。思えば俺も似たような状況である。隣に生身の女がいるのにも関わらず何も出来ない。何せこの女は激昂すると体温が4桁台に跳ね上がる。我が家を灰と化すにはちょうど良い温度だ。例のシーンはレストランでジョン・トラボルタとユア・サーマンが共に陽気で軽快なダンスを踊るシーン。天野照美は大はしゃぎである。


「ここよ!ここ!何度見ても最高だわ!」


「ああ・・・」


 しかしジョン・トラボルタもこの頃になると少々オッサンくさくなってるな。と思いつつ嬉しそうに画面を眺める天野照美の青い光に照らされた横顔を眺める。またも俺たちは彼女が持って来たDVDをこうやって二人で鑑賞している。


 おい、ちょっと待て。これはいわゆる家デートというやつなのか?俺たちは付き合ってるのか?そんなことが頭をもたげる。頭がオーバーヒートしそうになる。いやいや、余計なことは考えず映画に集中するとしよう。


 映画の中ではジョン・トラボルタとサミュエル・L・ジャクソンがTシャツ姿でカフェを後にするシーンで終わる。陽気な音楽と共にエンドロールが流れる。こいつ世間ではアマテラスと呼ばれるスーパーヒーローである天野照美はこうして我が家に入り浸りオススメの映画のDVDやブルーレイを持ってきては俺に見せてる。これはいわゆる家デートというやつなのだろうか?この俺が?


「あの娘は少女時代から研究所に隔離されて育ったから同世代との触れ合いに実は飢えてるのよ」


 この前、電話で相談した時に韋駄天はこう言った。なるほど。果たして彼女は俺をどう思っているのだろうか。発光する画面に照らされた天野照美の横顔を眺めながら思う。


「私ね〜あのユア・サーマンとジョン・トラボルタが踊るシーン。アレをいつかやるのが夢なのよね〜」


 天野照美は目を輝かせながら言う。例のユア・サーマンとジョン・トラボルタがレストランでキレキレのダンスを決めるシーンか。


「そうか。いつか叶うと良いな」


「でも一人では無理なのよねえ。男女二人のペアじゃないと」


「そうだな」


「いつか素敵な彼氏を見つけてね。ふたりでダンスを踊るの。それが私の夢。だけどこんな太陽女じゃ難しいわよねえ」 

 

 天野照美は宙を見つめながら独り言ちる。


「ごめんね。長居しちゃって。そろそろ帰るね」


「ああ」


 ここは我が大乃島の夜の海辺。波が寄せては返す。水平線の向こうから波しぶきを上げてアマテラス専門タクシーが向かってくる。韋駄天のご到着だ。


「何か進展はあった?」


 韋駄天は俺の耳元で悪戯っぽく囁く。


「そんなもん無えって」


 韋駄天はフッと笑う。何かを見透かしているのだろうか。


「冴ちゃん、早く帰ろー」


 お姫様はうながす。


「はいはい」


 と韋駄天は天野照美をおぶって水平線の向こうへと消えるのだった。




 


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