第36話 ケイン・フリーマン・Jr.議員

 モニターの中では我がMr.スターズ・アンド・ストライプスの星条旗柄のアーマーが放水により洗われていく。アーマーの表面には戦闘で得たいくつもの傷跡、そして弾痕が見られる。返り血も然りだ。それらが洗い流されていく。


「やあ、調子はどうだ。議員殿」


 サミュエル・スナイダーが私が待機する部屋にコーヒーが入ったマグカップをふたつ持って入室してくる。ここはアメリカ内の米軍基地のひとつである。


「その呼び方はやめてくれないか。サミュエル・スナイダー」


「お気に召さないかな?ケイン・フリーマン・Jr.議員」


 そう言ってサミュエル・スナイダーは私に熱々のコーヒーが入ったマグカップを差し出す。私はコーヒーに口をつける。上等な豆が使われているとは言い難いが戦闘後の疲労を吸い取ってくれる。サミュエルは私のコーヒーの入ったマグカップにカチンと自らのマグカップをかち合わせると中に入ったコーヒーを飲み干していく。サミュエル・スナイダーのアフリカ由来の黒い肌には喉元から左目にかけて裂傷の跡が見られる。かつて戦場で負ったものだ。その左目を失明を免れその眼光鋭い黒目は未だ健在だ。


「あのクソみたいな戦場で、あの妊婦が、正確には妊婦なんかじゃやなかった。妊婦を装った自爆テロリストだ。あの時、お前を身を呈して俺をかばってくれなかったら俺は今頃あの世でマイケル・ジャクソンと一緒にムーンウォークしてるところだった」


「礼には及ばない。戦友を救うためなら誰だって同じ行動を取るだろう」


「そういうところ、お前の相変わらずなところ好きだぜ」

 

 そう言ってコーヒーのマグカップに口をつけ飲み干す。今はもう深夜だ。カフェインを摂って良い時なのだろうかとふと思うが国防を担うこの男に取って昼も夜もないのだろう。あの時、私は確かに爆破テロをもろに食らい生死の狭間を彷徨った。しかし強化兵士を作るために作成された試験段階の超強化精製剤

を一か八かで注入された私は人並み外れた身体能力すなわち超人的な腕力、体力、治癒能力を得たのだった。


「ところでデスペリアはどうなったんだ」


「奴か。米兵らの包囲網を軽機関銃の乱射により強硬突破して今は行方知らずだ」


「すまない・・・私が奴を押さえ込むのに成功していれば・・・」


「まあ、そう気にするな。研究所から人質として連れ去られた科学者たちは奪還するのに成功した。お前のおかげだ」


 デスペリア。絶望の名を冠するテロリスト。私と同じく超強化精製剤を実験によって注入された囚人。元々は我が米国を攻撃するテロリストだった。捕らえられ収容所に収監されていた。囚人に対する人体実験。これは我が祖国といえどとても褒められたものではない。しかし他の囚人は拒絶反応を示し死亡したが奴は違った。人並み外れた身体能力を得て計画を主導していたスティーブン・サマーズ博士を殺害し他の捕虜を扇動し反乱を起こし脱出。そして反米テロ組織兼傭兵部隊を結成。どんな依頼でも受けそれで得た資金により日夜、我が祖国アメリカへのテロを画策している。


「デスペリアは一体何を強奪したんだ。よほど貴重なもなのだろう」


「俺だって全てわかるわけじゃない。つまりだなバスケでいやボールを奪われた。何はともあれそれを何としてでも奪い返すのが俺らの仕事ってわけさ」


 デスペリアは我がアメリカ内のとある科学研究所を手下とともに襲撃。ある貴重な研究サンプルを強奪し数名の科学者を人質として連れ去った。これが今回の事件のあらましだ。


「だがしかし、未だにブツは奴、デスペリアの手の中だ。これは一体どうやって取り返したものかねえ」

 

 そう言ってサミュエルはコーヒーをすすりながら頰を掻く。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る