第35話 サタデー・ナイト・フィーバー
ジョン・トラボルタ演じる主人公の青年は貧しいイタリア系の一家の息子でペンキ屋で安月給で働いている。そんなうだつの上がらない彼の唯一の楽しみは週末にディスコで踊り狂うことなのだった。いやあ、しかしこの頃のトラボルタ若いなあ。髪もフサフサだぜ。
俺の隣ではアマテラスこと天野照美が俺と同じソファに腰かけて目の前のテレビで再生中の映画を観ている。この方が映画館気分を味わえるという彼女の要望で室内の照明は落としてある。発光する画面に彼女の白い顔が照らされている。そういや、こいつけっこう睫毛長いな。何だこれはまるで家デートみたいだ。やっとこのクソ小説も俺にサービスする気になったのか?
「やめて!私に乱暴する気でしょう?エロ同人みたいに!」
俺の脳内妄想の中でアマテラスこと天野照美が叫ぶ。いやいや激昂すると身体の表面の温度が瞬時に四桁台になる女に何かしようとする男はいないよ。一瞬で我が家が灼熱地獄と化し俺のコレクションやフィギュアが灰と化す。
様々な挫折を経験したトラボルタは地下鉄の電車でヒロインのもとへ向かう。トラボルタとヒロインが抱き合いビージーズの愛はきらめきの中にが流れて映画は終わる。天野照美は目を潤ませている。例の陰気臭いサングラスをつけていたときはこんな間近で表情を垣間見ることはなかった。こんな素直に感情を出すやつだったのか。
「わかった?サタデーナイトフィーバーは中身の無いディスコ映画なんかじゃなくせつないラブストーリーであり青春映画なのよ」
「わかったよ。けっこう重いっていうかシリアスな映画だったね」
天野照美は熱心な語りぶりを見るにこいつも結構なオタクだな。自分の好きなものをけなされると許せないとことかまさに。と思った次の瞬間、彼女の腹部からぐぅ~と鳴き声のような音が響く。その音を俺に聞かれた天野照美は赤面する。これはまずい。我が家が一瞬でヒロシマと化し俺のコレクションとフィギュアが死ぬ。というか俺のお世話をしてる馬虎さんも文字通り死ぬ。
「生理現象だ。恥ずかしがらなくていい。自然なことだよ。誰にでもあることだ。映画に夢中で空腹に気付かなかったんだろ。恥ずかしがることはない。な、だから落ち着いてくれ」
俺は照美の肩に手を置いてなだめる。その身体はどんどん熱くなっている。このままでは衣服が燃え尽きさらに悲惨なことになる。
「さあ、深呼吸して。ヒーヒーフーハー」
自分でも思ったがこれはラマーズ法というか妊婦への対処法なのではないかと思ったがまあいい。照美は深呼吸して意識を整える。彼女の肩に置いた手を通して体温が下降していくとのを感じる。こいつなり常に体温を一定に抑えるべく自制しているのだろう。気づくと汗だくでぜえぜえと呼吸を整えている。俺は我が家が灼熱地獄と化さずに済んでほっと胸を撫で下ろす。
「美味しい!」
と照美は料理を口にして言う。馬虎さんが夜食として作ってくれたステーキを頬張りながら幸福そうな笑みを浮かべる。我が家を灼熱地獄にしかけた女が。まあ、いい。それはもう忘れよう。
「喜んで頂けて何よりです」
馬虎さんは言う。この女、さっきはあなたを焼き殺すところでしたけどね!俺は喉元まで出かかった言葉をグッと押し込める。
「真夏の夜の淫夢って何よ。何でこんなものを丁重に飾っているのよ。全く理解出来ないわ」
食事を終えた照美は俺の部屋を探索中だ。
「プレミアが付いて今や30万以上するんだぜ」
「てか何でVHSなのよ。理解出来ないわ」
燦燦と真夏の日光が降り注ぐなか日光浴を楽しむふたりの男。アイスティーに混入される白い粉。睡眠薬。何も起きないわけがなく・・・
というわけで俺と照美は大画面の4Kテレビで真夏の夜の淫夢を視聴してる。この為だけに購入したVHSビデオデッキを使って。
「ねえ、あんたって、その・・・ゲイなわけ・・・?」
そこ来ますか。淫夢厨が往々にして言われるセリフだ。
「仮にそうだったとしても。何ら恥じることは無いのよ。今は多様性の時代だわ」
「俺はゲイじゃない。これはそうだな。一種の趣味だ。イタリア人でなくてもパスタやピザを食べるようなにな」
「なるほど。そうなのね」
妙に納得してくれたようで結構。照美のスマホが鳴り響く。照美はちょっとごめんねと俺に断りを入れてから電話に出る。
「冴ちゃん。私の方は大丈夫よ。そうね、もうすぐ帰るとするわ。大丈夫。何にもされてないって。もうすぐ帰るから。心配しないで」
「韋駄天か?」
「うん。心配しているみたい。もうすぐ迎えに来るって」
そうして我が拠点である大乃島の海岸に俺とアマテラスこと天野照美は佇んでいる。アマテラスには飛行能力はあるがそれを発揮すると衣服が燃え尽きてしまうし持ち物が全て燃焼してしまうためこうしてデリヘルドライバーのごとく韋駄天が送り迎えをする羽目というわけだ。サタデー・ナイト・フィーバーのDVDを照美は何なら貸してくれると言ったが俺は一回見ただけで十分だと告げた。水しぶきを上げながら海面を超高速で走る韋駄天が近づいてくるのを感じる。
「おまえってさ。ジョン・トラボルタが好きなの?」
この微妙な気まずい沈黙が耐えきれず俺はたずねる。
「そうね。彼、カッコいいわね」
「今は、もうすっかりオヤジだけどな」
天野照美は押し黙る。俺の悪い癖だ。要らん口を叩いちまう。
「まあ、他にもオススメがあったらまた見せてくれよ」
「ミッドナイトクロスは?」
天野照美は口を開く。
「さあ、知らないな」
「トラボルタの初期の傑作よ」
「そうか、また見せてくれよ」
「そう、また持ってくるわ」
照美は俺に向かって微笑みかける。韋駄天がその向こうから到着しようとしている。この逢瀬もそろそろ終わりのようだ。
超人(スーパーヒーロー)だけど何か質問ある? ひらきみ @hirakimi
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