第11話 Mother

 幼い頃の記憶。他の子供たちから離れて座っていると彼女が語りかける。


「みんなと遊ばないの?」


「みんなこわがってよってこないよ・・・」


「そう。では私と遊びましょう」


 ここは深夜の病院。生命維持装置の無機質な起動音が響く。俺の目線の向こうではマザーこと緋呂雅子がベッドに横たわっていた。口元には人口呼吸器が取り付けられていた。医師の説明ではナントカ症候群とかいう難病らしいが医学についてはさっぱりわからない。とにかくまだ治療法が確立されていない難病らしい。


「治るのかな・・・」


 俺の隣にいる管涼子が言う。


「わからない。でも我々なら優秀な医師を集めて一流の医療を受けさせることができる。あなたが協力してくれればね」


 どうやら連中は俺の力が欲しいらしい。


「取引ってわけか」 


「まあそうね。足元を見るようで心苦しいけど。あなたは軍事バランスを塗り替えるほどの力があるかもしれない」


 俺の中で管涼子の声が次第に遠のき意識は過去に引き戻される。あの日、幼い頃に俺はシャベルを片手に佇んでいた。地面に木の棒でこしらえた粗末な小さな十字架が突き刺さっていた。俺が育ったひかりの園ではニワトリを飼育していた。俺はマザーにある卵を託された。羽化するまでちゃんと目を離さず面倒を見ることと。どうせ暇だった俺はあくる日も卵を手で割れないようにそっと温め続けた。


 そんなある日のことだった。ついに卵は羽化し小さな雛が顔を覗かせたのだった。刷り込みといって鳥は羽化して初めて目にした存在を親と認識するらしい。見事に雛は俺を親と思い込んだようで懐いてくれた。俺は奴にピー太と名付けて育てる事にした。


 人間より動物の方がずっと良い。ごちゃごちゃと面倒臭い事も言わねえしな。いつしか俺はピー太とばかり遊ぶようになってた。


 そんなピー太だが成鶏になったまもなく病気にかかって死んでしまった。


「埋めてお墓を作ってあげましょう」


「ちゃんと餌も水もあげてたはずなんだ・・・つい最近まで元気だった・・・」


「そうね」


 マザーが俺の頭を優しく撫でる。いつ間にか俺の両目から雫が垂れていた。これが涙ってやつか。マザーが口を開く。


「あなたは口が悪くてとても乱暴だけど本当は優しい心の持ち主だということを私は知ってる」


 マザーは俺の肩に手を置き屈み込み視線を合わせてくる。


「でも、あなたの力はあまりに強過ぎる。周りがあなたを恐れるのも無理がないかもしれない。それでもあなたの心優しさを理解してくる人間がいつかきっと現れると信じている。あなたはあなたなりのやり方でいつか世の中に貢献することでしょう。それを私は信じている。それまではおそらくとても辛いでしょう。でも信じて。あなたはきっとこの世に貢献する事が出来る。それを私は信じてる」


 そう言ってマザーは俺を強く抱きしめた。


「緋呂力人さん。緋呂力人さん。聞いてるかしら?」


 菅凉子の声が響く。俺の意識は再び現在に連れ戻される。


「我々にはあなたの力が必要なの。協力してもらえるかしら?」


 菅凉子が俺に向かって手を差し出してくる。俺ははその手を握り返す。彼女の細っそりとした手は冷んやりとした感触だった。


「で、俺は何をすれば良い?」

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