第9話 それが大事

 青い空に光る青い海。俺は空を飛んでいる。装着したヘッドセットから丘学人おかがくとのチー牛ヴォイスが響く。




「音質を以前より改善してみたんだけどどうかな?」




 俺の聴覚は通常の人間より遥かに鋭敏なためヘッドフォンやイヤホンでダイレクトに音声が鼓膜に響くのはキツいものがある。そこで学人が高過ぎず低過ぎず俺に適した周波の音を分析して調整してくれた。こういうとこは役に立つチー牛だ。




 だがこの俺の繊細な耳に響くべきなのはこいつのくぐもったチー牛ヴォイスではなく人気Vtuberの黒鉄リアムの麗しいASMRであるべきだ。イヤホンで音量を最低レベルにして聞くのがミソだ。俺の聴覚ならこれでも十分である。




 ヒーロー物が陥りやすい点といえば主人公がヒーローになる過程いわゆるビギニングの部分がかったるくなりがちだということだ。たとえばアイアンマンで主人公のトニー・スタークが例の赤と金のカッチョいいスーツに身を包んで本格的に戦うのは映画が始まって1時間15分以上経過したところでだ。


 


 というわけでこの小説もやっとのこと第9話にしてやっとのことスーパーヒーロー物らしくなってきた。それまではほとんどタイトル詐欺って感じだったが。




「力人くん」




 学人が語りかける。




「パトロールが終わったら超総研の研究所に寄ってほしい。色々とテストしたいことがあるんだ」




「無理だよ。15時から黒鉄リアムの生配信がある」




「力人君、これは我が国の国防にも大きく関わることなんだ。君はそれよりVtuberの配信の方が大事なのかい」




 野暮なことを聞かないでくれ。チー牛のよくわからない研究に付き合わされるのとVtuberの配信どちらかが良いなんて考えるまでも無い。そんな矢先ヘッドセットに若い女性オペレーターのアナウンスが響く。




「領海付近で2機の不審機を発見!出動を願います!」




 俺の右腕に取り付けられたアームバンドに装着されたタブレットに2機の不審機の位置と俺が現在いる地点が表示される。飛ばせば大したことない距離だろう。




 しばらく飛ばしていると報告通り2機の戦闘機が我が領空をうろちょろしてるのが見てとれた。後ろからこっそりと近づくがレーダー感知されたらしく2機の戦闘機は一気にスピードを早め離脱しようとしていた。




「お、かけっこか?負けねーぞ!」




 俺の方も負けじとさらに飛行スピードを加速させる。どんどん距離が狭まっていく。




「追いついた!」




 俺は2機のうちの1機の上空にピッタリと張付く。ガラス越しにコックピットのパイロットがあわて気味に顔を上げてこちらを見ている。




「ハーイ♡」




 俺はほんのイタズラ心で手を振ってみた。




「他出现了!」




 次の瞬間、コックピットはパイロットごと空高く飛翔していった。緊急脱出ってわけだ。




「おいおい。こんなデカいオモチャ残してどこ行くんだよ」




 俺は今、パイロットが脱出してしまった為もぬけの殻と化したこの大きなオモチャ、すなわち戦闘機を持上げながら飛行している。通信で学人にどうしたらいいか相談したところ近くに自衛隊の基地があるのでそこまで運んで欲しいとのことだった。アームバンドには目的地である自衛隊基地の位置と俺の現在位置が表示されている。




「やっと見えてきたぞ」




 俺は自衛隊基地を見つけると適当な広い場所を見つけて戦闘機を着地させた。




「力人くん自衛隊のお偉いさんが君に一言あいさつしたいらしい」




「けっこうだ。断る。俺にはもっと大事な用がある」




 俺は大急ぎで自衛隊基地から飛翔する。アームバンドのタブレットを見る。時刻はちょうど14:50だ。もう時間が無い。ありったけの力を総動員して飛行スピードを加速していく。




「こんな速度は今まで見たことがない!君は飛行テストの時は本気じゃなかったのかい!?」




 学人が驚嘆しながら叫ぶ。




「だってかったるいんだもん」




 ヘッドセットの向こうから学人が何か言うのが聞こえたが俺のあまりの速度に通信障害が起き途中で通信が途絶えた。これでスッキリだ。ヘッドセットが吹っ飛ぶと面倒なので必死に押さえながら飛行スピードをさらに早める。俺のあまりのスピードによる風圧による海面の水が宙に舞い上がり雨のように降り注ぐ。




「接近を確認。射出口扉、開きます」




 ヘッドセットからAIによる声が聞こえる。俺の根城である島にある大きな丸い射出口扉が開いていく。そこを通過し地下施設へと進んでいくと我が家だ。




「準備に手間取っちゃてー予定してた時間より配信ちょっと遅れちゃった。みんな、めんごーめんごー」




 時刻は15時を10分ほど過ぎていたがちょうど間に合ったようだ。黒鉄リアムはいつものように笑顔を振りまいている。俺は早速スパチャを入れる。




「配信楽しみにしてたから飛んで帰ってきた?ンフフ。ありがとー♡」




 黒鉄リアムが俺のスパチャを読み上げる。こうやって愚民どもの税金がスパチャに消えていくわけだ。




 俺は生まれてこの方、自らの能力を呪ってきたがそのおかげでこの夢のオタクライフを手に入れたわけだ。すべてはあの夜のマンガ喫茶から始まった。時間をいったん元に遡ろう。




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