短編集

@fujishirokeijirou

第1話

一週間ライティング


 僕はハンバーガーを食べた。

 特段美味しいとも感じない。ただ隣でうまそうにそれを頬張る桜田が、勧めてきたから頼んだだけで、嗜好が合って美味いと感じる可能性の方が低かった。

「美味しくない?」

 桜田がそう尋ねくる。外はすでに暗く、個人店のこの店内には僕達を除いて他に客はいない。

「悪くはないんだろ。ただそこから先を口にするのは、この平穏な食事を保つために避けておく」

「ねえ、美味しくない⁉︎美味しいじゃん」

 別に美味しくはない。

「美味しい、とまではいかないね。これをあそこまで熱狂的に崇拝するのは理解しかねるよ」

「この程度の世辞も口にできない君の社会性を私は心配するよ」

「安心しろ、お前よりはきっとマシになる」

「いいや、君は確実にひどいね。どうせ将来も空気を読まずに忙しい時に有給をとって白い目で見られるんだよ」

「ああ、確かにするかもしれない。だが、お前は多分、人が有給を取る時に今みたいに喚き立てて邪魔をするだろう」

「平然とそんなことを言える君も大概だ」

 この男と話していると、なにか奇妙な珍味を食わされている感じがしてくる。しかも当の本人はそれを美味い美味いと目の前でいうものだから腹が立ってくる。

「人の嗜好に寄り添えないお前にだって言える」

 そう言おうと僕は口を開くが、それが音を伴って空に放たれることはなかった。

 強盗が入ってきたからだ。

 包丁を手に持って、ニット帽を目深に被りネックウォーマーを口元までつけたその男は、

「金を出せ!」

 と鋭くレジを打つ店員に怒鳴った。

 人が折角平穏な食事のために苦心しているというのに、それを無視するとは。どうやら社会性のない人間がもう一人いたようだ。

 

 

 

 どうしてこう、ファストフード店なんて、人の管理のしづらいところで強盗なんてするんだ。

 それもこいつのいるところで。

「お前らその場を動くなよ!」なんて怒鳴ったところで無駄だ。

 店員は存外落ち着いている様子で、冷静に対処しようとしていた。

 こいつは絶対に動く。

 予想通り、桜田はポケットからスマホを取り出し、110番へ通報を試みた。

「何してんだテメェ!」

 だから、無駄なんだ。

「自由権は保障されている!何をしようが私の自由だ!それにあなたはその場を動くなとしかいってない!つまりこの場では私が正義だ!」

 ほらね、と僕は胸のうちでため息をつく。

 こんな出鱈目な屁理屈で正義をかざすのだから、こいつとは話すだけ疲れるんだ。

「ああ⁉︎殺されてえのか⁉︎」

 強盗が、包丁を振り翳しながら近づいてくる。

 くぐもったその声は、かなり興奮している様子だ。

「何が間違っているんだ!」

 椅子の上に立ち上がり、声高に叫ぶ桜田はもうすでに演説者気取りだ。

「うるせえんだよ!殺されたくねえなら黙ってやがれ!」

 強盗もとうに激昂しているが、理屈自体は確実に正しいと思えた。

 密かにこの哀れな強盗に同情する。

「正しいと思うのなら、理論で私を言い負かせるはずだ!」

 違う、お前がひたすら負けを認めていないだけだ。

「うるせえんだよ!くたばりやがれ!」

 視界の端では店員が困惑して、心配そうにこちらを見ていた。

 完全に怒り狂い、鈍い光を伴って、強盗が桜田の元、つまりは僕たちの座るボックス席へ走り寄り、包丁を振り下ろした。

 鈍い光を伴ったそれは、その周りの時を止めてしまったかのように燦然と、桜田を狙った。

 僕も少し高をくくっていたため、思わずあ、と声が出る。当の桜田も唖然としており、映画であれば彼は真っ先に死ぬ脇役となっていた。

 さながらスローモーションのように迫る刃が桜田の体に突き刺さる直前、犯人の懐に赤黒い物体が、やりすぎです!、という声と共に飛び込み、横に倒れる。

 揉み合った姿を見て、遅れてそれがファストフード店の店員であることを理解する。

 不謹慎だろうが、世界はこの瞬間二つの損失を被った。

 強盗が通報されなかったことと、桜田の胸に包丁が突き刺さらなかったことだ。

 

 

 

 揉み合いになった強盗は、店員を突き飛ばし、包丁を手にして距離をとった。

「なんなんだよてめえら!」

「強盗は私の否定だ!日夜努力して、正当に対価を得ようとする私を、根本から否定する行為だ!私はあなたが何をしようが興味がないが、否定にだけは絶対に立ち向かわなければならない!」

 桜田が声高に叫ぶ。

 舌は周り、本調子へと上がっていく。ここまで来たら、彼の演説はなかなか良い。

「故にこれは概念戦争だ!そこで働く真面目な店員達我々とあなたとの、生存競争でなければならない!ならば私はいくらでも抗う!」

 なかなか良いが訳はわからない。

「お前らに何がわかんだ!苦労のひとつもしらねぇ様な青二才どもが!」

 男はますますヒートアップし、口角泡を飛ばす。

「ああ知らないとも!だから私はこの生き方なんだ。どちらが正しいものか、どちらが強いのか。それを競うための戦いなんだ!」

「こんなくだらねぇようなものに金が払えるようなやつらが何ほざこうがかわんねぇんだよ!」

 包丁を振り回しながら、男は近づこうとした。

「このハンバーガーのどこがくだらないというんだ!よく揚げられた魚!丁寧なパン!まさしくこの食べ物は私の象徴だ!」

 桜田は真面目に応戦する。

いよいよ男との距離がつまり、争いが起こる。

だがそのとき、店内に防犯ベルが鳴り響く。

 どうやら店員が押してくれたようだ。その後結局、男は店内を壊すように荒らして逃げていった。

 私達の高潔な生存競争を、と喚く桜田をつれ、短く謝り店を出た。

 月は変わらず夜を照らし、美しい。隣から聞こえてくるのが桜田の理屈ではなく、月への賛辞ならばどれほど良かったか知らない。

 

 

 

 その数週間後、僕と桜田はこの前とは別なファストフード店にいた。

 そこでも桜田は、しきりに例の店で食べたハンバーガーの亜種のようなものを勧めてくるのでそれを頬張っていた。

「それであの事件のあと、いろいろ聞かれて、僕は興味と違和感を感じて調べたんだ」

「何に?ただの強盗じゃないの?」

 桜田は心底うまそうに僕と同じハンバーガーを食べる。

「違和感はいくつかあった。一つ、防犯ベルを押すのがいくらなんでも遅い」

「混乱してたんでしょ?店員さんだって」

「もちろん、その可能性もある。だが二つ目、お前が声高に演説してるとき、店員はお前ではなく強盗を見ていた」

 これは後から思い返して気づいたことだ。

「それを違和感というのならそうだけど、それだけでわざわざ調べようと思い立つ君の行動力が怖い」

 桜田は皮肉まじりに言う。

「他にもあった。彼は強盗からお前を身を挺して守ったとき、やりすぎです、と叫んでいた。僕はてっきりお前に向けていったのかと思ったんだけど、この言葉は別の解釈もできる」

「面白いね。どんなふうに」

「それを探るためには別の情報が必要だった。それがこれから話すことだ」

 亜種を一気に詰め込み、飲み込んでから続きを話す。

「一個目、あの時の店員は僕らの先輩の友達だった」

「まあ近所だろうしね」

「二個目、あの時の強盗、先輩の代にいたサッカー部の人に似てる」

「何が?」

「声が」

「根拠としては弱いと思うけど続気をどうぞ」

 矢継ぎ早に言葉をやりとりしていく。

「三個目、あの店は個人店なんだけど独自の形態で去年は営業成績が全国上位。続けて四つ目、あの後再開してから何回か店に行ったけど、いつも夜は彼一人で店を回してた」

「なるほどそれで?」

「五個目、あの日は先輩の友達の祖母の三回忌の二日前だった」

「うん」

「だから私はこんな推測を立てた。あの強盗は店員とグルで、休みを取らせてくれない店に抵抗して祖母の三回忌にいくための口実だった。だけど君が引っ掻き回すもんだから、強盗役が取り乱して事態が大きくなって、慌てて店の設備を破壊して逃げた。あの辺監視カメラないし、実際店員さんは三回忌行けるようになったらしいし」

 そう、自分の予測を説明する。

 束の間の沈黙の後、帰ってきたのは桜田のため息だった。

「だいぶ遠大な推測だよ。それに、もしそれが事実だったとしてどうするのさ」

 僕は少し考え、はたと気づいて答える。

「ほらな、やっぱりお前は人が休暇を取ろうとするのを邪魔したじゃないか」

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