第8話

浴室には、血で汚れた服が乱雑に投げ込まれていた。

誰の服だ?


見てみると、それは由香が昨夜、着ていた服だった。

殺人犯が分かった。



犯人は由香だ。



由香は昨夜、私の部屋で誰かを殺し、返り血を浴びてこの部屋に戻ってきた。

そして、血で汚れた服を洗うために浴室に投げ込んだのだ。

では、由香は誰を殺したのだろう?


二日酔いで痛む頭を抱え込み、私は考えた。


昨日、私は自室で由香と飲み、そして酔いつぶれた。

その後、誰かが私の部屋に入ってきた。

由香は、その人を殺害して返り血を浴びた。

由香は、寝ている私を自分の部屋まで運んだ。

そして、返り血で汚れた服を浴室に投げ込んだ。

私が由香の服に着替えさせられているのは、私の衣服にも血がついたからかも知れない。

由香は、私の部屋に戻って死体と部屋を燃やした。

そして、失踪した。


なんのためにそれを行ったのかは不明だが、これで一通り、流れが説明できる。



私の携帯が鳴った。



チーフからだ。


私は恐くて、電話に出ることができなかった。

やがて、留守電に切り替わり、そして切れた。


私は恐る恐る、留守電を再生してみた。


「休むなら休むで連絡くらいしろよ。みんな待っていたんだぞ」


こんな状況だってこと、まるで分かっていない感じだ。

今日は仕事どころではない。



私は意を決し、警察に行った。


「私は榛名美織です。昨日の火事で燃えた部屋の住人です。ニュースでは、私が殺された、と言っていましたが、私は生きています。死体は別の人だと思います」


ただならぬ事態だと判断した受付の警察官は、私を奥の部屋に通してくれた。

やがて、刑事たちがやってきた。

先ほど、由香の部屋を訪れた刑事たちと同じ人物である。


「あなた、先ほど会いましたよね?」


「……はい」


「あなたは、坂川由香さんですよね?」


「違います。さっきは嘘をついてすみませんでした。怖くて、そして、混乱していて、それでつい……」


刑事は怪訝そうな顔をする。


「だとすれば、なぜあなたは坂川由香さんの部屋にいたのですか?」


「自分でも覚えていないのですが、朝起きたら、いつの間にか由香の部屋にいました」


「それでは、由香さんは今どこにいるというのですか?」


「分かりません。ずっと待っているんですけど、帰ってきません。携帯に連絡しようにも、なぜか連絡先が消されていて、私、由香の電話番号やメアドを覚えていなくて……」


刑事たちは、飽きれた顔をしていた。

どうやら信じていないようだ。


刑事は私に言った。


坂川由香ですよね?」


「違います! 私は榛名美織です。由香は私の友達です」


「あのですね、報道で知っているとは思いますけど、榛名美織さんは昨夜、殺されているんです」


「それは間違いだと思います。火事で死体が燃えて、それで間違われたんだと思います」


「警察の捜査をなめてもらっちゃ困るよ……こっちは指紋で確認取っているんだ。そして、指紋以外にも身元を調べる方法はいくらでもある。死体は間違いなく、榛名美織だった。そして、。第一、私が部屋に行ったとき、あなたも自分が坂川由香だと認めていただろ?」


「いや、あれは気が動転していて……私が死んでいないってバレたら殺されるんじゃないかと思って、それでつい……」


「じゃあさ、指紋、採取してもいいかな?」


「はい。ぜひお願いします」


これでやっと、私が榛名美織であることを証明できる。

ちょっと安心した。


「じゃあ、調べてくるから」


刑事と鑑識官は、私の指紋を採取すると出て行った。

私は取調室に一人、残された。


もうじき、真相が明らかになる。

もっと早く、こうしておけばよかったのだ。

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