ベストタイミング


 ポートネスからのお使いを完全に忘れていた俺は、南の大地で採取すべき植物のメモをポートネスから受けとっておく。


 俺はまだ若くて忘れ難い頭をしていたと思っていたが、人間、忘れる時は忘れる生き物だ。


 やっぱりメモって大事。自分は大丈夫とか思ってはならない。


 自分は大丈夫だから!!とか言っている奴に限って、大事な予定や会議をすっぽかすものだ。


 俺も過去に何度かやらかしたことがあるし。


 それはそこまで大きな問題にならなかったものの、やらかした時は“次はメモを取っおこう”と思っていたものだ。


 で、それから2年ぐらい経つとまたやらかす。


 後でメモを取るかと思って、そのままメモをし忘れたりとかそういうパターンだな。


 人間の脳は完璧に物事を記憶出来るほど優れていない。ちゃんとメモは取りましょう。


「これでよしっと。これなら流石に忘れないだろ」

「これでメモを取ったことを忘れていたら笑えるわね」

「悪魔王とかが出てきたら流石に忘れるかもしれんぞ?多分無いだろうけど」

「そうなったら流石のポートネスでも許してくれるわよ。多分ね」


 ちゃんとメモを取った俺は、そのメモを忘れないように小鳥ちゃんに持たせておく。


 南の大地に戻った際に、小鳥ちゃんにこのメモを渡してもらうつもりだ。


 ここまでやれば、流石に忘れることは無い........と思いたい。


 こういう時、俺の魔術は便利だよな。この時間になったら伝えてくれっていうのを、絶対に忘れずに確実に遂行してくれるから。


 可愛くて、愛嬌もあり、尚且つ忘れ物すらもカバー出来る。


 最強かようちの子達は。この魔術たちの基礎となった、闇人形を作ってくれた魔術師には感謝しかないな。


 あの魔術がなかったら、今の天魔くんちゃん達は存在していなかったのかもしれない。


「それで、ウル達はそろそろ昔話は終わったのかな?」

「まだ話しているみたいね。でも、顔持ちが随分と真剣だわ」


 植物採集のことをメモし終え、忘れないように頭に刻んでいるとウル達がまだ話している姿が目に入る。


 ちなみに、デモットはナレちゃんに連れていかれた。いつもの事だ。


 最初こそ泣き崩れて感動的な再会をしていたグランダールとウル達であったが、ある程度時間が経てば普通に戻る。


 そして今は何やら大事そうな話をしていた。


「お、ジーク、エレノア。いいところに来た。村の拡張について聞きたいことがある」

「何?」

「村の周囲を隠す魔術を村の悪魔達が開発しているのは知っているだろう?」

「実験に付き合ってるからね。もちろん知ってるよ。と言うか、ウルが俺達に投げてきたんでしょ?」

「そういえばそうだったな。それで、いつになれば完成するのか分かるか?」

「んー、大きな変更点はもう大分直されてたし、そこまで時間は掛からないとは思うけど、こればかりは村の悪魔たちの頑張り次第かな」


 村の拡張のために、周囲絡みを隠す魔術を開発している悪魔達。


 俺もその実験に二回ほど付き合わされているので知っているが、そろそろ完成系ができてもおかしくは無い頃だ。


 とは言っても、まだ問題点が見つかるかもしれないし、正確なところは言えない。


「早めることはできるか?」

「そりゃ俺達が手伝えば一瞬で終わるよ。でも、ここまで頑張って魔術を作ってきた悪魔達の成果を横取りするような真似はしたくないかな」

「そうね。折角なら本人達の手で成し遂げて欲しいわね」

「........む、そう言われると困るな」

「ウル様、私達は何時でも構いません。そんなに急がずともゆっくりして下さればいいのです」

「いや、そういう訳にも行かない事情がこちらにもあってな........しかし、村の発展の為、今後の村の魔術の発展のためと考えると、下手にジーク達を関わらせるのも........」


 うーむと悩み始めるウル。


 俺とエレノアは、急な話についていけず、解説求むと言わんばかりにガレンさんに視線を向けた。


「実は、グランダールの村とこの村を統合しようという話が出ておりまして。折角、かつての生き残りが村を築いていたのですから、その村人をこちらに持って来れないかと話していたところなのです」

「なるほど。それで結界の話になったって事ね。でも、こればかりは悪魔達自身に頑張ってもらいたいな。ほら、いい感じのところまで自分達で頑張ったのに、それをいきなり横から完成させられても気分は良くないでしょ?」

「それは確かに不愉快ですね。私も村の悪魔達が必死になって魔術を作っている姿は見ておりますので、ジークさん達が急に終わらせるのは反対です」


 言うなれば、プラモデルを必死に作っていたら、最後の完成の部分だけ別の人が急に割り込んできて完成させるようなものだ。


 俺だったらキレてるね。


 最後まで自分の手で作りあげて、初めて達成感と言うのが生まれるというのに、それを台無しにされたら誰だってキレる。


 それは、魔術も対して変わらない。


 自分達で頑張って作りあげてきたのだから、最後まで頑張って欲しいものだ。


「村の統合となると、あのグランダールのいた村は廃棄するという事になるのかしら?」

「はい。グランダールが既に決定しております。どうやら良くも悪くも、グランダールの言葉は絶対なようでして、反対する住民は居ないだろうという事です」

「んで、相手は悪魔達にも恐れられるあの裏切り者。村を統合したことによる、住民達の小競り合いとかは起きなさそうだな。だってウルが強すぎて、言うこと聞くしかないもん」

「そうね。この村だと割と弄られたりもしてるけど、基本的にはウルが絶対だ物ね」


 村を統合したとしても、村人同士でなにか争い事が起こる可能性は少ないだろう。何せ、相手はあのウルだ。


 喧嘩しようものなら、一瞬で叩き伏せられる。


 それに、南の村のまとめ役であるグランダールもウルの下についているのだ。これなら、間違っても内部抗争が起きたりすることもない。


 ちなみに、この村は割とウルに文句を言ったりおちょくったりする。


 ウルだって生き物である以上、失敗したり迷惑をかけたりする時もある。


 例えば、魔物の首を吹っ飛ばしすぎて畑を荒らしてしまった時とか。


 村の悪魔は“そりゃ、ウル様のおかげで俺達は安全に暮らせていますけどね。だからと言って、畑に魔物の首を送り届けるのは違うじゃないですか”とか言って詰められてたな。


 ウルが“本当に反省している。ごめんなさい”と言いながら小さくなっているのを見て、本当に村長なのか?と思ったものだ。


 他にも、最近だとも師匠との事でおば様方に弄られていたりする。


 弄られると言うか、恋バナだな。


 悪魔だろうが人間だろうが、そこら辺は余り変わらないらしい。


 案外、マリー辺りと相性が良さそうである。


「暫くは待つしかないだろうな。下手に焦らせて欠陥のある魔術を作られても困るだろうし」

「そうですね........もう少し時間が必要ですかね」


 そんな事を話していると、ボニーさんがこちらに向かってくる姿が目に入る。


 ん?あの感じはもしかして、できたんじゃないか?


 話を聞いていたのではないかと思うほどにベストタイミング。実は陰に隠れて話を聞いてたでしょ。


「ジーク先生、エレノア先生。改良版が出来ましたので、実験して貰えませんか?」

「おーいいぞ。それにしてもすごくいいタイミングだな。狙ってた?」

「そうね。狙ってたとしか思えないタイミングね」

「え?え?何の話ですか?」


 急に“狙ってたんだろ?”と言われて困惑するボニーさん。


 俺とエレノアはそんな可愛い反応を見せるボニーさんを見て笑いながら、魔術の実験へと向かうのであった。

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