大物赤ちゃん


 村の拡張はもう少し先になりそうだなと思いつつ、毎日のように修行に明け暮れてはレベリングする毎日。


 魔術の火力が上がりすぎて、もはや作業にすらならない絶望級魔物狩りを終えた俺達は、村の悪魔たちとの交流を深めていた。


 既にだいぶ仲良くなった悪魔達であるが、定期的にこうして話すのも大事である。


 信頼は人類の進化と違ってコツコツと積み上げる他なく、とにかく根気強さが大事なのだ。


 そう考えると、レベリングとさほど変わらない。


 違う点は相手を殺してはならず、相手の反応を見なければならない事ぐらいだろう。


「わぁ!!ついに立てるようになったのね!!」

「おー、やるじゃないか。あとは1人で歩けるようになったら立派な悪魔だぞ」

「ふふっ、ジーク先生とエレノア先生には見せてあげたかったんです。この村を大きく変えてさった方に」


 1年とちょっと前、この村に新たな生命が誕生した。


 悪魔の出産は人間とさほど変わらないらしく、お腹に宿った生命が外へと出てくるのだ。


 そんな生命の神秘に俺達も立ち会い、無事に赤子が産まれてくるのを待っていたものである。


 懐かしいな。もう1年も前の話なのか。


 夜中に、村の悪魔たち全員が集まって家の前で静かに祈っていたっけ。


 そして、赤子の声が聞こえたその時はみんなで大盛り上がりしたものだ。


 そんな村の全員に見守られて生まれた赤ん坊の悪魔。彼は、既に二本足でたつことを覚え、少しぎこちないながらも歩けるようになっていた。


「ほーら、ニール。こっちへ来なさい」

「あー!!」


 トコトコと可愛らしく歩くニール君。


 悪魔だろうが魔物だろうが、人間だろうが動物だろうが、赤ん坊と言うのはとても可愛い存在である。


 まだちょこんとしか生えていない2つの角と尻尾。健康的な赤子として生まれたニールくんは、大好きなお母さんの元へと一生懸命に歩いた。


「頑張れ!!」

「頑張るのよニール!!」


 そして、それを応援する俺達。


 ニール君は数十秒かけて歩いてい来ると、お母さんの腕の中にゴールする。


 そして、優しく抱き抱えられ頭を撫でられていた。


「よく頑張ったわね!!」

「あー!!」


 大好きなお母さんの腕の中に入れたことに喜び、嬉しそうに声を上げるニールくん。


 赤子の可愛さというのは絶大だ。俺もエレノアも自然とその顔を見て笑顔になり、村にある家の1つは微笑ましい空気が流れる。


「私もこういう時期があったのかしらね?もう昔のことすぎて覚えてないわ」

「俺もあまり覚えてないな。明確に記憶にあるのは、本を読んでもらった事ぐらいだ。あと叱られた時」

「そんなもんよね。記憶なんて。きっと、ニール君もこのことを忘れてしまうと思うと悲しいわ」


 自分達にもこんな時期があったのだろうか。


 もう思い出せないはるか昔の記憶を辿るものの、結局なにも思い出せない。


 特にエレノアはそうだろう。5歳の頃に両親を亡くしたのだから。


 俺が5歳の頃だった時に何をしていたのかなんて、まるで覚えていない。


 もちろん、こちらの世界に来た後の5歳の記憶はある程度あるが、前世の記憶の方は欠片も思い出せなかった。


 五歳って違う年長さんのときだよな?俺は幼稚園に入ってたから、幼稚園で何かをしていたはずなのだがなにも思い出せない。


 ........あ、あれは覚えてるぞ。南の島のハメハメハ大王って曲を歌ったのは。


 当時の俺はハメハメハ大王ではなくカメハメハ大王と勘違いして、某世界的に人気なバトル漫画の必殺技を繰り出していた記憶がある。


 みんなもやるよね?やったよね?


 いや、今どきの子ってそもそも“南の島のハメハメハ大王”って曲を知っているのか?


 ちなみに、ハメハメハ大王はカメハメハ大王の友達という設定らしい。紛らわしすぎる。


 そんな昔のことを思い出していると、ふと後ろに気配を感じる。


 この気配はウルだな。サラッとノックもせずに家に入って来てやがる。


「微笑ましい声が聞こえたかと思えば、ニールだったか。どうだ?調子は」

「スクスクと元気に育っています。村長のお陰ですよ」

「私は何もしていないさ」

「いえ、村長がいなかったら主人と出会うこともなかったですし、私がこうして子供を授かることも無かったですよ」

「この村を作ったのは私じゃない。ノアに感謝することだな」

「えぇ。以前この村を訪れた方ですよね。感謝していたとお伝えください。ありがとうございます」

「あぁ。伝えておこう」


 師匠が褒められて嬉しいのか、ちょっと顔がにやけるウル。


 毎日のように師匠に会いに行っては、何かとイチャコラしているウルである。師匠が褒められることにすら喜びを覚えるとは、本当にこの人は師匠のことが好きすぎるな。


 さすがの俺とエレノアも呆れ顔だ。


 ここまで来ると、微笑ましさよりも若干ウザさが勝つ。


「うーあー」

「お?どうしたニール。私に何か用か?」


 そんなちょっとウザイウルに、ニール君がトコトコと歩いてやってきた。


 母の腕から飛び出してやってきたニールくんは、しゃがんでできる限り視線を合わせたウルを見つめると“あー!!”と言いながら何と右ストレートを繰り出したのだ。


 赤子のパンチなんて大公級悪魔からしたら、戯れにすらならない。


 しかし、パンチを当てたという事実は変わらない。


 ニール君は元大公級悪魔の頬をぶん殴ったのだ。


 この赤ん坊、俺たちですら出来なかったことを平然とやってのけただと........!!


「あー!!」

「す、すいません!!村長!!こら、ニール!!村長になんてことをするの!!」


 やってやったぜ!!と喜ぶニールくんと、村長の顔を殴ったこと謝るお母さん。


 そりゃもう母親は大慌だ。コレが人類大陸で国が国なら親子共々粛清されていてもおかしくない。


 が、ここは魔界であり、この村の主はウルだ。


 この程度の事で怒るわけが無いし、むしろ楽しそうに笑うことだろう。


「アッハッハッハッハッ!!この私が何も出来ずに拳を許すとは!!この生涯で初めての経験だな!!将来有望じゃないか!!」

「あー?あー!!」

「おーそうかそうか。このワルガキめ。罰として高い高いの刑だ!!」

「あー!!」


 ウルは大笑いしながらニール君を持ち上げると、怪我をさせないように細心の注意を払いながら、高い高いをしてニール君を楽しませる。


 ウルに遊んで貰えたニール君は、それはもう大はしゃぎであった。


 母親の方は生きた心地がしてないだろうが。


 ウルがこの程度で怒ったりするとは思ってないだろうが、仮にも相手は村長だ。流石に肝が冷えるのだろう。


「きゃー!!」

「ハッハッハ!!怖いかー!!」

「あー!!」


 楽しそうにしちゃって。ウルはきっと子供が出来たらいいお母さんになってくれそうだな。


 いや、多分甘やかしすぎると思う。ウル、子供に対して滅茶苦茶優しいし。


「ウルは絶対甘やかすタイプよね」

「同じことを思ったよ。ウルは甘やかしまくって子供をダメにする母親だな。怒るべき時にすら怒らないと見た。でも、師匠はそこら辺かなりしっかりしてそうだし、いいバランスが取れてるんじゃないか?」

「ふふっ、それもそうね。唯一の問題点はそもそもこの2人では子供ができないという点だけど」

「師匠、どこまで行っても結局は骸骨だもんな........そもそもあの人女だし」


 元貴族で意外としっかりしている師匠と、子供に甘すぎるウル。


 この二人はいいバランスで子育てできると言えるだろう。しかし、そもそもの問題として子供を作ることが不可能である。


 やるなら魔術で生命を作るとかそっちになりそう。お互いの遺伝子を掛け合わせて。


 つまり、人体錬成........?やばいな、それは神の領域だぞ。


 俺はそんなアホなことを思いながら、ウルの顔面に一発入れた将来の大物と遊ぶのであった。


 赤ん坊って本当に可愛い。




 後書き。

 この赤ん坊...身勝手の極意を習得してやがる...‼︎(違う。

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