ヤーレンの理想郷


 ちょっと運動がてら伯爵級悪魔の街を片っ端から潰して回った俺達は、いい汗をかいて村へと戻ってきていた。


 いやーやっぱり実践は大事だね。殆ど一撃で終わってたけど。


 第七級以上の魔術からは、戦略兵器とすら言われても不思議では無いほどに破壊力が凄まじい。


 俺やエレノアは当たり前のようにバカスカ打っているが、本来こんな気軽に打つものでは無いのだ。


 一発打てば街が破壊され、多くの人々が死に至る。


 これ一つ使うだけで戦争の行く末を左右できてしまうのである。


 生前の師匠が絶対的な抑止力として国から重宝されていたのも納得だ。事実、師匠はたった一人で戦争を終わらせている。


 そこから更に三段階上の魔術を扱ったとなれば、その被害範囲は計り知れない。


 伯爵級悪魔の街があった場所だけ、綺麗になにもかもが吹き飛んでいるのだ。周囲にあったものも巻き添えになりながら。


 山の近くに街を構えていたところとか、山ごと吹っ飛んでたからな。


 魔術って凄い。


「この村は素晴らしいのぉ。儂が追い求め、理想としたそのものじゃな」

「それは良かった。悪魔の中にもこうした変わり者はいるんだよ。権能という力が使えない代わりに、考える頭を手にした者たちが多いからね」

「ここでものを教えていると楽しいわい。皆、貪欲に知識を貪りそれを生活に生かしてくれる。生活に限らず、文化や芸術まで。知ある生物の本来あるべき姿だとは思わんか?」


 村に帰ってくると、ヤーレンお爺さんがここ数日の出来事を思い返しながら話しかけてきた。


 知を求め、知を広めんとしたお爺さんに、この村は理想郷にすら見えたのだろう。


 最低限の暴力は必要だが、生活を豊かにするのは暴力ではない。


 知識。


 知識こそが生活の豊かさを保証するのである。


 その点で言えば、この村の悪魔たちは知識の大事さを知っている。


 権能を使わずしてどれだけ楽に生活ができるのかを考え、魔術を得た今はさらに村を快適にそして大きくしようとしているのだ。


 魔術を覚えたことにより、狩りや畑の世話に余裕を持てるようになった悪魔達は、さらに自分達の村をより良くしようと考えている。


 最初に考えついたのが、さらなる村の拡張。


 しかし、これにはひとつ大きな問題が残っていた。


「村の拡張を考えていたようじゃが、こればかりは難しいの」

「魔道具の範囲内で活動してきたからね。幻影から出た時のリスクを考えると悩ましいと思うよ」

「そう言えば、この村は外から見えないようになっていたわね。転移で村に入ることが多くなってたから、忘れてたわ」


 そう。この村は周囲の景色と同化する魔道具によって安全が担保されている。


 空に存在する魔物というのはかなり多い。その魔物達の目から逃れる術として、魔道具が必要不可欠なのだ。


 村がここまで発展できたのも、空からやってくる魔物の被害がほぼ無いからというのが大きい。


 しかし、あの特別な魔道具は師匠が偶然見つけた産物であり、同じものを作るのは難しい。


 俺なら魔術で同じようなものを再現できるとは思うが、これは悪魔達自身で解決してもらいたい問題なのだ。


「魔道具の領域を拡張とか出来たらいいのにね」

「そうだな。もしかしたら、既に最大領域なのかもしれんが」

「私達がその気になれば手伝えるけど、これは村全体で解決して欲しい問題ね。いつかは離れることになるんだし、私達だけに頼りすぎるのもそれはそれでダメになるわ」

「魔術は教えてあげたんだし、上手くできる範囲での魔術を作って欲しいものだ」


 俺達は魔界を攻略したらこの村を出ていく。


 俺たちに頼りすぎた村の運営は宜しくない。


 魔術を教えてあげたのは今後の村の発展に役立つから。しかし、その先まで手伝ってしまうと、俺達が居なくなった時に何かと困るだろう。


 だから、飯の調達とかそこら辺は手伝ってないんだし。


「儂ならばいい案が浮かぶかと思って聞かれたが、流石にまだ習って数日の魔術に関することを聞かれてもの。お陰で儂も困っておるわい」

「デモットからどれだけの事を聞いたのかしら?」

「基礎中の基礎は聞いたの。儂の魔力は補助系統に染っておるから、火を起こしたりは出来なかった。分類上は無属性なのだから、お主らのような色々な魔術を使えると期待したんだがのぉ........」


 結果は違ったと。


 ガックシと肩を落とすヤーレンお爺さん。


 ヤーレンお爺さんの権能は自身の速度を早める補助系の権能。


 魔術で言えば無属性系統の補助魔術になるから、属性は無しとして全ての魔術が使えるかもしれないと思ったのだが、そうはならなかったらしい。


 俺も思ったよそれは。でも、悪魔と人間の魔力って少し質が違うと思うのだ。


 無属性という属性が宿っていると考えれば、他の属性の魔術が使えないのも納得である。


 属性が無いのではなく、無いという属性。


 言葉を逆にしているだけに見えるが、この違いはあまりにも大きい。


「今は皆で魔術の研究をしておるようじゃの。周囲から身を隠せるだけの魔術を作るそうな。今まだの知識を総動員し、分からなければ調べ考察をする。知識を重んじているのがよくわかる。見ていて気分がいいの」

「へぇ。ついに魔術研究に手を出したんだ。後で安全にだけは注意するように伝えておかないと........下手をすると、畑とかがダメになるからな」

「あぁ。ジークは昔庭の芝生をダメにして怒られたことがあるものね。シャルルさんが言ってたわ」

「マジで魔術研究って危ないからな。悪魔達の肉体なら問題ないとは思うんだけど、念の為に防具か何かは作っておいた方がいいと思うよ」


 今は魔術のことについてかなり詳しくなったから滅多に失敗もしないし、失敗してもそこまで起きなことにならないが、昔は酷かったからな。


 知識がないから変に干渉した魔法陣同士が擦れて爆発とか、とんでもない威力になる(反動で自分にもダメージが入る)とか、目が見えなくなるとか。


 結構やばい効果を持った魔術が出来上がってしまう事もあるのである。


 デモットも三回ぐらい骨を折って俺のところに来てたし、魔術実験、研究は本当に命懸けなのだ。


「儂も早くあの中に混ざれるほどに魔術について知らんとな。ほっほっほ。儂がデモットから教わる日が来るとは思ってもみなかった。改めて礼を言おうジーク、エレノア。ありがとう」

「おじいちゃん孝行をさせてあげただけさ。そのお礼はデモットにでも言ってあげな。俺は再会させてあげただけなんだし」

「そうね。私達よりもデモットにその言葉入ってあげなさい。きっと困惑しながらも嬉しそうな顔を浮かべるわよ」


 孫のように思っていた子から、新たな知識を教えてもらう。


 俺とエレノアにはその感覚が分からないが、少なくともお爺さんの顔はとても嬉しそうであった。


 まぁ50年ぶりに再会したと言うだけで嬉しいのだろう。ましてや、孫と過ごす時間が増えて新たな知識まで教えてくれるのだから。


「ところで、デモットに訓練内容を聞いてみたのだが........何やらボコボコにされていると聞いたぞ?」

「そこまで酷いことはしてないよ?ちょっと殴り返したり燃やすぐらいで、骨が折れたりしばらくまともに立てないとか無いようにしてるから」

「そうね。優しいほうじゃないかしら?私とジークがやり合う時なんて酷いわよ?最近は必ずどちらかの骨が折れるものね」

「お陰で骨が折れても冷静に治せるようになった。訓練の賜物だな。折れたまま殴れるようにもなったし」

「かなり痛いけど、慣れるとどうとでもなるわよね」

「........デモットや。師を間違えたかもしれんぞ」


 こうして、村の発展の様子を目にしながら俺達はのんびりとその様子を見守るのであった。


 なんかお爺さんがドン引きしていたけど、何か変なこととか言ったっけ?

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