ついで
ヤーレンお爺さんがどう見ても強すぎる件について。
男爵級悪魔程度なら余裕で勝てるあのデモットが、手も足も出なかったとなればその強さがどれほどのものなのかよく分かる。
最低でも伯爵級悪魔、下手をしたら公爵級ぐらいはあるのかもしれない。
大公級悪魔レベルはなさそうだけど。ウルよりは明確に弱いし。
ともかく、ヤーレンお爺さんの強さはよく分かった。
これだけ強いと言うのに、悪魔の考え方に縛られず知識の重要性を説く。
確かに変わり者の悪魔と言えるだろう。
「調子はどう?」
「........(順調そのもの。主人が嫌いな奴は滅ぼす)」
「助かるよ。ごめんな。俺、どうしてもあの見た目は苦手なんだ。いやほんとに」
「........(主人ができないなら私達がやる。と言うか、私達はそもそも主人の魔術)」
ヤーレンお爺さんが強すぎることが判明した翌日。
俺とエレノアは西の大地を訪れていた。
元々はここでレベリングをしようと思っていたのだが、あのくそ気持ち悪い魔物が出てきてしまったお陰で全てを天魔くんちゃん達に任せる事になってしまった。
俺が嫌なことを天魔くんちゃんに押付けてしまったのだが、こうして顔を出して労っているのである。
俺が手を伸ばすと、天魔くんちゃんは“待ってました!!”と言わんばかりに頭を下げて俺にナデナデされていた。
意志を持ち始めてから随分と甘えん坊になったものだ。可愛いからいいけど。
闇狼に限らず、俺の魔術はとにかく個性的でいい子ばかり。
甘やかす側もこうして甘えてこられると可愛くて仕方がない。
地球にこの魔術があったら孤独死とか減るんだろうな。絶対ストレス社会の今だったら大流行間違いなしだ。
「いつもありがとね」
「........(エヘヘ。嬉しい)」
「ほんと、ジークの魔術って表情豊かよね。心の底から喜んでいるのが伝わってくるわ」
「可愛いだろ?」
「えぇ、主人に似てとっても」
サラッと俺も可愛い扱いしてくるエレノア。
俺は可愛いよりもかっこいい方が好きなのだが、お袋の血が強すぎる。可愛い可愛いと言われすぎて、数年前から“可愛い”と言われてもなんとも思わなくなってしまった。
人間の慣れって怖いな。
「ジーク、女の子の服とか着てみない?絶対に似合うわよ?」
「それだけは断固拒否させてもらおう。俺にも守るべき最低限のプライドがあるんだ」
「それは残念。スカートを履いて恥ずかしがってるジークとか見てみたかったのに」
「なんて恐ろしことを考えるんだ........」
なんて恐ろしいことを考えるんだ(2回目)
俺は男である。多様性が重視させる時代を生きていたとは言えど、俺は服装まで女の子になるつもりは毛頭ない。
エレノアが喜んでくれるなら基本何をやってもいいとは思っているが、女装は男としての何かが失われてしまう気がするので拒否させてもらうぞ。
別に女装が趣味の男の人を否定している訳では無い。他人に迷惑をかけない限りは好き勝手にやればいいとは思うが、俺が拒否したいと言うだけなのだ。
「天魔くんちゃん、どう思う?ジークがフリフリした衣装を着たら可愛いと思わない?」
「........(絶対可愛い!!エレノア姐様も来て欲しい!!)」
「そうよね。絶対に可愛い........ん?今なんて?」
「エレノアも似合うってさ」
「いやいや私は似合わないわよ。可愛い系の服は好みじゃないし」
冒険者であるというのもあって、エレノアのフリフリとした女の子らしい服装を見たこのがない。
ドレスとか着ないしな。と言うか、そもそも着る機会が無い。
エルフの国にいた時はお嬢様だったから着てたかもしれないけど。
エレノアのドレス姿か........ちょっと見てみたいな。
エレノア、滅茶苦茶細くてスタイルいいし、基本何着ても似合うと思うんだけど。
「着てくれない?」
「嫌よ。ジークが女の子の服を着てくれたら考えてもいいわよ」
「考えるだけで着ないやつじゃねーか」
考える(着るとは言ってない)だよそれ。
ちょっと見て見たかったが、残念。エレノアが嫌がるならやめておこう。
ところで、天魔くんちゃんって服とか着てみたいのかな?
「天魔くんちゃんは服とか着てみたい?」
「........(んー、興味無い。主人に貰ったこの体があるし)」
「そっか」
「........(メイドちゃんは興味あるかも。執事君の姿を見て“自分があれを着たら喜ぶかな?”とか考えてたから)」
「へぇ、それはいいことを聞いたわね。確か、あのメイド服って消せたわよね?」
「やろうと思えば」
エレノアの目が怪しく光る。
普段あまり服装とか気にしないエレノアだが、少しは服にも興味があるのだろう。
自分は着ないけど誰かに着せてみたい。そんな魂胆が見て取れた。
「最近お金の使い道もなかったし、ちょっとメイドちゃんの為に色々と服を買ってみようかしら?ジーク、メイドちゃんの身長とか教えなさい」
「はいはい。分かったよ」
メイドちゃんの着せ替えショー開催決定。
なんやかんやメイドちゃんはノリがいいし、結構楽しんでくれるかもな。
俺はそう思いながら、エレノアにメイドちゃんの魔法陣を教えてあげるのであった。
【神速の権能】
ヤーレンお爺さんが持つ権能。似たような権能は数あれど、その中でも最上級に位置する権能である。
権能は神速の速さで動けるだけどシンプルなものだが、シンプル故に強力。緩急をつけた戦い方やスピードでのゴリ押しができてしまう。
消費魔力もかなり控えめであり、継戦能力も高い。唯一の弱点は、そのスピードを見切れる者が相手だとやれる事が一気に減ること。
メイドちゃんの着せ替えショーが決定した頃。
西の大地では天魔軍団による蹂躙が行われていた。
西の大地に住む魔物の多くは昆虫やムカデ等の、苦手な人はとことん苦手なタイプの魔物である。
長年平和な生態系を築いていた西の大地。
しかし、その平和は新たな捕食者によって一気に破壊されていた。
「........(喰らえ!!)」
「キィィィィ!!」
ドゴォォォォン!!
天から降り注ぐは無慈悲の不協和音。
第九級白魔術によって魔物達の住んでいた森は消し飛ばされ、あっという間に大地に大穴が開かれる。
「........(よいしょ)」
「ジィィィィ!!」
地から這い出るは地獄への入口。
第八級黒魔術によって、魔物達は地獄の底へと連れていかれる。
伯爵級悪魔すら屠る天と魔を併せ持つ史上最強の軍団。
彼らが、彼女らが通った後に草木の一つも残らない。
圧倒的な蹂躙。
弱肉強食と言う言葉を表すなら、この光景がふさわしいと言える。
「........(ここも終わりかな?)」
「........(そうですね。移動しましょう。主人は命じませんでしたが、悪魔もついでに滅ぼしますか。念の為、子爵級悪魔以下を狙って)」
「........(そうだね。伯爵級悪魔はまだ使い道があるかもしれないし、使えないとわかってる奴らだけ滅ぼそっか)」
「........(主人も喜ぶかと思います。頭ナデナデして欲しい........)」
「........(分かる)」
二人一組で行動する天魔軍団。
彼らが命じられたのは西の大地に住む魔物達の殲滅。
しかし、天魔軍団はそのついでとばかりに命じられていない悪魔達を勝手に滅ぼすことにした。
伯爵級悪魔は強く、また独自の文化圏を築いている為使い道があるかもしれない。
しかし、子爵級悪魔以下の悪魔の街は滅ぼされるだけの無価値な存在。
魔物を滅ぼすついでに滅ぼしたとしても、主人に何か言われることは無いだろう。
むしろ、褒めてくれるはずだ。
ヤーレンお爺さんに出会ったことは既に知っている。ならば、残りは消しても問題ない。
そう判断したのである。
こうして、魔物退治のついでに子爵級悪魔以下の悪魔の街も滅んでいく。
悪魔からすれば、悪夢以外の何物でもないだろう。
後書き。
ついで感覚で滅ぼされる悪魔達。これ、頭の上に隕石が降ってくるより理不尽だろ。
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