明らかに強い
デモットの育ての親であるお爺さん。彼はデモットが帰ってくると、快くデモットと俺達を受け入れてくれた。
死んでいる可能性もあるとは聞いていたが、生きていて何よりだ。
と言うか、ちょっと短絡的過ぎたかな。もしお爺さんが死んでいたらデモットは悲しんでいたに違いない。
でも、お爺さんの顔知っているのはデモットのみ。結局はデモットに頼らざるを得ないので、これに関しては賭けの部分も大きかったかもしれない。
「座ってくれたまへ。茶でも入れよう」
お爺さんはそう言うと、台所に向かっていく。
その歩き方や仕草からまるで隙が無い。
本当に強いぞこの爺さん。
「変わっていませんね。この家も。所々修理した場所は見られますけど」
「ここがデモットの育った場所か。小さい頃のデモットがここで走り回っていたと思うと、なんだかホッコリするな」
「ふふっ、そうね。想像出来てしまうわ」
「やめてくださいよ二人とも。俺は家の中で走り回るような子供ではなかった........はずです」
幼い頃の記憶と言うのは、大人になれば結構忘れてしまう。
余程刺激的なことがあれば記憶に残るが、日常の記憶なんてほとんど覚えていないだろう。
一か月前の食事だって思い出せないのが記憶というものだ。必要のないものはどんどんと抜け落ちていく。
デモットも最初は“そんなはずない”と言いたげだったが、徐々に自信をなくして行った。
「ホッホッホ。デモットは良い子だったぞ。確かに家の中で走ることもあったがな」
「俺の記憶にはないんだけどなぁ........」
「記憶とは所詮そんなもんじゃろうて。すまんな。この程度の茶しか用意出来なくて」
「ありがとうございます」
「ありがたく頂くわ」
出されたお茶は、ちょっと渋めのお茶であった。
ここら辺で取れる薬草のお茶なのかな?夜に飲むには丁度いい。
渋い味がするが、こういう趣のあるお茶は結構好きだしな。
「あら、意外と行けるわ」
「珍しいな。エレノアがこういう系のお茶を飲めるだなんて」
「確かに渋い味がするけど、不味いという訳では無いわね。癖になるような味よ」
「ホッホ。気に入っていただけたようで何よりだ。して、御二方はデモットとどのようなご関係で?」
おっと、自己紹介が遅れてしまったな。
俺とエレノアは背筋を正すと、自己紹介に入る。
何気に、アトラリオン級冒険者になってから名乗るのは初めてだ。
俺とエレノアは自分の姿を元に戻した。
「アトラリオン級冒険者“天魔”ジーク。見ての通り人間です。デモットとは........まぁ色々とあって今は師をやっております」
「同じくアトラリオン級冒険者“炎魔”エレノア。私はエルフと人間のハーフですが、人類という点ではジークと同じです。同じく、デモットの師をやっているわ」
「........ほう。これは流石に予想外じゃの。この魔界に人類が降り立つとは。しかも、デモットの師をしておるのか。おっと、儂はヤーレン。しがない老人じゃ」
どの口がとは思うが、ここは大人しくしておこう。
しがない老人は、伯爵級悪魔レベルの強さを持ってないんだよ。何者なんだアンタは。
その気になれば、この街を治めることなんて容易だろう。だってこの爺さん、今のデモットよりも明らかに強いし。
デモットもそれには気がついているのか、少しばかり表情が硬い。
「人間と言えば........過去にウルと元人間の骸骨が暴れておったのぉ。この目で見たことがあるが、なるほど。これが真の人間の姿か」
「お爺さん。ジークさんとエレノアさんは特殊だから、あまり参考にしない方がいいよ。何も説明してないけど、アトラリオン級冒険者って人類最強って意味だから」
「ふむ?なるほど。通りで儂よりも明らかに強いわけだ。所でその、アトラリオンとやらはなんなのだ?」
「アトラリオンと言うか、冒険者だね。冒険者は─────」
そこは、お爺さんと孫の会話であった。
人類大陸、秀では、人類のことをよく知らないヤーレンお爺さんの質問にデモットが分かりやすく答える。
もし間違ったことや誤解を生みそうなことを言ったら訂正しておこうと思ったが、賢いデモットがそんなミスをするはずもなかった。
こうして見ると、自分の知識を披露したがる孫に答えが分かっていながらも質問するおじいちゃんにしか見えないな。
俺には関係の無いはずなのに、見ていて心が暖かくなる。
「心地がいいわね」
「そうだな」
俺とエレノアはそれだけを言うと、お茶を啜ながら静かに会話を聞く。
デモットの声は楽しそうであり、お爺さんが滅茶苦茶強いことを忘れて色々と話していた。
初めは人類についての話であったが、徐々にデモットの旅路へと話が移り、やがて俺達との出会いの話になる。
そうして二時間ほどタップリと話したデモットは、とても笑顔であった。
「ほぉ、そのような事があったのか。儂でも経験できぬような面白い経験をしてきたのだな」
「うん!!お爺さんに育てられて、外の世界に興味を持って良かったよ!!ありがとう、お爺さん」
「ホッホッホ。儂は何もしておらんよ。ただ、気まぐれに知識を与えていただけじゃ」
あー、癒される。
あのクソムカデ野郎を見てからどこか機嫌が悪かったが、こうしてデモットとお爺さんの会話を聞いてると心が癒させるよ。
微笑ましすぎる。この一瞬を写真に収めたいものだ。
情景を切り取る魔術でも作ろうかな?いいなそれ。思い出として写真魔術に残すのも。
最近魔術の研究は一段落しているし、悪くないかもしれない。
そんなことを思いながら既に無くなったコップを眺めていると、お爺さんがこちらに話しかけてくる。
「すみませぬ。お客人を放置してしまい」
「お気になさらず。50年ぶりに再開した親子の語らいを邪魔するほど、俺達も無粋では無いので」
「そうよ。デモット、もう少し話しててもいいのよ。気が済むまで待っていてあげるわ」
「もう話したいことはあらかた話しましたよ。すいません。ちょっと楽しくなりすぎちゃって」
子供らしい一面を見せる愛弟子。
悪魔っていつからが大人になるんだろうな?年齢的に言えばデモットは100歳を超えていないはずだから、まだ子供扱いなのか?
いやでも、村では大人として扱われているし........
長寿種のそこら辺の価値観は分からないんだよなぁ。まぁ、お爺さんからすればデモットは幾つになっても子供のままだろう。
俺が両親の前ではそうであるように。
「それで、何か聞きたいことがあるのでは無いのですか?ジーク殿」
「鋭いですね。それでは遠慮なく。なぜ貴方はそれだけの力がありながら、領主にもならずこんなところに?悪魔の文化、価値観を考えれば、街を治めていてもおかしくは無いはずですが」
しばらく疑問に思っていた。
この爺さん、あまりにも強いと。
もちろん、どこぞのぶっ飛んだ骸骨とか、悪魔王に喧嘩を売った裏切り者よりは弱い。
だが、爵位を得るには十分な強さを持っている。衰えていないのか、それとも衰えてこれなのか。
そこら辺は分からないが、ともかくこのお爺さんはこんな街にいていいレベルの強さでは無いのだ。
悪魔の文化や価値観を考えれば、自分の強さを証明したがるだろう。
「ホッホッホ。さすがはデモットの師。儂の実力もある程度は見られておりますな」
ヤーレンお爺さんはそう言うと、席を立って本棚にあった一冊の本を取り出す。
そしてそれをペラペラと捲りながら、彼はこう言った。
「世界とは得てして未知なる世界。そしてその世界に抗うは無力な羊。なればこそ、知識を求めて世界に抗う。それが例え覆せない結果だろうと」
それは、知識とはと言う根本的な話であった。
後書き。
少し前のコメント。やっぱりみんな、虫や昆虫に嫌な思い出があるんやなって。
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