漢、ナレちゃん


 デモットが俺達からのプレゼントを想像以上に喜んでくれていた事を嬉しく思いつつ、それに嫉妬してしまったナレちゃんに軽いアドバイスを投げかけてあげた。


 結果、ナレちゃんは自分の我儘を通し、デモットも浮かれすぎていたと反省して今は二人でイチャイチャしている。


 もう恋人だろお前ら。喧嘩したカップルなんよ。


 おにロリと言う素晴らしい光景を見せてもらった事に手を合わせつつ、最近俺の周りでは春が多いなと思う今日この頃。


 俺はデモットの膝の上に座ってニッコニコなナレちゃんを眺めながら、次の目的地である魔界の西側について簡単に調べていた。


「ここら辺の植物があったら取ってきて欲しい。こっち側じゃ手に入らないんだ」

「なぁ、これは何に使うんだ?思いっきり“劇毒”って書いてあるんだが」

「使う使わないじゃなくて、私は実物が見てみたいのさ。分かるだろう?本の中にあるものを実際に見てみたい。それだけなのさ」


 目をキラキラと輝かせながらそういうポートネス。


 気持ちは凄くわかる。


 俺も御伽噺に出てきた竜の住む大陸や、天使の住む大陸なんかを見てみたいと思っている。


 多くの人々がおとぎ話でしかないと思っていた魔界があったのだ。天界や竜の国があったって不思議じゃない。


 ポートネスも、そんな本の中にある世界を見てみたいのだろう。


 ちょっと傾向が違うけども。


「分かった覚えてたら持って帰ってくるよ」

「覚えてなかったら駄々をこねるからな。毎日“取ってきて欲しい”って言い続けてやる」

「呪いかな?嫌すぎる」


 絶妙に嫌な呪いをかけようとしてくるポートネスに呆れながら、俺はポートネスの宝とも言える植物図鑑をペラペラと捲っていく。


 本当に面白い本だ。


 知識が何も無い人にも分かりやすく説明できるように絵を多めにしており、それでいながら重要な部分は強調して書かれている。


 小ネタのようなものも多くあり、読んでいて飽きない。


 これを書いたやつは天才だ。図鑑がこんなに面白いだなんて思いもしなかったよ。


「本当に面白い本ね。ポートネスが興味を持つのもわかる気がするわ」

「でしょ?この本との出会いが私の人生を変えたんだよ。あのまま無気力なまま生きていたら、私はきっとジーク達に殺されていたし、何も面白くない人生を歩んでいたよ」

「著者が分からないのが残念だよ。作者の名前でも分かれば、サインのひとつでも貰ってきたのにな」

「本を買ってその日の内に全部読んだ後、直ぐに探しに行ったんだけどね........既に本を売っていた人は居なかったんだよ。結構探し回ったのに見つからなかったから残念だったなぁ........」


 そうなると街の外に出たと言うことか?旅人の可能性もあるのか。


 しかし、魔界での旅と言うのはそれ即ち社会を出たと言う意味になる。


 余所者が街に入るなんて事はほぼ不可能に近い。


 強いやつならば別だろうが。


「顔は見てないのか?」

「フードを深く被ってて見れなかった。匂いももう覚えてないから、困ったよ」

「もしかしたら既に天魔くんちゃんに殺されているかもしれないしね........」


 エレノア。思っていてもそういう事を言うのはダメだぞ。


 微妙に空気の読めない相棒に呆れながらも、その可能性は否定できない。


 天魔くんちゃんは強い。少なくとも伯爵級悪魔程度ならばボッコボコにできるぐらいには。


 そんな天魔くんちゃんを何とかできる存在が、そうゴロゴロといるとは思えない。


 今頃知らない間に殺しているなんてこともあるのだ。


 しかし、俺は命令を止めるようなことはしない。


 悪魔は経験値。デモットや村の悪魔達のような例外を除き、その考えは変わることは無い。


 だって最近レベルが上がりにくくなってるんだよ?グランドマスターも結局悪魔についてどうするかとか何も言ってなかったんだし、そりゃ殺すよ。


 悪魔は敵であり、経験値。


 これが俺とエレノアの常識だ。


「別に探してくれとか、そういうことは思ってないからいいよ。と言うか、お願いしても断るでしょう?私の住んでいた街を滅ぼしてくれたんだから」

「否定はしない。魔界に来て色々とあったが、1番の目的は悪魔狩りレベリングだしな」

「そうね。ウルが居なかったら今頃この村も消していたはずよ」

「君達、敵と味方の線引きがしっかりしすぎてて怖いね。敵に絶対回しちゃいけないタイプだ。一度敵と見なされたら、終わりだよ」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 ドン引きのポートネス。


 しかし、ポートネスもこの短い間での付き合いで俺達がどんな人物なのか理解はしているようで、肩を竦める。


 これが人間だったならば、倫理観とかそういう話もしてくるんだろうな。


 デモットと接していて思ったが、やはり悪魔は他人に冷たい。特に、関係の無い相手となれば本当に興味を無くす。


「それで、持ってきて欲しいのはこれで十分か?」

「うん。それでいいよ........ところで、デモットは随分とナレちゃんと仲がいいみたいだね」


 ポートネスはそう言うと、ナレちゃんと本を読むデモット視線を向ける。


 一昨日、ちょっとしたいざこざがあった2人は、それはもう楽しそうであった。


 デモ×ナレてぇてぇってやつですか。ごちそうさまです。


「デモットも随分と厄介な子に好かれたものだよね。この前、私の所に来て“惚れ薬を作ろうとした輩がいる。本当に作れるのか?”って聞いてきたよ。それと“もし作れるなら、証拠の残らない毒を用意して欲しい”って」

「........ん?ごめんもう1回言って貰える?」

「聞き間違いかしら?私の耳が腐ったかもしれないわ」


 ごめん、なんて?


 今とんでもない言葉が聞こえたのだが。


「“惚れ薬を作れる?もし作れるんだったら、毒を用意して”」

「なるほど。俺の耳がイカれたみたいだ。エレノア、ちょっと俺も殴ってくれ」

「私もジークにお願いするわ。ちょっと1発殴って頂戴」

「聞き間違いじゃないから。私も自分の耳を疑ったぐらいだから」


 ヤベーだろ。どう考えてもやべーだろそれ。


 ヤンデレっていうか、最早狂人だよそれ。


 まず、惚れ薬を作ろうとしている輩がいることにも驚きだが、ナレちゃんそいつを殺そうとしてるよね?


 やばいなんてもんじゃない。イカれてやがる。


 月九でももう少しさっぱりしてるよ。ドロドロって言うか、血みどろじゃん。


「で、なんて答えたの?」

「惚れ薬なんてものは無い。って答えたよ。じゃないと私も犯罪の片棒を担がされるね」

「ナレちゃん、かなり怖いわね」

「俺達に“バカ”って言ってきただけだったのは、ある意味優しさだな........と言うか、ナレちゃんも惚れ薬を作ればいいのでは?」

「それは私も聞いたよ。そしたら“自分で落とさないと意味が無い”って言ってた。ナレちゃんが許せなかったのは、デモットの意思を捻じ曲げてでも自分のものにしようとした事だろうね」


 ナレちゃんイケメンかよ。


 カッコよすぎるよナレちゃん。


 正直、ちょっと行き過ぎた子だなとか思ってたりしたけど、見直したわ。


 ナレちゃん、お前漢だよ。


 おにロリ派閥の悪魔達がいるのだが、彼らがデモットとナレちゃんを応援する理由がよく分かった気がする。


 惚れ薬なんて作るんじゃねぇ。自分の魅力で堕として来いよ!!


 ナレちゃんはそう言っているのである。


 そして何気にデモットのことをよく理解している。デモットは何にも縛られない。


 縛る者は存在しない。


 ナレちゃんカッコよすぎる。


「やべぇ、ナレちゃんじゃなくて今度からナレさんって呼ぼうかな」

「最初は頭のおかしな子かと思ったけど、これはカッコよすぎるわね。惚れるわ」

「だろう?最初は耳を疑ったが、中々に漢気があるじゃないか。いや、女の子なんだけども」


 こうして、悪魔の村の厄介オタクが増えた。


 余計なことはしないが、裏で楽しむ厄介オタクが。





 後書き。

 厄介カプ厨、爆誕。

 あまりにもカッコ良すぎるナレちゃん。これはデモットの正妻ですわぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る