天魔vs獣神


 俺達が“天魔”“炎魔”の名前を獲得し、人類最強の称号とも言えるオリハルコン級冒険者となる前から存在した“獣神”ウルヴァルス。


 噂には聞いていたが、本当にところ構わず喧嘩を売るような奴だったんだな。


 そりゃ、剣聖やリエリーよりも問題児として扱われるわけだ。


 一応、強い奴にしか喧嘩を売らないからマシなんだが。


「んー、今まで見てきた人類の中では確かに強いですけど、精々男爵級悪魔程度ですね。昔なら強いと思いましたが、今見ると弱いです」

「子爵級悪魔やら伯爵級悪魔と比べるとな。だが、あれが人類の最高峰だ。師匠が如何に馬鹿げているのかよく分かるだろう?」

「いや、あの人そもそも人間ですらないわよ........」


 獣神の強さを見て“弱い”と言い切る。


 デモットも強くなったもんだ。昔は準男爵級悪魔すら勝てない程だったのに。


 弟子の成長を嬉しく思いながら、これ以上大きな騒ぎにはならないだろうと判断してその場を後にしようとすると、後ろから声をかけられる。


 予想はしていたが、やはり見つかってしまったみたいだ。


「強ぇ匂いがするな。おい、俺とやろうぜ」

「生憎、買う必要も無い喧嘩を買うほど暇じゃないし、そんな趣味もないよ先輩」

「アン?先輩?........待てよ。その見た目、マリーのやつが言ってた見た目にそっくりだな。お前“天魔”か」


 あらま。もうバレてしまった。


 まぁ“先輩”なんて言えばそりゃバレるか。


 ざわりと周囲を囲んでいた観客達がうるさくなる。


「天魔ってあの?ただのガキじゃねぇか」

「バカッ!!お前知らないのか?!天魔って言えば、魔境を潰して回り魔物の群れに嬉々として飛び込むヤベー奴なんだぞ!!兎に角レベル上げが優先で、俺たち人間すらもレベル上げの獲物として見ているって噂だ」

「って事は、あの隣の女は炎魔か?確か、二人はパーティーなんだよな?」

「人類最強のパーティーよ。マリーちゃんが言ってたけど、あの二人だけは敵に回してはならないって言ってたわよ。下手な発言をしたらぶっ殺されかねないわ」


 ........なんか、とんでもない噂が広まってる気がする。


 流石に人間を経験値として見るほど俺も終わってねぇよ。魔境を潰して回ったのは事実だけど。


 それと、マリー。どんだけ脅すようなことを言ったらこんな認識をさせるのだ。


 俺もエレノアも結構我慢強い方だって。


「ガハハ!!いざ勝負!!」


 そんな観客達の噂を聞いて、自分達がどんな風に思われているのかを聞いていると、俺の言葉をまるで理解していない獣がいきなり襲いかかってくる。


 こいつ、人の話をまるで聞かずに殴りかかってきたぞ。


 そりゃ、一番の問題児なんて言われるわけだ。リエリーの方がまだ可愛い。あっちは言えば止まるからな。


 一瞬、デモットが本気で迎撃に出ようとしたが、俺はデモットの手を引いて下がらせる。


 俺に仕掛けられた喧嘩だ。獣の躾は俺がやろう。


「下がってろ」


 俺はデモットを下がらせると同時に、振り下ろしてきた拳を手首で弾く。


 獣人の身体能力にものを言わせた戦い方だな。拳の撃ち方がなっちゃいない。


 だが、それでも強い。マリーの拳を弾いた時のような衝撃だ。


「ジーク、結界を張ったから、多少は暴れていいわよ」

「暴れないって。無力化するだけだから」


 続け様に放たれた膝を横に避けながら、俺はエレノアと会話をする。


 エレノアが周囲に気遣って結界を張ってくれた。これで被害は抑えられるだろうが、そんなに派手にやるつもりはないからね?


「いい動きだな!!」

「どうも。満足したなら大人しくしててくれ。グランドマスターに怒られるぞ」

「ガハハハハ!!それはいつもの事だからな!!今更だ!!」


 いつも怒られてんなら少しは反省しろバカが。


 グランドマスターの名前を出しても続けようのするこの獣。


 こんなバトルジャンキーがオリハルコン級冒険者になれるのだがら、オリハルコン級冒険者達はイカれてるなんて一括りにされるのだ。


 俺もエレノアも強いやつを見つけたら速攻で喧嘩を売るような野蛮人ではない。少なくとも、人類には優しいと言うのに心外だぜ。


 右から爪の引っ掻き。


 普通の人間が食らったらバラバラになりそうな鋭さをしているが、生憎この程度の攻撃はそこら辺の魔界の魔物だってできる。


「オリハルコン級冒険者なんだから、もう少し落ち着を持てや。おすわり」

「ゴフッ!!」


 俺は攻撃が届くよりも早く懐に入り込むと、手加減した拳を腹に叩き込む。


 本気でやったら死ぬからね。流石にオリハルコン級冒険者を1人殺しましたは笑えない。


 身体がくの字に曲がる獣神。


 俺はそのまま獣神の頭を空いた手で持つと、地面に軽く叩きつけた。


 地面が完全に壊れない程度に、優しく、優しく。


 ドゴッ!!


 幾ら肉体が優れている獣人とは言えど、多少なりともダメージは入っただろう。


 これで負けを認めてくれると有難いんだが........


「まだやるか?」

「いてて。ガハハ!!俺の負けだ!!いやー強いな!!」


 喧嘩を売ってきたが、彼は本物だ。


 実力差を感じとって大人しく負けを認める。


「もう暴れない?」

「うむ。とりあえずは暴れないようにしよう。敗者は勝者の言葉を聞くものだ」


 そして、勝負に対しては素直で紳士。


 それを普段の性格にも是非活かして欲しいものである。


 後、とりあえずって事は後でまた暴れるつもりだろお前。その度に俺が鎮圧するとか勘弁だぞ。大人しく鎖に繋がれていてくれ。


 そんな事を思いながら、とりあえず先輩であるオリハルコン級冒険者“獣神”を無力化した俺。


 すると、上から影が降ってくる。


 白いタンクトップにピンク色のスカート。ギチギチのニーソ。


 服を見ただけで誰だか分かる。


「久しぶりだねマリー」

「久しぶり」

「帰ってきてたのね。グランドマスターから聞いたわよ........で、これはどういう状況?」

「暴れてた獣を無力化した所だ」

「なるほど。つまりウルヴァルスちゃんに喧嘩を吹っ掛けられて勝ったのねん。流石はジークちゃんだわ。見ない間にさらに強くなってしまったわね。ウルヴァルスちゃんもかなり強いはずなのに」

「赤子のようにあしらわれたな!!久々にここまできっちりと負けた!!」


 この街の守護者にして、人間代表とも言えるオリハルコン級冒険者マリー。


 相変わらず見た目は変わってないが、元気そうでなによりだ。


 男冒険者たちが全員一目散に離れていく様は爽快だな。流石はマリーである。


 そして以外にも女性冒険者からは尊敬の眼差しを送られていた。


 そう。マリーは意外と女性冒険者から人気があるのだ。なんやかんや面倒見はいいし、女心も分かってくれる。


 それでいながら男心も理解しているので、相談役にはぴったりなんだとか。


 聞いた話では、彼女(彼)のお陰で結婚した冒険者も多いらしい。あれ?マリーを知れば知るほどまともに見えてくるぞ?こんなにパンチの強い見た目をしてるのに。


「とりあえずあなたは本部で大人しくしてなさい。グランドマスターがブチギレてたわよん」

「ガハハ!!あいつも大変だな!!」

「アンタのせいなんだけど?」


 まるで反省していないウルヴァルスは、笑いながら冒険者ギルド本部に歩いていく。


 軽く殴ったとは言えど、まるでダメージを貰ってない辺り体は頑丈そうだな。


 そして怒られてこい。


「はぁ。ウルヴァルスちゃんが来てから大変だわん。まだリエリーちゃんの方がいいわね」

「リエリーは素直だからね。ちゃんと言うことは聞いてくれるし。頭からすっぽ抜けることも多いけど」

「そこも含めて可愛いからまだ許せるわよ。あれは、わかっててもやってるからタチが悪いわ」


 マリーも苦労してるんやな。


 俺は今度からもっとマリーには優しくしようと思いつつ、久々の再会を喜ぶのであった。





 後書き。

 獣神は一番の問題児まである。強いやつと喧嘩するがモットーのヤベーやつ。

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