店員(悪魔)


 人間の進化条件がある程度判明し、俺達は幽霊達に全てを教えた。


 結果、バディエゴのお爺さんは新たな仮説を立てて既に色々と試している。


 次は元々が人間の魂である幽霊達も悟りを得た場合に心理顕現を得ることはあるのか、また進化は可能なのかと言う実験を始めるつもりだとか。


 人間の進化が魂だけに起因するのか、それとも肉体も必要であり人間という存在のみに許されたのか。


 生命の神秘に挑む挑戦をまた始めるのだ。


 実に楽しそうである。幾つになっても、彼らは研究者であり死ぬ前と変わらないのだ。


 さて、そんな懐かしい顔を見に行った翌日。


 俺は自分の家でのんびりとすごしていた。


 あ、自分の家って実家の方ね。


「ほへー。これでジークさんは魔術を覚えたんですね」

「まぁね。ここにある魔術だけじゃ飽き足らず、自分で実験を始めてたけど」

「確か、庭の草を枯らしたり、木をへし折っだりしていたと聞いたわよ?シャルルさんが昔のことを思い出してプリプリ怒ってたわ」

「プリプリ怒ってるだけならまだ可愛い方さ。本当に怒ってる時は、にっこりと笑うからな。母さんが怒った時はマジで怖いぞ。後ろに般若の像が見える。父さんですら、諦めるからな。あれは怖かった........」


 うちの可愛い弟子は、俺が幼少期にどんな生活をしていたのか気になるらしく、親父やお袋に色々と話を聞いていた。


 親父がデモットをえらく気に入り、あれこれ話すものだから、デモットも親父と仲がいい。


 でも、俺が小さい頃におねしょした話までしなくていいんだよ。仕方がないとは言えど、そんな話をされると流石に恥ずかしい。


 師として威厳ある姿を見せてやりたいと思っていたが、これでは師匠のめん木が丸つぶれだ。


 俺が小さい頃の話を聞いたデモットが、何故かさらに俺に懐いたが。


 そんなことを話していると、ふとひとつの気配が現れる。


 悪魔の村とこの家を行ったり来たりする恋する乙女、ウルだ。


 ウルは最近、朝は村の管理やら何やらをして働いて、午後になるとこちらに顔を出すという生活を送っている。


 態々師匠に会いたいがために、午前中に全ての業務を終わらせるんだと。


 村の管理はガレンさんがしっかりとやってくれるし、万が一の時は天魔くんちゃんが村人達を避難させてくれるから、安心してこっちに来れるそうだ。


 もうここまで来ると通い妻だよ。旦那は元女の骸骨だけど。


「当たり前のように転移してくるわね」

「それだけ師匠に会いたいんだろ。ウルは本気で師匠のことが好きだからな。しかも、数百年近く離れてたんだぞ?無理もない。ちょっと挨拶だけでもしに行くか。次いでに手伝いでもしようかな」

「あ、俺も手伝います。デッセンさんの料理の知識はためになりますしね」


 という訳で、俺達は下の階へと降りていく。


 時刻は昼時。既に店は開店しているのだが、昼間にこの店に食べに来る人は少ない。


 昼間に来るのは主婦や今日の仕事がない常連の冒険者ぐらいであり、割と席は空いていた。


 これから夕方になるにつれて、かなりの人々が来る事だろう。


 昼間は平和で忙しくないから楽って両親も言ってたな。特に、酒を飲んで酔っ払う奴らが少ないから。


 この店も酒を出している。そして、酔っ払えば喧嘩が起こることもある。


 それを止めるのが面倒だと言っていた。今は師匠がいるからあっという間に鎮圧されるが、師匠が居なかった時はゼパードとかが代わりにやってくれていたっけ。


「ウルちゃん。これをあそこのテーブルにお願いね」

「承知した」


 ........手伝ってる。あの裏切り者にして、元大公級悪魔。魔界でも五本の指に入るであろうあのウルが、お袋にお願いされて料理を運んでいる。


 魔界の住民が見たら、きっとこれは幻覚だと思うことだろう。


 悪魔の象徴とも言える角と尻尾を隠して、こうして店員をしているとかなんの冗談だと。


 そして、当たり前のようにウルを店員として使っているお袋も何気にやばい。


 一応説明したはずなんだけどね?ウルはかつて師匠と共に戦争を引き起こした、貴族で言う公爵家に当たる超偉い人だったって。


 ........あ、お袋も公爵家の人間か。ほな同じ立場か(錯乱)。


 当たり前のように悪魔を従業員として使い、そしてさも当然のようにウルの頭を撫でるお袋。


 全生命の母と言われても俺は驚かないぞ。


「ウルちゃんも手伝ってくれるなんて助かるわ。夕方はもっと忙しいから期待しているわよ」

「迷惑をかけてしまうかもしれないが、よろしく頼む。シャルル殿」


 そして、頭を撫でられたウルは満更でもなさそうだった。


 やばい、我が家に手を出した時にやってくる勢力に悪魔が追加された。その内冗談抜きに世界征服できそう。


「相変わらずね」

「順応が早すぎる........」

「シャルルさんの手は、どこか懐かしくて暖かいんですよね。分かりますよその気持ち」

「あら、降りてきたの?丁度いいわ。ジーク、買い出しに行ってきて貰えないかしら?エレノアちゃんもついて行って頂戴。この子、偶に変な物を買ってくるのよ」

「あ、デモットはこっちに来てくれないか?仕込みのやり方を教えてやるよ」

「はーい」

「わかりました」

「いいんですか?!やった!!」


 そして、俺達もさも当然のように手伝わされる。


 いや、手伝うつもりで降りてきたんだからいいんだけど、サラッとウチの弟子を従業員扱いしてるよこの人達。


 凄いな。純人間が三人、混血種が一人、骸骨が一人、悪魔が二人のごちゃまぜだ。


 世界のどこを探しても、こんなにバリエーション豊かな従業員を抱える店なんて無いぞ。


「何を買ってきて欲しいの?」

「このメモに書いてある通りよ。お金は後で払うわ」

「いいよ。このぐらいは俺が出すよ」

「それは絶対にダメよ。自分の子供に経営の手助けされるだなんてみっともない真似はできないわ。手伝いならともかく、お金を出すような行為は禁止よ」


 手伝いはさせるけど、ものを買わせたりは絶対にさせないんだよな。


 魔界に来てから金を使うことがなくなって、俺達の懐はまるで寒くならない。


 増やす手段も今はなくなってしまったが、そもそも使わないので減らないのが現状である。


 結構大きな買い物をしたはずなのに、金が有り余ってるからな........俺もエレノアも。


 ここにいる間になにかプレゼントでも買ってあげるか。どうせなら、ここでは手に入らない貴重なやつを。


 あー、明日あたりに冒険者ギルド本部に顔を出すつもりだし、そこでお土産でも買ってあげるか。


 食べ物の方がいいかな?それとも形に残るものの方がいいかな?


 ちなみに、俺が昔プレゼントした安物のネックレスは今も尚大切に二人の首から掛かっている。


 ゼパードがこっそり教えてくれたが、両親は未だにこのネックレスの話を自慢する時があるそうだ。


「随分と古くなってしまったし、新しいのを買ってあげる?私も半分出させてもらうわよ」


 そんなことを考えていると、俺の思考を読んだエレノアが耳元で囁いてくる。


 あの、なんでそんな事細かな事まで読み取れるんですかね?エスパーなんですか?超能力者なんですか?


「当たり前のように俺の思考を読むなよエレノア。少し........いや、だいぶ怖いぞ」

「ジークの顔を見れば、言いたいことなんて大体分かるのよ。何年一緒にいると思っているのかしら?ジークだって何となく私の考えていることが分かるでしょう?」

「まぁ、多少は」


 お腹空いた時とか特にね。エレノア、お腹が空くと無意識にお腹を摩る癖があるし。


 結局、俺もエレノアと同じか。


 こうして、当たり前のように従業員扱いされる悪魔達は普通に店に馴染むのであった。


 ウルもデモットも、適応が速い。なんで当たり前のように料理を運んだり作ったりしてるのさ。

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