人間の可能性


 久しぶりに会った幽霊達は、相も変わらず元気そうであった。


 新入りが増えたり、減ったりということは無かったそうでいつものメンツで日夜研究に励んでいるらしい。


 特に、俺達がこの魔境を吹っ飛ばしてくれたお陰で、普段なら入らないような危険地帯に入って素材を集めるなんてこともできるようになったそうな。


 楽しそうでなによりだが、研究に没頭しすぎて死なないようにね。


 命あっての研究。研究が命よりも優先されてしまってはならない。


「落ち着いた?」

「う、うむ。少し取り乱してしまったよ。儂としたことが情けない」

「孫のように思われていただなんて驚きね。こんな祖父は勘弁よ。私達のことまで実験動物として見ていそうじゃない」

「ぐふっ........」


 エレノアに冗談を言われ、ちょっとメンタルにダメージを喰らうバディエゴ。


 なんやかんや俺達の世話を焼いてくれていた老人の幽霊は、思っていた以上に俺達のことを大切に思っていたらしい。


 有難い事だ。おかげで、人類の進化についての可能性を知れたし、今はこうして呑気に話せているんだからね。


 さて、俺達がこの魔境に顔を出したのは、久しぶりに幽霊達の顔が見たくなったからと言う訳では無い。


 かつてバディエゴ共に実験した、人間の進化についての予想がある程度たったからである。


 心理顕現の獲得、及び自らの悟りを得ること。


 これが人間の進化条件の一つであると言う仮説が立てられたのだ。


 証明する方法はないが、ほぼ答えだと俺は思っている。俺のみならず、エレノアも進化したのがいい例だ。


 エレノアは人間とハイエルフのハーフ。人間の進化条件も満たさなければならず、そして俺と共に同じ時期に進化したと考えれば心理顕現の獲得が条件であることは明白なのだ。


 後はレベルの上限とかもありそうだけど、それは正直分からない。


 心理顕現を獲得するに至るためには、最低限の実力が必要。


 その実力がどれほどのなのかは、検証のしようも無い。


「んで、進化したんだって?」

「そんなんだよカエナル。ちょっと魔界に行ってきてな。そこで進化した」

「........ん?魔界?」

「そう。魔界。もっと言えば、悪魔たちが住まう大陸」

「........え、それって物語だけのお話じゃないのか?」

「あるわよ。魔界。人類と同じように大陸の至る所に存在していて、多くの文化や文明が生まれているわ」


 サラッと告げられた魔界の存在。


 この世界では、多くの人々が自分たちが住む人類大陸以外の大陸は空想上の存在ではないかと考えている。


 無理もない。


 衛生技術やこの星を宇宙から見た写真が無いのだから、自分の目に映るものが世界の全てでしかないのだ。


 俺はロマンがあるからという理由で信じていたが。


「へぇ。本当に存在するんだな。それで、そこで調査でもしていたのか?」

「いや?悪魔って人類の敵だし、派手に殺し回って経験値にしても怒られないなーと思って、レベリングしてた」

「........あぁ。ジークはそんなヤツだったな。んで、そこで進化の条件を見つけたと。何が条件だったんだ?」

「心理顕現の会得だね。とは言っても言葉だけじゃ分からないだろうから、少し見せてあげるよ」


 人間の進化について興味津々な幽霊達を一旦少し下がらせて、俺は手のひらサイズの観音ちゃんを具現化する。


 観音ちゃんはキョロキョロと辺りを見渡して自分に求められていることを察すると、“どやぁ、我観音ぞ?”と言わんばかりに胸を張った。


 初めて観音ちゃんを具現化させた時よりも表情豊かになったな。流石は俺の心理である。


 天魔くんちゃんと同じく、観音ちゃんも学ぶのだ。


 暇な時にちょこちょこ呼び出しては遊んでいた結果、戦いではない時は割とノリが良くなっている。


 観音ちゃん可愛いよ!!もっと可愛いポーズして!!


「それが“心理顕現”ってやつなのか?見ても全くわからんが」

「なんだろう........そこにあるはずなのに、何も無い雰囲気を感じる。虚無?」

「ほぉ........これが人間の進化の過程で生まれた力。しかし、説明してもらわねば分からんな」


 それぞれが思い思いの反応を見せる中、バディエゴがふらりと近づいてくる。


 俺はその動きを手で制止させると、観音ちゃんを消した。


「ダメだよ。下手したら消えるから」

「む?何がだ?」

「ジークの心理顕現は、触れたものを消すのよ。文字通り、存在もその魂そのものもね。観音がいる時に近づくのは危ないわ」

「そ、そうか」

「今はもう力を使ってないから大丈夫だよ。それじゃ、説明してあげるね」


 ということで、カクカクシカジカ。心理顕現とは何ぞやという話を説明してあげる。


 幽霊達は、俺の話を途中で遮ることはせずに最後まで話を聞き続けた。


「つまり、何らかの悟りを得て、それをこの世界に顕現させるだけの力を持っていると魂が悟りに馴染んで心理を得られるというわけだな?」

「そういう事。そして、その変化によって人間は進化する........と思われるよ。これは経験則による仮説でしかないから、事実かどうかは分からないけどね」

「いや、ジークもエレノアもそれによって力を得たということは、間違いないだろう。なるほど悟りか。それは考えもしなかったな。人の考え、思考が存在そのものに力を及ぼすとは」

「通りで人間の進化した存在が全く居ないわけだ。悟りを開いてねって言われてすぐに開けるようなもんじゃないしな」

「普通は一生涯掛けてその答えを探すんじゃないか?その点、2人は本当に滅茶苦茶だよ。まだ20そこらしか生きていない若造だってのに。一体どれだけ濃い人生を歩めばこうなるんだか」


 転生して放置ゲーすればなれるよ。さぁ、幽霊たちもレッツ放置!!


 放置ゲーが全てを解決してくれるのだ。全人類放置ゲーを始めたら、今頃人類はもっと強い種族となっていたかもな。


 そんなことを思いながら、暫く人間の進化について話しているとバディエゴが一つの結論に至る。


 それは人類の人間の可能性に着いての話であった。


「悟りを得るつまり、自身の中で世界に対するなにかの結論を得る。それによって、魂による変革が起こり人は進化する。ある種の神と言えるかもしれんな。神は人の理解が及ばない存在であると定義されている。儂はそんなもの信じんが、悟りの内容を聞いても理解できるものでは無かった。思考の数だけ人間には可能性がある。これだから、人間の研究は止められんのだ」

「おーい爺さん。何一人で気持ち良くまとめてんだ。条件は分かったんだし、後は二人の話を聞こうぜ。魔界がどんなところか気になって仕方がないんだ」

「俺も同感だ。長年の研究にひとつの終止符が付いたとしても、どうせあんたは次から次へと疑問を見つけて調べ始めるんだからな。それよりもジーク達の話を聞こうぜ」


 人間の可能性は無限大。人間もまた魔術と同じく無限の可能性に満ちている。


 そんな結論を出して、一人でもぶつくさと呟いていたが、幽霊達は魔界の方が気になるらしい。


 悪魔は本当に本で見た通りの姿なのか、どんな生活を送っているのか。その社会体系は?悪魔は何故人を襲うのか?


 そんな疑問があちこちから上がってくる。


「バディエゴも聞きたいならそこに座ってよ。心理顕現で得た魔術にちょっと新しい子が入ってね。その子に演技してもらいながら話してあげる」

「天魔くんちゃん........また無理難題を押し付けられているわね」

「ハッハッハ。では聞かせてもらうとしよう。2人の旅路をな」


 こうして、俺とエレノアは悪魔について、魔界に着いて色々と話してあげた。


 普段から研究にあけくれていた幽霊達はその外の世界の話が新鮮だったのか、とても楽しそうにそしてとても嬉しそうに俺達の話を聞くのであった。


 なお、無茶振りされた天魔くんちゃんは、ノリノリで踊ったりモノマネをしていたね。天魔くんちゃんらやはりこういう時のムードメーカーである。





 後書き

 観音ちゃん「どやぁ」

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