雨降って地固まる


 故郷に帰ってきてから四日ほどが経った。


 師匠は俺達が本当に自分を超えた存在になったのだと喜び、師匠に褒められた俺達も少しは近づけたと喜ぶ。


 ウルは師匠となにやら話していたが、どこか安心したようなほっとした様な表情で悪魔の村に帰ってはこっちに来ると言う生活を続けていた。


 師匠が魔界で唯一残した村。ウルにとって、この村が師匠との思い出の品であり絶対に壊してはならないもの。


 数百年近く健気に骸骨を愛した悪魔の乙女は、今も尚その思い出を大切に持っている。


 が、師匠には会いたいので毎日やってくる。


 お陰で師匠の部屋は転移地点となってしまった。


 そして、ウルがひょっこり現れたりすることに親父もお袋魔なんの疑問を持たない。


 順応が早すぎる。


 そんな変化に既に慣れてしまったお袋と親父だが、二人はとても機嫌が良かった。


 それは、エレノアが二人の似顔絵を描いてくれたからである。


 親父はともかく、お袋はエレノアのことを実の娘のように可愛がっている。


 そりゃそんな存在から、ちょっと恥ずかしそうにプレゼントを渡されれば狂喜乱舞したって不思議じゃない。


 結果、エレノアはお袋に揉みくちゃにされてその暖かい腕の中に包まれていた。


 エレノアもお袋のことは実の母親のように思っている。母の愛ある抱擁は、やはり嬉しいのかエレノアも満更でもなさそうだった。


 まぁ、予想通りその話を聞いた師匠が割とガチめに“私の絵も描いてくれ!!”とお願いしてきたが。


 しかも、骸骨姿と変装姿の両方を。


 師匠はその絵をとても気に入り、額縁を自作する所か、ありとあらゆる魔術を付与して盗難防止対策を施していた。


 正直、国家の秘宝を守るよりも厳重だったと思う。


 誰が盗めるんだよあの絵........


 そして、デモットは人間の生態や社会の構図に興味を持ち親父に色々と教えて貰いながら人間の社会を学んでいる。


 親父は人懐っこいデモットがかなり気に行ったようで、実の息子よりも最近は話す時間が長い。


 あれ?俺、割とハブられてね?実の息子なのに扱いが雑だぞ?


 そんなこんなで、ちょっと悲しくなりつつも、この日はとある懐かしい場所を訪れていた。


「やぁ。久しぶりだな」

「........なんで貴方がここにいるのですか?と言うか、どうやってこの街に入ってきたのですか........」

「あら、折角こっちに来る用事があったのだから顔を出したのに、全く嬉しそうではないわね。オリハルコン級冒険者様よ?丁重におもてなししないと」

「どの口が言ってるんですか。私は決めたのですよ。貴方々には別に丁寧に接しなくてもいいやとね」


 エレノアの冗談に、冗談で返すのはカール皇国の聖女様ことシスティーナである。


 俺とエレノアとは割と仲の悪い方だったのだが、家に招待してあげたらお袋に懐いてしまってそのまま関係が良好になった人だ。


 俺もあの時はちょっと過激すぎたし、聖女も聖女で俺たちを理解してなかった。


 が、今となってはオリハルコン級冒険者がどのような存在なのか分かっているのか、もう以前のように仕事を頼むことも無い。


 ただの友人だ。


 今回の目的は、元五大魔境“ヘゲス”にいる幽霊達。


 しかし、折角来たのならば知り合いに顔を出してあげるぐらいのサービスはしてあげないといけない。


「最近はどう?」

「どうもこうもありませんよ。特に変わりのない日々を過ごしています。そちらこそ、どうなのですか?シャルル様はお元気ですか?」

「元気すぎて困るね。エレノアに似顔絵を描いてもらったら、想像以上に喜んでエレノアが揉みくちゃにされてたよ」

「息ができなかったわ」

「........いいなぁ........ゴホン。じゃなくて、相変わらずですね」


 心の声漏れてますよ聖女様。


“いいなぁ”って“いいなぁ”って聞こえましたよ。


 今度またお袋に合わせてあげようかな?お袋も結構聖女様の事は気に入ってたみたいだし。


 慌てて取り繕っても、誤魔化しきれてないが、ここは触れないであげよう。


 聖女様も聖女様でそれなりに苦労しているのだ。


「シャルル様がお元気で何よりです........そういえば、貴方々はしばらくどこかに行方をくらませたと噂されていましたね。そう簡単にくたばるとは思ってませんが」

「仮にも聖女様がくたばるとか言うなよ。魔界に行ってただけだ」

「悪魔と殺し合いをしてたわ。中には仲良くなった子もいるけどね」

「へぇー、魔界ですか........魔界?!魔界って、あ、あの魔界ですか?!」


 一瞬スルーしかけて、慌てたように聞き返す聖女様。


 仮面を被らなくなった聖女様は表情豊かで見ていて楽しいな。全面的にそれを押し出したら、もっと人気が出るんじゃない?


「魔界と呼ばれるものが世界各地にあったら知らんが、悪魔の棲む大陸の事ならそうだぞ」

「ちょっと前に悪魔達がこの大陸に攻めてくる事件があってね。ピンポイントでオリハルコン級冒険者達を狙った襲撃だったからよかったけど、適当な場所に放たれていたら大変なことになってたわ」

「え、これ私が聞いて大丈夫なやつですか?勘弁ですよ?これを聞いたから死刑とか」


 急に顔を青くしてガタガタと震え始める聖女。


 これが俺と喧嘩をしたあの聖女なのだから驚きだ。昔みたいに“神!!神!!神!!”って言ってたあの頃の聖女はどこに行ったんだ。


「この国で一番偉いの貴方ですよ。それと、グランドマスターは特に何も言ってなかったら大丈夫でしょ。本当にやばい情報なら“黙ってろ”っていうし」

「そうね。多少世間話で話すぐらいは問題ないと思うわよ。意図的に広めるならともかくね」


 グランドマスター、元気にしてるかな?


 もうちょっとしたら逢いに行くつもりだけど。デモットが弟子になった話とか、悪魔の中でも話せるやつがいるよとか色々と報告しなければならない。


 あ、ついでにデモットを冒険者にしてもらうか。


 グランドマスターなら話が通じるだろうし。


 ちなみに、今日はデモットを連れてきていない。流石にね。聖女様の前に悪魔を連れてくるのはちょっとね。


 色々と問題がありそうだし。


「悪魔と言えば、人類の天敵、肉を喰らい血を啜る邪神の子。そう言われていますよね?」

「いや流石にそこまでは言われてるかは知らないけど、少なくとも人類の敵というのが共通認識だろうね。でも、意外と話せば分かるやつは多いぞ。経験値が欲しいから話せても殺す場合がほとんどだけど」

「悪魔の村にお世話になってるわ。意外と悪魔も人も、そう変わらないの。考え方は違ったりするけど、言葉を話して意思疎通が取れるという時点で魔物とは違うわね」

「弟子も取ったしな。真面目で努力家。良い奴なんだよ。俺達にはもったいないぐらいの」

「そうなのよ。とっても可愛いのよ?見た目がとかじゃなくて内面が。本当にいい子を弟子にしたわ。魔界に行って一番良かったと思える出来事ね」

「へぇ。悪魔も意思疎通できるんですね」


 おや?思ってた反応と随分と違うな。


 悪魔は敵!!滅ぼせ!!ぐらい言うかと思った。


 エレノアも同じことを思ったのか、キョトンとしている。


 そんな俺たちの反応を見て、聖女は小さく笑った。


「あはは!!私の反応がそんなに驚きですか?私も色々と成長し、学ぶのですよ。後、真の悪魔は目の前にいますので。むしろ、悪魔には哀れみしかありませんよ。邪神の子と言われようとも、神への祈りは平等に訪れるべき。そんな時間すら与えない者こそ、悪魔と呼ぶにふさわしいと思いませんか?」

「........ハハッ。言うじゃねぇかコノヤロー。俺達を悪魔として浄化してみるか?」

「ふふふっ、シャルル様を呼べば一発です。あら?そう考えるとシャルル様こそ真の神なのでは?」


 サラッと俺らを悪魔と言い放ち、挙句の果てにはお袋を神と言い始める聖女。


 不気味な笑い声が響き渡る中、俺は最初の頃とは打って変わって冗談を言ってくれる聖女と話すのが結構楽しかったのであった。


 雨降って地固まる。ちょっと違う気もするが、良い友人になれている気がするよ。






 後書き。

 Q.ダンジョン君が一番の被害者では?

 A.いつもの事だ。気にするな。

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